第31話 妖精の村「アルフヘイム」
◇◇◇◆◇◇
深い樹海の茂みの中で身を隠し気配を消して戦況を見ていた俺達は愕然としていた。
捕縛目標の少年が各段に強くなっている。
いやいやいや・・・なんだあれは!?
2年間監視を続けていたけれど、冒険者として戦闘を繰り広げていた訳でも無く工房に入り浸り、たまに騎士団長や集落の守護者が軽い訓練をしていた程度だった。
騎士の連中に至ってもそうだ、軍備増強の結果か?
・・・あの強さは尋常じゃない、予想外だ。
ルーンの武具か・・・。
異常な強さの原因は、恐らく奴らの装備だ。
2年前の猟犬を倒した時に砕け散っていたのを見て、耐久性に問題がある一撃必殺の技が使用できるモノだと勘違いしていた。
ティンダロス国にもデウス様が囲っている職人がいたが・・・なるほどな。
そういう事だったのか、厄介な技術だ。
これはタクティカ国の予測軍事力を修正する必要があるな。
「バラム・・・見たか!?」
「あ、ああ・・・驚いた。あの騎士の強さもそうだが、あの戦闘素人の少年が物理攻撃耐性のある
見た所、剣・鎧・盾にそれぞれルーン文字が付いていた。
これはオルトロスと俺達だけでは、生け捕りは不可能だろう。
「まずいな・・・。あの強さでは、オルトロスを
ストラスも俺と同じ結果を想像しているようだ。
あの騎士達の連携に守護者の女と少年が加われば、オルトロスでは抑えきれないだろう。
「戦力を分散させた上に、ベ・リア様の協力が必須だろうな。」
タロス国の第3王子の書状を偽造して少人数を国外に誘き寄せる事は成功したが、相手の戦力が想定以上だった。
これは、今の計画も大幅に計画を修正する必要が有る。
「まず村まで尾行して位置を特定した後、ベ・リア様に合流するぞ。」
「・・・しかし、大丈夫か?まだ怒っているんじゃないか?」
想定外の事態に忘れていた。
つい1時間前にベ・リア様を怒らせてから、魔導具の通信を切っていたんだった。
俺は恐る恐る魔導具を再起動させると、「馬鹿上司」と登録してある人物からの通信履歴が表示された。
馬鹿上司 不在着信10 14:23
馬鹿上司 不在着信8 14:25
馬鹿上司 不在着信7 14:26
馬鹿上司 不在着信7 14:27
馬鹿上司 不在着信6 14:28
馬鹿上司 不在着信5 14:29
馬鹿上司 不在着信4 14:30
馬鹿上司 不在着信2 14:31
秒刻みでずらっと連なった不在着信を見て思わず青ざめる。
これじゃ、ブラック企業から仕事で追いつめらている感じじゃないか!
・・・いや、間違っては無いか。
最初の14:23の10回ってなんだよ!?4秒くらいで切って再度かけなおしてんのか?
通信を繋いでたとしても取れるかボケが!!!
まったく脳筋上司はこれだから・・・。
美人な女上司でなければとっとと逃げるんだがな。
―――美人上司か。
ふと、俺は仕事に対する「やる気」が上昇しそうな妙案を思い付いた。
登録名を「彼女♥」に変更すれば少しは癒し効果があるんじゃないだろうか?
同僚には内緒で付き合っている上司の彼女が俺が恋しくて、仕事中に何度も通信を試みる的な甘酸っぱい感じの社内恋愛模様を想像し気分が高揚する。
俺は試しに登録名を変更して、再度履歴を確認してみた。
彼女♥ 不在着信10 14:23
彼女♥ 不在着信8 14:25
彼女♥ 不在着信7 14:26
彼女♥ 不在着信7 14:27
彼女♥ 不在着信6 14:28
彼女♥ 不在着信5 14:29
彼女♥ 不在着信4 14:30
彼女♥ 不在着信2 14:31
・・・・こ、怖っ!
これじゃまるでヤンデレストーカー彼女じゃないか!?
ナイフとかで刺される前日の着信みたいで怖過ぎる。
別のベクトルで精神汚染されたような気がする。
仕方が無い、間をとって「馬鹿女」にしておこう。
「お、おい!連中が何者かに囲まれたぞ。」
魔導具を扱う俺の腕を焦った様子のストラスが揺らす。
あれは、
俺達は
あれは恐らくアルフヘイムの住民だ。
10名くらいの
しかし、暫くすると武器を下ろし何やら会話が盛り上がっているようだ。
「和解したのか?取り敢えず察知されない程度に距離を保って追うぞ。」
俺達は木々に身を隠し、一定の距離を保つようにして奴らの尾行を続けた。
◆◇◇◇◇◇
-アルフヘイム-
幻視結界に覆われた街の入口は一見ただの森に見える。
しかし決まった位置に見えない入口があり、中に入ると開けた小さな村が目の前に広がっていた。
「シャニカ、あれは?」
アネッタさんが一際大きい木々に複数の穴が開いているのを発見し問いかけた。
「あれは家ナノ!」
巨大な木々をくり貫き内部に住居を造るという、鳥の巣に似たような集合住宅が見えた。
1個、2個、3個・・・4個、5個!20メートル級の巨木に5個の穴が開いていた。
あれの1個1個が家なのか、確かに階段らしきものや梯子がかかっている。
地面に建てられた普通の住居もある事から、巨木の住居の方が珍しい造りなんだろう。
この村に入ってからやけに明るいなと思っていたら、特定の若木の葉が薄っすら光り照明のような役割を果たしていた。
それがとても幻想的な風景を作り出している。
どうやら、気候も結界によって過ごし易く調整されているようだ。
「いらっしゃい!!ここがシャニカの故郷アルフヘイム!ナノ!!」
シャニカさんはこちらを振り向き両手を広げて僕らを招き入れる。
その光景を優しい表情でフォロスさん達が眺めていた。
「葉っぱが光ってる、建物も凄く独特だし。」
僕達は不思議な街の光景に目を奪われてしまう。
タロス国も光苔のような照明器具を利用していたけど、一体どういう原理なんだろう。
「なんか、俺様もワクワクするぞ!」
スピカが珍しく料理以外に興味を持ったらしく、肩の上で目を輝かせていた。
思わず立ち止まっていると、シャニカさんが「早く!早く!」と言う声を上げる。
気が付くと皆は結構前の方に進んでいた。
住民は全員が
冒険者達の姿も無く、異邦人の僕達を興味に満ちた視線を僕達に向けていた。
フォロスさん達が一緒にいるの敵意の視線を向けてくる事はなさそうだ。
「ここは隠れ里ですから、
「なるほど。それで独自の文化が守られている訳ですね。」
セロ社長が興味深そうにフォロスさんに質問を投げかけていた。
社長の事だから、今も頭の中で何らかの商売の事を考えてるに違いない。
街の中を軽く案内された後、僕達は少し古びた大きめの石造りの家に案内された。
「ここがディガリオさんが昔住んでいた工房になります。かれこれ15年以上空家ですが。」
フォロスさんは扉を開き、僕達は家の中に入る。
工房のような造りになっており、机とイスと大きな炉が目に入る。
奥に居住空間もあるみたいだけれど、最低限の家具以外は何も無い殺風景な場所だった。
炉があるって事は鍛冶も手掛けていたのだろうか?
大槌や玉箸といった鍛冶道具は見当たらないが、工房に固定されている炉や細長い水槽は残されたままになっていた。
「なんもねーな。」
「うん、生活感は全くないな。」
スピカはひょいっと肩から降りて、トテトテと奥の部屋に歩いて行った。
床や机には薄っすらとホコリが覆っており、スピカの小さな足跡が点々と残っていた。
「・・・困りましたね。」
セロ社長が顎に手を当てて困った表情で呟く。
もともとこの街に来た目的は、ここの家主に会う事だったのに本人が不在とか・・・。
世界的な技術者に会えると思い、期待していたのに少しがっかりした。
タクティカ国から船で往復2週間。
アルフヘイムに2週間滞在して、合計1ヶ月の出張計画だった。
セロ社長が「ディガリオさんの弟子さんはいないですか?」とフォロスさんに尋ねていたが、「そんな人物はいない。」とあっさり返されていた。
話を聞くに、そうとう偏屈な老人だったという。
僕達は当初の予定を変更し、4日間だけこの街に滞在させて貰う事になった。
結局、シャニカさんの里帰りになったと言う訳だ。
・・・っと思っていたのも、つかの間。
この村には宿屋というものが存在しないらしい。
そもそも住民以外がこの村に訪れる事など、ほとんど無いらしい。
稀に冒険者が迷い込んで来る事があり、その時は気絶させて
「フォロスさん、この建物を使わせて貰う事は出来ますか?」
セロ社長がディガリオさんの工房を使わせて貰えないかと商談を持ちかけた。
「ええ、それは構いませんが。何年も使われて無いのでホコリっぽいですよ?」
少しだけ申し訳なさそうな表情でフォロスさんが話す。
家族が連れて来た友人を泊める場所としては微妙だと判断し、躊躇している感じだ。
「少し掃除をすれば大丈夫ですよ。皆さんもそれで良いですか?」
「僕は大丈夫です。」
「ラルクが良いなら。」
ネイはあっさり了承し、騎士の皆も「問題無いです。」と言う。
シャニカさんは、実家が近いのでそちらで過ごしたいと話していた。
実家か・・・
忙しさですっかり忘れていた。
いや、考えない事で心を安定させていたのかも知れない。
久しぶりに故郷の両親と妹と過ごした幸せだった生活を思い出す。
「しかし、護衛任務から外れるのは・・・。」
シャニカさんの発言に対して、職務に対して忠実さを重んじるルーティアさんが難色を示す。
確かに護衛という仕事の観点からは契約的に問題があるのかも知れない。
「黒い獣の事は自警団に調査させますが、街の中は幻視結界と魔物避けの結界が張られているので安心だと思いますよ。しばらくは夜番も増員しましょう。」
フォロスさんがシャニカの頭を撫でながらセロ社長に話す。
「そうですね。シャニカさんは実家で家族水入らずで過ごして下さい。何か有りましたら駆け付けて頂ければ結構ですよ。」
セロ社長は微笑みながら家族と過ごす事を許可した。
心なしかアネッタさんとルーティアさんも嬉しそうな表情を浮かべていた。
「社長さんありがとうナノ!」
シャニカさんは喜びを体で表現するかのように、社長の手を握り手押しポンプのようにブンブンと上下させて喜んでいた。
20年ぶりの家族との再会、
その後、僕達は居住部分の大掃除を始める。
あまり余分な家具が無い分、掃除が楽だ。
手分けして掃除をすると2時間程度で綺麗にする事ができた。
しばらくするとフォロスさんが食材や飲み水、それに食器や寝具等の生活用品を持って来てくれた。
食材は主に森で収穫された果物や野菜で、タクティカ国でも良く見かける物ばかりだった。
ネイの話では本来、
今では
「備蓄は十分にあるから足りなくなったら言ってくれ。」
「重ね重ねありがとうございます。しばらくお世話になりますね。」
フォロスさんは笑顔で家を出ようと扉を開けると、大勢の
どうやら扉の外で盗み聞きをしていたようだ。
「こら!客人が珍しいからって覗くんじゃない!」
「フォロスが怒った!逃げろ!」
「けちーー!」「けちフォロス!」
怒鳴ったフォロスさんに対して悪口を叫びながら子供達が散っていった。
なんとも可愛い・・・が実年齢は僕より上なんだろうな。
「まだ30歳くらいだから仕方がないですね。」
その光景を見てアネッタさんが苦笑する。
30代・・・あれで僕の倍近くも生きているのか。
種族差とはいえ、明確に数字で聞かされると驚くというか・・・なんか凄い。
その後、ネイ達は料理を作る為に台所へと向かった。
つまみ食いを狙うスピカも足音を忍ばせながらそれを追って行く。
僕はセロ社長と共に、工房に併設されていたお風呂の準備をする事となった。
変わった造りで炉と風呂が同じ火元を使うようになっており、風呂の所で温度調節ができるようになっていた。
合理的な造りだけど、日常的に鍛冶仕事をしてないと燃費が悪そうだ。
「それにしても、レウケ様からの書状には連絡が付いたと書いて有ったんですが・・・。」
「・・・何か行き違いが有ったんでしょうか?」
僕達は風呂に水を張りながら揃って首を傾げる。
「15年前から不在なら、それはないだろうね。手紙の件も明日フォロスさんに聞いてみましょう。」
良く分からないけど、名工に会えなかった。
こうしている間に偶然ディガリオさんが帰宅するって事は期待しない方が良いだろうな。
僕が下位の
「ラルク君。予定も空いた事ですし、試しにルーン技術の
「
セロ社長は出張販売の内容を説明してくれた。
それは、お客様が持ち込んだ武器や道具に
複数のルーン文字を刻むのは失敗も伴う事が有るし、時間がかかる作業なので壊れる事を念頭に置いた契約書を交わし、受注してから期日を決めて返却する・・・という手順を踏む必要があるだろう。
その為、まずは注意事項を提示して1文字限定にする。
そして安全重視を基本に、僕が刻める文字数を鑑定してから慎重に刻むという事らしい。
まぁ、それなら今の僕でも楽勝だと思う。
セロ社長も成功率100パーセントなら試しにやってみませんかと話す。
「わかりました、せっかくなので試してみます。あ、あと最低でも金属みたいな硬さがないと駄目みたいです。」
以前木剣にルーン文字を刻もうとした時に、あっさりと折れてしまった事があった。
物として強度があっても、木材にルーン文字を刻む事は出来ないらしい。
なので
その後、社長の指示で僕は看板を作り始める。
社長はメニューをサラサラと書き出し、価格を決める。
「・・・・ラルク何してるの?」
出来上がった食事を運んで来たネイと視線が重なる。
「うん、商売の準備かな。」
看板を見つめながら料理を机に置いていた。
山盛りの野菜炒めと生野菜サラダが次々と机の上に並んでいく。
分かってはいたけど、野菜のフルコースだな。
「おお!なんか面白そうじゃん!何すんだ?」
口元に何かのタレを付けたスピカが興味深そうに覗き込んできた。
案の定摘まみ食いをしているな。
スピカも言っていたが、実は僕も少しだけ楽しみだったりする。
新しい取り組みって何故だか期待が膨らむというか・・・そんな感じ。
食事が出来上がる頃には完全に日も落ち、外の木々の葉の光も淡い発光に変化していた。
皆で食物繊維たっぷりの夕食を囲み、明日の商売の事を話した。
シャニカさんも今頃家族団欒を楽しんでいるんだろうな。
その後、順番にお風呂に入り各々寝る準備始めた。
お風呂に入っている間に、僕の布団の真横にネイの布団が密着するように移動させられていた。
ネイはこれで良いと言っていたが、気恥ずかしいので少し間隔を開けておいた。
何故かルーティアさんとアネッタさんが夜景を見ながら舌打ちをしていた。
この村で何か気に喰わないことでもあったのだろうか?
自然が多くて落ち着く良い村だと思うけどな。
しかし、長距離を歩かされるは道に迷うは、獣に襲われるはと散々な目にあった1日だったな。
明日は新しい商売の試みか・・・、そう考えると胸が高鳴る。
でも、疲れからか自然と
―――こうしてピトゥリア国の辺境アルフヘイムの夜は過ぎていった。
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