第32話 巧妙な詐欺と、その勉強代

◇◇◆◇◇◇



 工房部分の出入口の脇に屋根の上に昇れる梯子はしごがついており、上部は小さいベランダのような場所になっていた。

 多少肌寒さを覚え、そのせいか少し眠気を感じる。

「ふぁ」私は小さなあくびを漏らし、自然と出て来た涙を軽く拭った。

 ……ちょっと、眠いな。


 夜風に触れながら私はアネッタと共に夜番をしていた。

 互いに別の方角を監視しているので、背中越しに話をする。


「ネイ様とラルク君の事だけど、少しは距離を縮める事ができたかな?」


 恋愛音痴の私は少しばかり自分の立ち回りが間違って無かったか気になっていた。

 まぁ、アネッタも恋愛経験が無いらしいので私とあまり変わらないかも?

 しかし、あの胸だけでも十分なアドバンテージを保有しているはずなんだけど世の中どうなっているのか理解不能だ。


「自然さを装って手を握らせる事はできたね、あれは良かったよ! さすがルーティア」


 アネッタに褒められ、私は少し得意になる。

 人を揶揄ったり中傷したり皮肉ったりするのは比較的得意なんだが、相手の気持ちを汲むというのはめっぽう苦手だ。

 たまたま思い付いて実行に移したが、どうやら正解だったようだ。


「まぁ、とっさに思い付いたとはいえ良かったでしょう?」


「明日はいよいよ……キキキキ、キ、キスね!!」


 アネッタがどもりながら話す。


「はぁ!?」


 私は思わず裏返った声を出し、振り向いてしまった。

 アネッタは三角座りをしながら監視を続けていて表情を見る事はできない。

 いや、キスとか早く無いか?知りあってからの累計時間を考えるとそうでも無いのだろうか。


 そもそも、あの2人の距離感はどうなんだ?

 お互い意識はしてそうだけど、ネイ様はどうも母親のような無条件の愛情を向けているような……。

 いや、そもそも私が見当違いをしている可能性だってありえる。

 私の中で様々な疑問が生まれ、それが解消される事無く増えていく。

 自分が正しいという自信が持てない私は、恐る恐るアネッタに尋ねた。


「その……展開が急過ぎない? 手を繋いだ後にキスとか」


「じゃぁ、何なのよ?」


 あれ!?さも、当たり前のような返事と反応が返って来たぞ?

 ……やっぱり私の知識が間違っているのだろうか。


「何なのよって言われても……こう、あれだ! 恋愛イベントってさ、小さな幸せの積み重ねが重要というか……ええと、ほら! 登山に例えるといきなり山頂付近に飛んでも達成感が無いだろう? そんな感じじゃないのか?」


 途中から自分でも何を言っているのか分からなくなっていた。

 例えに登山って……いくら敏感なアネッタでも伝わらないだろう。

 男性に対して恋心と言うモノを抱いた事の無い私には、恋と言う不定形なモノを他人に伝える事自体が無理難題だと改めて知る。


「う~ん、そうかな。あとはキ、キスして結婚して子供が生まれてハッピー!って感じでしょ?」


 このが毎回”キス”と言う単語でどもるのは何故だろうか?

 自分がする訳でもあるまいに……そう考えている時に私はピンとくる。


 ああ、なんとなく理解した、コイツの知識は私以下だ。

 しかも、初等部低学年並みの理解度だ。

 多分、脳のシナプスを形成する為の栄養を全て胸に奪われたからに違いない。

 私は溜息をついて頭を抱えた。

 自分でネイ様の恋愛の後押しをしようと言い出した手前、後には引けない。

 何か妙案を考えなくては……。

 当然、良い案などそう簡単に思い浮かぶ事もなく時間は過ぎていく。


 そうだ、何も恋愛というものを理解している必要はない。

 要はネイ様とラルク君を2人きりにする時間を増やすよう立ち回れば良い。

 それなりに好きあっている若い男女が一緒にいれば必ず進展するはずだ!

 私は自分の中に生まれた希望的観測を信じる事で、ある種の逃避に成功した。


 ……と言っても、問題が1つある。

 まずは、あの四六時中くっついてる黒猫を引きはがさなければ。

 普通の猫なら問題無いのだが、あの猫は人語を解する上に頭がきれる。

 しかも、ラルク君を守ると言って常に周囲に目を光らせている様子だ。


 ……私は知っている。

 あの黒猫が昼間に頭上で寝ているのは、夜間彼が無防備に寝ている時に起きていて常に周囲を警戒しているからだ。

 その感覚を1番強く感じたのが、夜間の見回りで彼の船室の前を通る時だった。

 部屋の中から何かに睨まれているような……そんな不気味な感覚を覚え、身震いする事があった。

 直接見た訳では無いが、船上で1週間近く寝食を共にしてきて動物的直観みたいなモノでなんとなくそう感じたのだ。


 そして何より、昨日の昼間襲ってきた黒い獣を見ても、一切動揺する事もなかった。

 普通の小型動物ならば、絶対逃げ出す状況下なのに余裕でラルク君と会話をしていた。

 他の連中は気全く付いて無いが、あの猫は間違いなく只者ではない。

 可愛さを全面に出しているが底知れない不気味さが拭えず、私はシャニカのように近付く事ができないでいた。


 弱点と言えるかどうか分からないが、美味しい食べ物に目が無い食いしん坊って所に隙ができると睨んではいるが、どうだろうか。

 あの猫を何らかの餌で釣り、ついでに社長を引き離せば良いのか。


「アネッタ、明日からの作戦を話す。残りの3日と2週間、必ずネイ様の恋を成就させましょう!」


「……」


 ――返事がない。

 再度後ろを振り向くと、アネッタの肩が一定間隔で上下していた。

 そっと伏せてる顔を覗き込むと、小さな寝息を立てて一筋のよだれを垂らしていた。

 安らかな顔しちゃって……なんかムカツク。


 ネイ様の事で真面目に悩み、眠い目を擦りながら監視業務を続けていると言うのに……。

 この敏感巨乳め、これは明確な職務放棄だよな。

 私は手荷物の中から油性のペンを取り出し、彼女の閉じたまぶたに”見開いた眼”を書き込んだ。


「ぶふっ!」


 描いた自分でも思わず吹き出してしまった。

 白い絵の具で綺麗に仕上げたい所だが手持ちが無い、非常に残念だ。

 心の中で一頻ひとしきりり笑い、寝ているアネッタに身に着けていたローブをかけた。

 まったく仕方が無いヤツだと思いつつ、私は夜番を1人で続けた。



◆◇◇◇◇◇



 ――翌日


 社長がフォロスさんの許可を得て、村の中央の開けた場所でルーン文字臨時店を開く運びとなった。

 臨時店と言っても、広場の隅に簡単な幕で覆って机と手書きの看板を置いただけのシンプルなモノだ。


 久しぶりに家族と会えて上機嫌なシャニカさんとも合流し、夜番をしていたルーティアさんは仮眠休憩に入っていった。

 ルーティアさんはアネッタさん以外を集め、彼女が昨夜夜番をサボって寝ていたので昼も働かせて欲しいと話す。

 あと、彼女は勝負メイクをしているらしいので、仮に変だと感じても悪く言わないであげて欲しいと言っていた。


 確かに、今日に限ってアネッタさんが変なメイクをしていた。

 やたらと濃い黒のアイカラーをしていて、目を閉じると見開いたような三白眼が現れて、思わず笑いそうになる。

 あれが……勝負メイク?

 社長も肩をすくめ、良く分からないといった仕草をしていた。

 う~ん、男の僕には理解できないがネイやシャニカさんは何も言わないし、間違ってる訳じゃなさそうだ。

 笑ったら失礼だし、なるべく目を合わせないように気をつけよう。


 今日の仕事はお客様の目の前でお客様の持ち込んだ武器や農具・家具に1文字刻むという簡単な商売だ。

 シャニカさんは村を回って知り合いに声掛けをしに出掛けて行った。

 こういう時に村の事を良く知る人物が内輪にいると助かる。

 急遽開いたお店だし客寄せは社長がすると言うので、僕は取り敢えずのんびりとお客様を待つしかない。

 魚釣りと違ってボーっと店番するのは退屈であまり好きじゃないけど、こればっかりは仕方が無い。


 眠そうに机の上であくびをするスピカを撫でていると、近くで客寄せをしていたセロ社長が戻ってきた。

 僕はちょっとだけ感じていた不安をセロ社長に話してみた。


「この村ってルーン技術の名工が居たんですよね?僕なんかの技術が通用するでしょうか?」


「まぁ、深く考えなさんな。君の実力は私が保証します! 自信を持ちなさい」


 社長が笑顔で返してくれたその言葉は、遠回しに褒めてくれているようで少し嬉しい。

 1文字刻み限定ならまず失敗する事は無いから、多分大丈夫だろう。


「ほら、さっそくお客様ですよ」


 初老という感じの妖精種エルフの男性が「頼めるかい?」と言ってくわを差し出して来た。

 どうやら最初のお客様の御用向きは農具の強化依頼のようだ。

 お客様はルーン技術の事を知っており、文字の効果の書かれた一覧を軽く一瞥いちべつして、すぐに決めた。


「フェオを刻んでは貰えんか?」


「分かりました、フェオですね」


 農具にはやはり、豊かな実りを意味する”フェオ”の文字を頼まれた。

 僕が10分で1文字を刻み終えると、お客様は大層驚いていた。


「あんた凄いな! ワシの記憶ではディガリオでも15分以上はかかっとたが、あんた若いのに凄いのう」


 お客様はディガリオさんと顔見知りのようで、出来上がったルーン農具を懐かしそうに見つめていた。

 出来栄えにたいそう喜んで、村の知り合いに宣伝してくると話していた。


「社長、1つ質問しても良いですか?」


 僕は昨日から感じていた疑問を問いかけた。

 平均10分で1文字刻みを作製できるのに、看板には「作製に平均で約20分かかります」と書きなさいと指定されたからだ。


「ああ、それはね……」


 商売で得るお客様満足度は「期待値をどれだけ上回れるか」だからだとセロ社長は語る。

 あえて20分と表示して10分で完成したほうがお客様満足度の向上率が高いらしい。

 逆に20分でできると豪語して30分かかった場合、苦情に繋がる事があると言う。

 なるほど、確かにそうかも知れない。


「最終的に商品の完成度が最も重要ですけどね。その点は大丈夫でしょう?」


 セロ社長は僕を試すような流し目をする。

 まるで、僕を試して楽しんでいるような表情だ。


「はい、大丈夫です」


 僕が自信あり気に答えると、セロ社長は満足そうに頷いた。

 よし!お客様と社長の期待に答えれるように頑張ろう。


 その後シャニカさんの知り合いや、最初のお客様から話を聞いたという村の人々が何人か訪れ、

 更に出来栄えの評判を聞きつけたお客様が少しずつ増えてきた。

 金額設定も500ゴールドと安価に設定にしている為、同じお客様が家から何往復もして素体を持ち込んで来るという状況が生まれ始めた。


 主に頼まれるのが包丁やハサミといった道具や農具が中心で、それに冠する文字の”フェオ” ”ウル” ”ラド” ”エオー” ”イング”などの文字を頼まれる。

 そして、昼を過ぎる頃には長蛇の列が出来るほどの人気を博していた。

 結局、僕だけでは捌ききれなくなり急遽ルーン文字が扱えるネイが手伝ってくれる事になった。


「……大丈夫、頑張る」


 彼女は1文字刻みを造るのに15分~20分かかる為、結果的に看板の表示が偽りにならなくて助かった。



 セロ社長とアネッタさんはお客様の列の整理を行い、急遽導入した整理券を配る仕事をしていた。

 護衛が本来の仕事だけど、社長がアルバイト代を出すと言うと皆喜んで手伝っていた。

 何故かアネッタさんとシャニカさんが「これはこれで良し!」と言ってガッツポーズをしていた。

 ……余程お金に困っているのだろうか?

 社長は接客をしながら村の人に名刺を配り、商会の売り込みを頑張っているようだ。

 このままこの場所に支店でも作るつもりなんじゃないだろうか。


 僕とネイがルーン文字を刻んでいる間、シャニカさんとスピカがお客様の接客を行う。

 2人のじゃれ合うようなやり取りがお客様の評判となり、それを見る為に来たお客様もいた。


「喋る猫は久しぶりに見たよ、昔は猫人間種ワーキャットも沢山いたんだがな」


「だから!俺様は猫人間種ワーキャットじゃねぇって言ってんだろ!」

「そうそう、これは”すっぴー”ナノ!」


 シャニカさんがスピカの事を「すっぴー」と綽名あだなで呼ぶと、子供達が「すっぴー」という種族だと勘違いして騒ぎ出した。


「わぁ! すっぴー可愛い!」「毛並みも良いね!」

「これって何だよ! 俺様はすっぴーなんて種族でもないし! ってかガキ、気安く触んな!」


 さすがのスピカも空気を読んで、お客様に爪を立てる事はしないが不機嫌さは隠しきれなかった。

 無邪気な子供達(多分僕よりも年上の妖精種エルフ)になすすべなく撫でられ、その怒りをシャニカさんにぶつけるという感じだ。

 このようにルーン道具製作の合間を繋いでくれていた。


 列の整理をしているアネッタさんは、お客様から気の毒な人っぽい視線を浴びていた。

 ……多分、あの勝負メイクのせいだと思う。

 お客様も口を押えて顔を背けるだけなので、アネッタさんは不思議そうな表情を浮かべるだけだった。


 アネッタさんの勝負メイク?で何らかの”掴み”を取り、スピカ達の漫才擬きで”笑い”を誘うという……。

 なんだろう、いつの間にか別の見世物になっている気がする。

 まぁ、お客様が喜んでくれれば僕の仕事はオマケでも良いか。


 なかなかの回転率を誇り、僕とネイは大忙しだった。

 こういうのを嬉しい悲鳴と言うのだろうか、休憩すらままならない。

 セロ社長曰く、ただ単純に単価設定が安すぎたのかも知れないと言っていた。


 正午を過ぎる頃になるとお客様の数も落ち着いてくる。

 そんな時、見るからに不機嫌そうな少年がやって来た。


「おい、この剣に1文字刻んでくれよ!」


 鋭い眼付きをした短髪の少年はショートソード”を机に置き、1文字刻みを頼んできた。

 武器の依頼は本日5回目だ。

 机に置かれた剣を鞘から取り出し確認すると、一般的なごく普通のショートソードだった。

 僕は一応【アイテム鑑定】を使用しチェックする。


 耐久性は……

 この剣は安物なのか、2文字は無理だけど1文字刻みなら余裕で耐えれそうだ。

 そして、僕は少年に指定された文字を刻み始める。

 文字を刻み始めて5分した所で文字の部分が黒く焦げ付き、そしてヒビが入った。


「ええっ!?」


 僕は驚いて思わず声をあげる。

 ネイも別のお客様の商品を作成中で動けないが、心配そうに視線を向けてくる。


 ――ビシッ!


 少年から預かった剣は文字が黒く焼け焦げ、その部分から砕けて折れてしまった。

 馬鹿な!?壊れた……!?

 鑑定結果は耐久力も申し分無いし、剣がそこまで古い訳でも無い。

 今まで1文字刻みを失敗した事の無い僕は原因が分からずに困惑する。


「おいおいおい、どーしてくれんだ!? 大事な形見の剣なんだぞ?あーあー! こんなにぶっ壊しちまって! 腕が良いんじゃなかったのかよ!?」


 その時、謀ったようなタイミングで突然少年が大袈裟に大声を張り上げて罵倒を始める。

 周囲にいたお客様達は何事かとこちらに目を向けていた。


「……も、申し訳ありません!」


 混乱しながらも僕は条件反射的に頭を下げて謝る。

 心臓の鼓動が高鳴る。

 モンスターと対峙した時とは違う……こう嫌な感覚というか、恐怖とは違う別種の何か。

 それと同時に申し訳無さと、自分の不甲斐無さが湧き上がる。

 そして、騒ぎを聞き付けた社長も慌ててやってくる。


「お客様、いかが致しました?」


「お前が店長か?お前の部下が俺の大事な剣を壊しちまったんだよ!形見の剣だぞ!?どーしてくれるんだ!?」


「それは、大変申し訳有りませんでした」


 社長は僕と共に深々と頭を下げる。


「弁償させては頂けないでしょうか?」


「弁償だぁ!? 形見だっつってんだろ!? 1品物なんだ!! 舐めてんのか!?」


 少年は社長を恫喝するかのように胸倉を掴む。

 アネッタさんとシャニカさんが腰の剣に手をかけようとした時、社長は手で制する。

 社長は臆する事無く、目の前の少年を見据える。


「では、どのように謝罪すればお許し頂けるのでしょうか?」


 社長の言葉を聞き、少年は勝ち誇ったような表情で掴んでいた襟首から手を放した。

 そして、僕の腰に付けているショートソードを指差して「それで許してやる。」と言い放つ。

 僕は目の前の砕けた鋼製のショートソードを見つめる。

 少年の提示した不等価な条件にたまらず口を出そうとしたが、それを社長が再度制する。


「……これは従業員の私物です。これと同じ物を用意いたしますので許しては頂けないでしょうか?」


「駄目だ!! すぐに剣が必要だからな!」


 少年の口ぶりや態度は、もはや問答無用と言った感じだ。

 社長が庇ってくれてホッとした反面、自分のおごりが招いた事態だと気分が落ち込む。

 1文字刻みなんて簡単で失敗する事なんて考えた事も無かった。

 この険悪な状況は僕の未熟さがもたらしたんだ。


「……おい、ガキ!」


 いまにも飛び掛かりそうなスピカをシャニカさんが押さえつける。

 僕は腰から剣を外し、その剣を少年に差し出した。

 これしか、この状況を打開する方法が思いつかない。


「本当に申し訳有りませんでした。これでお許しください」


 こういう対応は悪手かも知れない。

 セロ社長の表情がそれを物語っているような気がした。


「ラルク君……」


 社長は何も言わず、再度少年に対して頭を下げる。

 少年は「チッ」と舌打ちをして乱暴に剣を受け取り、その場を去って行った。


 自分が失敗したのが悪い。

 それは曲げる事のできない事実。

 分かっている、でも……

 ――――悔しい。


 目の前でショートソードが壊れたのを目撃した人々は、その場から去って行った。

 残ったのは順番待ちをしていた数人の老人達だけだった。

 せっかく順番待ちをしてまで、来てくれたのに本当に申し訳ない気持ちで一杯だ。


 僕の中でフツフツと怒りに似た感情が湧いてくる。

 少年の高圧的な態度もそうだが、この状況を作り出した自分に対して1番腹が立った。


「すみませんでした。自分に……おごりが有りました」


 僕は社長や残ったお客様に対して頭を下げる。

 その時、順番待ちをしていた1人のお客様が割り込むようにやって来て、壊れた剣を手に取った。

 そのお客様は早朝最初に来店した人だった。


「……これは詐欺じゃな、昔ディガリオもやられとったわい。あやつは執念深いから犯人を突き止めて殴り倒しておったがの」


 それを聞いた周囲のお客様も「あったあった!」と笑っていた。

 社長がどういう詐欺なのか聞くと、初老のお客様は詳しく説明を始めた。


 お客様は地面から顔を出している岩に剣の柄の部分を押し当てて、手頃なサイズの石でガンガンと打ち付けた。


「ふぅ、見てみい」


 剣の柄の部分が壊れ、刀身と柄を固定する「タング」という部分が露出していた。

 そこには黒く滲んだ小さなルーン文字が1文字刻まれて、その部分も砕けていた。


「おいおい!これって、ルーン文字だぜ。ラルクどうなってんだ?」


 スピカも剣の柄の部分を見て驚いている。

 最初からルーン文字が刻まれていたのか?

 いや、それだと【アイテム鑑定】を使用した時に気付くはずだ。

 しかし、これは紛れもなくルーン文字だ。


 剣の刃と柄の部分に刻まれたルーン文字……。

 しかし鑑定結果には表示されなかった。


 ――そうか!!


 僕はこの仕組まれたトリックに気付きハッとする。

 この巧妙に仕組まれた詐欺の仕組みを理解して剣が壊れた原因を把握した。


 


 もともと1文字しか耐えれない剣を用意して、柄の部分に文字を書いた状態でそれを隠し、刃の部分に2文字目を書かせて魔力マナを流したから2文字刻みとなって耐久限界を超えたんだ。

 柄の部分の文字は刻む前の状態だったから、【アイテム鑑定】にも反応しなかったのか。

 ……盲点だった、それじゃ見抜けない訳だ。


 セロ社長も巧妙な詐欺の手口に妙に納得して「勉強になりました」と教えてくれたご老人にお礼を言っていた。

 名工と呼ばれるディガリオさんも引っ掛かった詐欺の手口か……。

 勉強になったと思うと同時に無性に腹が立ってきた。

 そもそも、とって付けたように形見だと騒いでいたのは罪悪感に訴える為か。


 周囲を見渡すが、僕の剣を持ち去った少年の姿は既に見当たらない。

 初老のお客様が、「あの少年は村の者じゃない」と話していた。

 残っていたお客様達も少年に心当たりは無いと言う。


 それじゃ、剣は諦めるしかないのか……凄く悔しいな。

 僕は拳を握り、ギリッと奥歯を噛み締める。

 その時、僕の横で座っていたネイが立ち上がった。


「……取り返してくる」


 ネイがボソッとそう呟き、杖を構えて歩き出した。

 焦ったセロ社長がシャニカさんに指示をだして2人で止めていた。

 その後、社長は僕を慰めるように肩を優しく叩く。


「今の悔しい気持ちは、いつか貴方の糧となります。私も商売を始めた頃は色々な人に騙されて来たものですよ。あの剣は決して安くはないけれど勉強代としては妥当かも知れませんよ?」


 長年商売をしてきた人の台詞は、やはり重みが違う。

 その後、社長が帰国したら代替の剣を経費で買ってくれると言ってくれた。

 しかし、僕は社長の申し出を丁寧に断った。

 嬉しい話だけれど、要求された物品を渡すと言う短絡的な解決方法で済ませた僕の責任なので、申し出は敢えて辞退した。

 次からは同じ失敗をしないように気を付けよう。


「……ラルク、いいのか?」


 スピカが苛立ちを含んだ神妙そうな表情で問いかけてくる。

 僕は「心配してくれてありがとう」と頭を撫でると、「俺様は別に……」とそっぽを向いた。

 なんか、僕よりも不貞腐れている感じで少し可愛い。


 先の騒ぎのせいか不本意ながらお客様がいなくなり、休憩できそうな空き時間ができた。

 僕達は遅い休憩を済ませてから、夕方に何件か依頼をこなし本日の業務を終了した。

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