犯罪を減らす方法

池田大陸

第1話

 ――人を殺した、さあどうしようか。


 とあるマンションの隣室で、俺は包丁で刺された死体を前に思考をめぐらせていた。


 こんな状況だが正直焦りはない。

 まず死体はこのまま放置する、いずれ発見されるだろうが俺がやったとバレなければ良い。


 ――そう、


 そもそも金を返さないコイツが悪いんだ。タチの悪いごろつきで、あちこちで借金して色んな人間の恨みを買っている。

 まあ今回の場合殺される心当たりが多すぎて俺にとっては好都合だ。


 なんで俺がこれだけ冷静なのか?それはまあ、過去にも何度か殺人の経験があるからだ。

 どれも俺がやったという証拠は出さなかった、つまり俺に犯罪歴はない。


 ……あとは、これを回避すればいいだけだ。――そう、刑事の聞き込みを!



 数日立ってベルが鳴った。来たな!と思った。


「このマンションで殺人事件がありました」と刑事は言う。


「え!?さ、殺人ですか!」(よし、あせるな自然体で驚く演技だ)


「先日、死体がマンションの裏口で発見されました」


「え……!?」


 この驚きは演技ではない(裏口だと?――なぜ!?まさかあいつ、死んでいなかったのか!?)

 俺の心臓の鼓動は一気に早くなる。しかし落ち着け、取り乱すな――。


 刑事は俺の様子に不自然はないかよーく観察している。そりゃそうだ、俺は被害者の隣人なのだから。


「その……死んだ方というのはこのマンションの住人の方ですか?」

 この質問は大丈夫。


「ええ、そうです」刑事も慎重に言葉を選ぶ。


 俺が聞きたいのはその死亡者が確かに隣室の男なのかどうかだ。

 しかしこちらから「それって隣の304号室の人ですか?」などと聞いてしまえば「なぜ304号室の人だと思ったんだ?」となりアウトだ。向こうの口から被害者は誰なのか語らせなくては……。

 しかし刑事はジッと俺を観察している。凄まじいプレッシャーだ。


 とりあえず事件とは無関係な人間がいいそうなことを言ってみた。


「あの……犯人もこのマンションの人なんでしょうか?それとも、あの……と、通り魔とか?」


「犯人については今のところ何も分かってません。それと被害者の死亡時刻もここ数日だと思われますが、はっきり断定できていません。何か怪しい人物を目撃したとか不自然な音、声、どんな情報でもいいのでお聞かせ頂けませんか?」


「……んー、いやーちょっと、そういう心当たりはないですねー」


「そうですか」とうつむきメモを取りながらつぶやく。


 それから刑事の男は俺にこう言った。


「私はね、世の中の犯罪が少しでも減ればいいと思ってます。手がかりがあれば何でも良いので知らせてください」


この時の刑事の目には鬼気迫る執念みたいなものを感じた。


 刑事との話が終わり、玄関のドアを閉めた。


「ふぅぅぅーーーっ……」


 大きく深呼吸をして心を落ち着かせた後、あらためて思考をめぐらせてみる。



 どういうことだ?あいつは確かに殺したハズだ!?包丁を深く刺して動かなくなっていたはずだ……。

 だが万一生きていて裏口で発見されるまでに、俺が犯人だと特定できる何かの証拠を残していたら……俺は間違いなく終わる。

 と、とにかく死体を確認しなければ!


 心拍数の高まる心臓に手を当て、周囲に人の気配の無いことを確認しつつ隣の304号室へ入る。そしてこの間ヤツを殺した部屋に入ると……。



 ――包丁が刺さったままの死体が、確かにそこにあった!!――



 念のため死体に近づき、よく観察する。ゴム手袋越しに死体を触ると硬い感触がした。

 死後硬直だ、完全に死んでいる。


 ――良かった。誰かは知らんが刑事の言っていた裏口の死体は別人だ。これで俺の犯行がバレることはない……!


 俺はホッと胸を撫で下ろした。


 しかし俺は油断していた。死体の確認に気を使いすぎての気配に気づかなかったのだ!


 次の瞬間ワイヤーが首に巻き付けられキュッと締まる。


 「グアッ……!?」


 俺は声にならない声を発し、地面に倒れ込む。一瞬で意識が遠のくのを感じる。


「他人の部屋に侵入し死体を見て驚くでもなく死んでいるかの確認作業……やはり、お前が犯人だったな」


 声の主はさっきの刑事だった。


「死体が裏口で発見されたなんてもちろん嘘だぞ、どんな気分だ?ええ?」


 ――ハメられた!コイツ、最初から俺に目星をつけてやがったんだ!


 首をワイヤーで締められうつ伏せになった俺の上にドスンと馬乗りになってヤツは言う。


「俺は犯罪を減らすためには犯人を捕まえるより殺したほういいと思ってるんだ。証拠不十分やらで世間に野放しの殺人者もいることだしなぁ。お前みたいなな。最後に何か言い残すことはあるか?」


 ワイヤーを少しだけ緩められ、薄れる意識の中かろうじて、

「おま……えも、……犯罪者……だ」

 と捨て台詞を言う。


「ん?安心しろ死体の完璧な消し方は知ってるからな。……だろ?」


 ヤツの腕に力が込められ、俺の意識はそこで途絶えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

犯罪を減らす方法 池田大陸 @hand_man

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ