異世界戦国のヴォーバン 第二次末泥城攻防戦

 末泥城を無理に攻めず、包囲に専念していた荒野勢に大きな動きの変化があった。一部が城から離れていく一方で、包囲していた部隊全体が本丸を目指して動き出した。

「貝腰の動きが伝わったかや?」

 狼煙によって貝腰勢が荒野本国に討ち入ったことを事前に知っていた釉姫はそれを察した。大人しく立ち去ればいいものを、末泥城に引きつけられ時間稼ぎをされた腹いせに力攻めを試みるようだ。

 うまく撃退すれば敵の傷を深くできるが、痛手を負ったり陥落すれば策略が台無しである。更新された城の防御設備と増えた城兵が頼りだった。

「頼むぞよ、番」

「……役目は果たして見せましょう」

 平和な世界から来た鬼岩番は複雑な気持ちで答えた。また自分の行動が間接的に人を死なせることになるのか……だからといって顔見知りである末泥城の人々をむざむざ死なせたいとも思わない。

 その意味で敵に荒野文庫守がいないらしいのは幸いだった。

 同時に城の改修への熱中は仲間のためだけでは説明のつかないものを感じていた。せっかく本当に山城に手を入れる機会があるなら思いついたアイデアを全力で試さずにはいられない。その結果、人を死なせることになると分かっていても……本質的には防御施設だから多少は心理的に楽なところがあった。

「……あの兵器はそうでもないか」

 番は土塁、木塀の裏に配置された兵器をみて呟いた。

 出番なしで済ませられればそれに越したことはないのだが、良い予感はまったくなかった。

 ともかく落城さえしなければ上出来と考えるしかない。


 西側の大手道から攻め上ってくる敵に対して末泥城は、増えた兵士の駐屯用に粗製乱造した小さな曲輪の連続で迎え撃った。

 ひとつひとつは小規模で地面も十分にならされていない曲輪だが、敵の攻め口を限定させて、そこに兵力を集中することで局所的な数的優勢をつくる役には立った。戦い慣れした精兵が複数のグループを作って、交代して防衛に当たる。他の兵士は斜面の上にある曲輪から支援攻撃を行う。近道をして斜面を登ろうとする敵がひっきりなしに現れるので彼らはその対応に忙殺されてしまう。

 地形的にはより険しい東側や南側からも荒野勢は接近を試みる。

 こちらも番が新しく縄張りをした曲輪が今のところは敵を跳ね除けていた。敵が火矢を使いはじめたのが気がかりだった。

「ギャーッ!せっかく作った楠木正成式の柵が!!」

 番は急いで雑兵たちに命じた。

「井戸曲輪の水を汲んでこい!もう乾渇かつえ攻めの心配はないっ」

 本当にないとは限らなくても、ここは言い切ってしまう。そもそも井戸曲輪の池は水位の変動が小さかった。よほど豊かな地下水脈に繋がっているのか、それとも……

(あそこの水はあっちの世界の池と繋がっているのかもしれない)

 そんなことを夢想する。最悪完全に帰れなくなってしまうから、池の水を全部抜いて確かめるわけにもいかないが。


 北の本丸側からの攻撃も心配だった。実は末泥城の本丸は山の最高地点にはない。山岳地帯の山城にはありがちな問題だが、最高地点に本丸を築くと麓との高度差が大きくなりすぎてしまい、逃げ込むにも出撃するにも不便なのだ。

 それでも本拠地などで駐屯する人数が多ければ全山を要塞化できるが、末泥城は地方の一城郭に過ぎない。

 そこで大堀切で尾根線を切断して山頂までのルートと本丸を分断している。敵が尾根に出るためには時間が掛かるし、その尾根道は狭くて両側は自然と人の共同作業で切り立っている。

 それでも、油断していると足元をすくわれかねない。城内を見下ろせる上を取られるのも面白くなかった。

 釉姫は危険になった場所に駆けつけるために、三十人の遊軍を編成して二の丸に置いていた。番は彼らにも注意を促した。


 荒野家の軍師、藤城来麻介は末泥城の堅牢さに舌を巻いた。

 西側正面からの攻撃は無数にある小さな曲輪を犠牲にすることで時間を稼ぐ。東と南からの攻撃は技巧的な横矢掛りによって接近を許されない。貝腰勢に本国を攻められたこともあって、兵の一部は積極性が足りなかった。

 そういう輩は容赦なく交代させて新手を投入したいのだが、すでに転進を開始している関係で、自由に交代させるとはいかなかった。

 ここは釉姫の首にかけられた莫大な恩賞――1城の主!――に血眼になった連中に期待するしかなかった。

(前掛かりになりすぎるのも危ないのだが)

 藤城としては荒野文庫守の二の舞いは避けたい。こうなると御屋形様が彼の提言を容れて少しでも末泥城の普請の妨害を出来ていれば……との忸怩たる思いも湧いてくる。


 荒野勢が小曲輪を半分まで攻略したところで川梅勢は小曲輪の一つに火をつけた。正確には火矢の消火をあえてしなかった。その曲輪より下を守っていた兵があわてて上へ逃げていく。敵が用心して曲輪にたどり着いたときには炎が激しく燃え盛り、曲輪内を通過できない状態になっていた。そこにはあらかじめ可燃物が積み上げてあったのだ。

 荒野兵が水を被って無理に突破しても次の曲輪に控えた弓兵の矢で串刺しにされてしまう。少しでも火勢を保とうと城兵は曲輪に薪を投げ込む。寄せ手は水を汲み上げてくるわけにもいかず、土を掘って火に掛ける。

 そんな消火活動を上の曲輪からの射撃や投石が激しく妨害した。消火班を守る盾にも火の粉が引火する始末。寄せ手は限られた攻撃の時間を大幅に消費してしまう。藤城来麻介は攻撃を一旦停止させ馬の背で革袋に詰めた水を運ばせる。その間に大手道を攻める部隊を交代させて消火後のダッシュにそなえた。

 正面からしか攻めていないならもう諦めているところだが、他の方向からも攻撃している手前、城兵を西側に引き付けるためにも攻撃の手を緩めるわけにはいかなかった。

(なんとか二の丸にたどり着いても噂の「障子堀」があるのだろう。厳しい……)


 釉姫は西側の敵が炎で動けない間に遊軍に一仕事させることにした。三の丸からの出撃である。遊軍の頭である多寡無素活たかなしもとかつが皆に声を掛ける。末泥城周辺の小競り合いで頭角を現してきた人物だ。

「行くぞぉ!」

 一斉射撃の支援を受けて、丸馬出から遊軍が飛び出していく。狙いはしつこく火矢を射てくる弓兵部隊と篝火だ。すでに三の丸のあばら屋は焼け落ちている。二の丸まで同様にされてはたまらない。

 自分たちの快適な寝場所を守るという切実な動機をもって斬り込み部隊は全力で敵を妨害した。篝火を倒すのに夢中になりすぎて討たれる武士も出てしまったほどだ。さいわい他の兵はスプーンでスイカを丸く抉り取るように弧を描いて敵陣の中を突き抜け、丸馬出の出撃したのとは反対側の虎口から城内に帰還できた。

「御苦労」

 釉姫が三の丸まで出張っていって、帰還した兵のひとりひとりに水を手渡した。怪我をした者は程度に応じて励ましたり後ろに下げたりする。

「まだまだやれまする」

 多寡無基活は「何度でも」と言いたいところを堪えて――釉姫は大言壮語をあまり好まないので――報告した。

「うむ。頼りにしておるぞ」


 これで南からの攻撃も一時的にいきおいを失った。残るは搦手となる東からの攻撃だが、もともと足場が狭いこともあって荒野軍は苦戦を余儀なくされていた。攻め手を変えるにも南側の仲間を押しのけて人員を移動させなければならない。

 さらに河福ひきいる川梅の城外部隊が近くの山から矢を飛ばしてくる。追いかければ、ますます末泥城を攻める人員が減ってしまう。

 けっきょく、荒野勢は登り坂に疲れた兵をだらだらと戦わせる羽目に陥っていた。最低限、井戸曲輪に川梅勢を引き付ける役目は果たしていたが、いきなりの攻撃命令ということもあって、それ以上は難しかった。川梅方はいざとなれば丸馬出から出撃して井戸曲輪に入る経路で寄せ手に打撃を与えることもできる。

 むしろ西側からの再攻勢が進展していた。


 小さな曲輪をキャンプファイアーにする防衛側の作戦が二度繰り返されることはなかった。延焼を恐れたのか、可燃物が潤沢ではないのか、荒野軍は訝しがりながらもこれ幸いと進撃を続けた。

 藤城来麻介の指導で小曲輪を一つ攻略するごとに部隊を入れ替える。そのため彼らは目前のノルマ達成に全力で取り組む。

 小曲輪を守る側は数班で交代していても流石に疲れが出てきていた。やはり兵力の絶対数が違う。ただ、荒野勢はノルマの関係で敵の殺傷よりも曲輪の制圧を優先して動いていたので、川梅側の死傷者は限られていた。

 一方で荒野側の犠牲者数は貝腰軍との決戦が控えていることを考えれば無視できない人数――三桁――に達していた。川梅側からみれば、貝腰氏に戦果をアピールできるレベルだった。

 むろん、それも落城を避けられればの話ではある。


「敵が「つ」の曲輪に到達!」

 三の丸の大手門まで残る小曲輪は三つである。「あ」「め」「つ」の曲輪は三の丸、二の丸、本丸の下側に並んでいた。「め」の曲輪が前の攻城戦で荒野文庫守が突撃拠点にした場所だが、この戦いまでの間にせっせと削られ高さを落としていた。そして多少の障子堀も設けられていた。三つの曲輪は虎口の折れ曲がりも複雑で、それより下の曲輪よりも手が込んでいる。

 ただし、曲輪を守る兵の姿はない。

「いまさら空城の計か?」

 警戒してそろそろと進む荒野兵の左上から高速で土砂が降ってきた。


「やれっ!」

 カエサルが「賽を投げてしまえ!」と言ったような心持ちで鬼岩番は雑兵たちに命じた。

『えいしょおっ!!』

 彼らが声を合わせてロープを引っ張ると粗末な丸木のアームが回転して、結わえられた袋から石礫が放たれた。至極原始的な投石機だ。仕組みは見れば分かるし、この世界でも知られている。ただ山城の攻防で使われることはめったになかった。

 番はこれを六機用意させて、あらかじめ試射を繰り返して狙いをつけておいた。石礫の重量などを揃えておくことで、毎回の調整は不要だ。弾を込める者、紐を引く者、それぞれのリズミカルな単純作業である。

 弓兵のような専門的な能力はほとんど要らないし、もっと重要なことに人を殺す覚悟も不要である。百姓上がりで成り立ての雑兵でも十分に役目を果たせる。鉄砲が流通していない世界で、番が鉄砲の役目を果たすものを探し求めた結果でもあった。


「あやつら、我らを埋め殺す気か!?」

 荒野勢は悲鳴をあげて逃げ惑った。土混じりの石がクロスファイアの要領で前後左から間断なく降ってくる。石の大きなものが頭に当たれば昏倒しかねないし、手足の甲冑に守られていない部分に当たれば骨折で身動きが取れなくなる。いや、装甲の上からでも十分に危険だった。

 砂煙で視界を遮られ、出入り口の形状が複雑なので、入り込んだ曲輪から出るのは簡単ではない。荒野兵は魚籠に捕らえられた魚のごとく狭い空間を這い回る。

 彼らに名のある武士に討ち取られるような名誉ある死は許されなかった。雑兵の手で埃まみれにされて死んでいく。倒れてもなお彼らの死体の上には土砂が降り積もり続けた。

 番は思わず敵に向かって手を合わせた。自分たちの放った石礫の着弾を見ることがない雑兵たちはリズム良く攻撃を続けていた。ハイペースの射撃に投石機六機の内、二機がアームが折れて故障し、片方に添え木を当てて無理矢理直したら、また次の射撃で壊れる。その時の着弾が仲間に被害を与えるところだった。

 前回に続いて大量殺戮が眼前で展開されたことで、敵のみならず味方までも言葉を失ってしまう。攻め手の足は完全に止まっていた。

「しまったな……今度は時間稼ぎの縄張りを命じられたのに、また敵を殲滅してしまった」


 しかし、荒野勢にはまだ最後の一手が残っていた。すなわち北側からの本丸ダイレクト攻撃である。

「わっ」と声をあげて、苦労して山登りを果たした荒野勢の別働隊五十名あまりが、尾根道を突っ走ってくる。大半が軽装である。川梅勢の指揮官はほとんどが二の丸より下にいたから、上の本丸で起きていることをすぐに把握できなかった。

 事前に本丸への警告を発していた番すら投石機に意識を奪われ、忘れかけていた。

 敵は大堀切に飛び込んで本丸側の壁を登り始める。大堀切の前で立ち止まった弓兵からはビシバシと矢が飛んでくる。少ないが火矢も含まれる。


 本丸の櫓に詰めていた少数の武士は狙いをつけずに応射をするのが精一杯。荒野兵は増援が来るよりも早く堀を渡ることが生き残る最善手だと承知していた。死物狂いで本丸に乗り込もうとする。

 だが、柵の上部に手を掛けて乗り越えようとした彼らは柵ごと大堀切に落下した。番が用意させた二重の柵だ。外側の柵はしっかり固定されず城内から取り外せるようになっている。

 それでも懲りずに登ってきた兵は真正面から石礫を顔面に浴びる。独断で向きを変えた本丸の投石機が至近距離からの投石を食らわせたのだった。柵にも被害が生じたが、背に腹は変えられない。

 彼らが稼いだ貴重な時間がダメ押しとなった。多寡無素活ひきいる遊軍が救援に駆けつけ、本丸の柵際から敵を駆逐したのだった。突撃のタイミングを全ての方向で合わせられていたら、もっと苦戦しただろう。末泥城は荒野氏の調整不足にも救われた。

 流石にもう攻めきれない。日が傾いてきたこともあり、荒野勢は意気消沈して急速に積極性を失っていった。反対に川梅勢は勝ち鬨をあげて、自分たちの勝利を誇示した。敵に敗北感を植え付け、決して末泥城は落とせないと思わせたい。そんな思いがあった。


 ただし、敵は置き土産を残していった。本丸の一番良い寄棟造の建物が炎上したのだ。

「な、なんたることじゃ……っ!これまでに集めた証書が!!」

 不屈の闘志をみせていた釉姫が地面に膝をついて嘆いた。せっかくの戦術的勝利を外交的敗北で台無しにしてしまいかねない大損害だった。

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異世界戦国のヴォーバン 現代の城郭知識で攻城戦無双 真名千 @sanasen

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