異世界戦国のヴォーバン 戦争の拡大
川梅家と荒野家の婚儀に乗じて行われた荒野家による奇襲攻撃。安心して婿を迎えるつもりだった川梅城は落城し、当主も切腹して果てた。
花嫁になりそこない生き残った釉姫はかろうじて脱出し、辺境の末泥城に逃げ込む。城の伝説にしたがい池に骨を投げ込むと、城郭研究部の鬼岩番が異世界から現れ、奇策を授けて彼女たちを窮地から救った。
川梅家を一挙に滅亡させることに失敗した荒野家は作戦を練り直し、本国から増援を呼び寄せる。一方、川梅釉は反撃に転じつつ、隣国の貝腰家に援軍を要請。
不安定な状態になった川梅領の帰属をめぐる大きな戦が起ころうとしていた。
「まさにそれが問題よ」
社の前で釉姫は鬼岩番に語った。
「我らは貝腰に助けを求めるしかないが、貝腰に助けられれば頭が上がらぬ。荒野の支配は避けられても今度は貝腰の組下になってしまうじゃろう……」
ただ、代わりに自分が来た世界の戦国時代の話をしてヒントにすることは出来た。
「そなたの話す桶狭間や厳島がわらわにも真似できれば良いのじゃが……それこそ下ごしらえが足りぬ。河越は真似しようにも、この末泥城こそが河越城の立場じゃしな」
「……貝腰の他に援軍を出してくれそうな勢力はないのか?」
「もう一つの隣国としては北の麦城家があるのじゃが……勢力が小さいし更に北の冠森家から圧迫を受けておるからのう。いちおう書状は送っておるのじゃが」
色よい反応は得られていないと彼女は首を振った。番は彼女に肩を竦める仕草を教えてみたくなる。
「遠交近攻ってやつで荒野の向こう側の国は?」
「それは荒野に依存している小国と更に向こうの隼楚地ということになるが……」
「隼楚地?」
「
言葉の響きから故郷の歴史でいう「南蛮人」に征服された土地があるのかと思ったが、隼楚と呼ばれる人々は昔から対岸の島に住んでいて、戦国の混乱に乗じて海を渡り荒野家の西側を制圧したらしい。
「昔は隼楚島にも我ら
なかなか因縁の深い関係らしい。そんな隼楚人は伝統的に朝敵であり、同盟などしようものなら官途名や官位は確実に没収されるとのこと。逆に隼楚の占領地は切り取り次第とされており、戎蛮追討を大義名分に武家の次男三男が攻め込んで、境界地帯にマイクロ国家群を創っていた。
荒野氏はそれらの小国家を支援していたが、隼楚本島から援軍が来たときの反撃が熾烈なため、直接侵攻は避けていた。逆に「
姫の悩みを解決するにはどうすれば良いか。
番は各国の位置関係を脳裏に思い描く。中心を川梅家とすると、東が貝腰家、北が麦城家――さらに北が冠森家、西が荒野家、南は海である。荒野家の向こうには小国家群が、さらに向こうには隼楚地がある。
彼は新しい曲輪造りの監督をしながら、その日一日考え続け、頭の中にある歴史の知識をひっくり返す。もっと勉強しておけば良かったと思う反面、趣味のことだから良く覚えているとも感じる。
そして、翌日の礼拝時に一つの提案を行った。
「これは他国が乗ってくれないと成り立たない策なのですが……」
貝腰、荒野、川梅の各家はそれぞれ数郡から一国に相当する国土と国力を持っていた。貝腰が一番大きく無理のない動員兵力は八千、次いで荒野が六千、陥落前の川梅が五千程度だった。しかし、川梅領の大部分を制圧したとはいえ、荒野家がいきなり一万一千の大軍を動かせるわけではなかった。
それぞれ他にも国境を接する勢力があるし、川梅国内は麻のように乱れている。一部の有力武将がまとまった兵を保持している以外は、兵が各地に分散していて、遠征ができる状態ではない。
末泥城の釉姫は籠城開始時の百人から二百人上積みして三百の兵を集めていた、また先の転移者の子孫である有力領主、源平氏が一千の兵を握って洞ヶ峠を決め込んでいた。もっとも、この世界の人間に洞ヶ峠の表現は通じない。
「源平氏はいつもの病気じゃな。開祖の剣聖源平藤橘に天下統一――そもそも天下統一の言葉も源平藤橘がもたらしたもの――の呪いを吹き込まれて、何かあるたびに無謀な勢力拡大を図る。
いつも通りなら結局大したことは出来ずに立場を悪くするだけだと言うのが「呪い」と言われる由縁である。
しかし、源平家のおかげで敵の動きにくい領域ができて川梅勢の動きを助けている面はあった。情報のやりとりも源平領を利用すれば妨害されにくい。源平領民の気持ちとしても荒野よりは親しい川梅の味方である。
そんな環境も利用して川梅勢は現在の本拠地末泥城以外に残った味方城の一つである持月城を後詰する計画を立てた。包囲の荒野勢を打ち破り持月城との間に連絡線を確立すれば、点ではなく線で抵抗できるようになる。
そのためにも番は持月城の改装計画を任され「実物を見なければ効果的な縄張りはできないぞ……」とボヤきながら一応の改修案を完成させた。それを懐に仕舞って釉姫は持月城救援軍を率いて出陣した。川梅家再興軍にとって、これほどの遠征は初めてである。もちろん捕虜交換で解放させた元小荷駄奉行の河福小路輔も連れて行く。
「征くぞよ!」
そして、十日後に帰ってきた。
「行ってきたぞよ!」
その背後には荒野氏の旗が林立している。
「ああああ……あんな大勢の敵を引き連れて!」
今度の攻囲軍は総大将の荒野雨熾がひきいる三千の大軍である。隣国貝腰家の脅威を無視した無謀な兵力集中にも思えるが、釉姫が討ち取られれば貝腰氏は絶好の大義名分を失う。だから貝腰勢は末泥城を救援するために出てくるだろうと荒野雨熾は読んでいた。位置的にも末泥城は貝腰領に近く、敵が別の目標を選んでも対応できると踏んでいた。
いわば持月城を餌に川梅勢と後詰決戦を行い、今度は川梅勢を追い詰めた末泥城を餌に貝腰勢と後詰決戦を行う構えだった。
それもあって再び末泥城の麓に布陣した荒野勢は城攻めを急がず、じっくりと包囲の輪を縮めてくる。
「貝腰への救援要請は通してやらねばな……」
そんな配慮を見せるほど荒野家当主には余裕があった。本国から集めた増援は貝腰勢との合戦予定地に送り込み伏兵とする。
しかし、川梅方もこの展開を覚悟はしていた。もちろん、持月城を解囲できればそれが理想だったが、敵の注意を持月城から逸らすことは出来ている。その隙に最低限の情報や人材は送り込んでいた。
改修計画の図面もいわば「川梅家は持月城を見捨てていない」とのメッセージだった。
だから城からよく見える場所で荒野勢から敗走するのも慎重に避けていた。逃げる途中ではぐれた兵は多くても死傷者は極めて少ない。
川梅勢への落ち武者狩りも現時点ではおとなしい。川梅勢が田植え中は活動範囲を事前告知して耕作にできるだけ影響を与えないようにしたこと、早稲の種や苗を農民が手に入れられるよう大名田堵や土倉に働きかけたことなども効いていた。
これらはだいたい河福の提案である。少しでも戦争中の領地から収益を上げたい支配者側の都合も絡んでいたが、民衆にもありがたいのは間違いなかった。
こうした「人気取り」のおかげで一度はぐれた兵も末泥城の近くまで生きて戻ってこれた。
無論簡単に入城は叶わない。だが、入城できなくても仲間の助けになることはできた。むしろ、城外での働きの方が期待されていた。
「
川梅勢は旗だけをたくさん立てて、そこに大軍がいると見せかけている。荒野雨熾の読みは正確だったが、実際に旗を排除しなければ配下の心理的動揺を完全に無くすことは出来ない。地の利を活かして夜間に小部隊で斬り込んでくる敵までいればなおさらだった。
中には源平藤橘の百人斬り伝説を連想する者もいた。恐怖から夜に寝られず、昼に居眠りしてしまう兵も出てくる。
囮にする末泥城の攻略を重視しないと言っても、士気の低下は困る。山狩をおこない、川梅兵を匿いそうな近隣の村に焼き討ちを掛ける。荒野家当主はすでに周囲を自分の領地だと思っているので、あまり領民に実害がないように気をつけさせた。もちろん、それでも恨まれるものは恨まれる。
さらに小荷駄を餌にして襲撃部隊を待ち伏せしようとしたが、これは見抜かれた。相手は小荷駄奉行であるから騙すのは容易ではないのだった。
「姫様が儂を指名してくれた恩義に応えにゃな……」
河福小路輔は荒野勢の展開する平野を眼下に呟いた。自分たちのしていることは、どこまで行っても時間稼ぎで、敵を直接打倒できるものではないのが残念だった。
結局、川梅家の命運を握っているのは貝腰家の援軍である。彼らが荒野勢の主力を撤退させてくれなければ遅かれ早かれ川梅家は滅亡する。
ただし、荒野勢の主力を撤退させるためには、主力同士の合戦に及ぶことが絶対必要なわけではなかった。
荒野雨熾は川梅城から送られてきた伝令の報告を受けて、耳を疑った。
「本国が貝腰勢の侵攻を受けている、だと!?」
貝腰勢は末泥城救援の軍を起こすと見せかけつつ、麦城家に圧力を掛け、強引に道を提供させたのだ。隼楚を討つとのお題目を盾に荒野領に乗り込み、荒野家の留守部隊を挑発、小競り合いを本格侵攻に発展させたのであった。
決戦にそなえ荒野家の主力は旧川梅領に集まっており、本国を守っているのは二線級の部隊が多かった。局所的に強い部隊がいても領内に分散していて、適切に合流させ、侵攻軍に対応するまでには時間が掛かった。個別に当たれば各個撃破されてしまう。
遠征軍が取って返した方が早いくらいだ。
「なにをやっていたのだ!?」
雨熾は諜報部門の無能をなじったが、実際のところ彼らは麦城領でのいざこざを割と早めに把握していた。しかし、活動の中心が荒野領にあったことから情報を川梅領の最前線に送るまでに時間が掛かってしまった。
荒野家は対川梅と対貝腰の情報を遠征先に求心的に集まるように再編成していたが、それ以外の国はそうではなかった。そもそも弱小の麦城などは闘茶の席で手に入れた舶来品を見せびらかす相手としか思っていなかった。その小さな恨みの蓄積が貝腰軍の通過を許した面もある。
謀略家の大きなミスだった。
なお、貝腰領への直接的な諜報活動は、かなり荒っぽい方法で封じ込められていた。潜伏するスパイはあぶり出されて殺され、外交僧は軟禁されている。
だが、それが秘策を隠すためとも、川梅領が制圧された新しい事態に対応するためとも、外側からは判断できなかったのであった。
一報を受けた家臣たちの間に動揺が広がっていた。他国に乗り込んで一方的に荒らし回っているつもりだったのが、いきなり大事な家族や領地のある本国が戦場になったのだ。無理もない。そもそも貝腰との戦争は川梅と貝腰の国境周辺で行われるのが通例だった。
「まて、あわてるな。地の利は我らにある。貝腰勢が補給もよく考えず本国に乗り込んで来たなら望むところ。奴らを壊滅させれば川梅どころか貝腰領まで併合できようというもの!」
当主の言葉に血気盛んな若い武将が感嘆する。それでも渋い顔の家臣たちには所領に受けた被害を川梅領で補償することを匂わせ不安をなだめる。
彼らの単純さは物足りなくもあったが、疑問をもたずに命令に従うように仕向けたのは荒野雨熾自身だった。そんな社畜に経営者目線で頭を使えと命令したらダブルバインドで錯乱してしまう。だから、彼は特別な家臣とだけ大局の話をするようにしていた。
いわば川梅家の軍師の一人である藤城来麻介はいそいで善後策をまとめる席でつぶやいた。
「此度の貝腰の動き、正面から挑んでくるいつもとは違いまする。何者かが策を授けたのでは?」
「ふむ……麦城から声を掛けたか?」
「あるいは川梅の提案では?」
「……」
謀将は考えながら末泥城を見上げた。このあたりにしか自生しない茶杓菊の旗が誇らしげに翻っている。持っている兵力は未だに少なくても、この存在が荒野家の命取りになるかもしれないと感じた。
そもそも雨熾が同盟国への非情な奇襲を決意したのは、婚約者のお披露目の名目で一時的な人質として荒野城を訪れた釉姫の器量が、婿入りさせる三男より優れていると感じたからであった。息子にやるのが惜しくなって自分のものにしようとしたと口さがない噂を立てるものもあったが。
「もはやあの娘を生かしてはおけぬ。一日限りの力攻めを行う。火を使って構わぬから、なんとしても討ち取るのだ!」
どうせ道路の狭さから全軍をまとめて動かすことはできない。移動の順番が来るまでに居残る部隊を城攻めに回せば時間のロスは限定することはできる。また、当初の決戦予定地で伏兵になっていた部隊には密命を与える伝令を送り出した。
もはや中途半端にこの戦から足抜けをすることは許されない。どこかの家が完全に滅びるまで続くのだ。
関連図を近況ノートに上げました https://kakuyomu.jp/users/sanasen/news/16818093084465454134
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