異世界戦国のヴォーバン 末泥城の拡張工事

「その方ら、アレやってたもれ、アレ」

「……某の名は荒野文庫守でござる」

「ぶ?豊後守?」

「ぶんこでござる!」

「あっはははははは!!」


 捕虜と転移者に掛け合いをさせて川梅釉は床几を打って笑った。敵対していた二人は目を見合わせる。

(いったい何が面白いんだ?)

(さあ?)

(姫様は箸が転げても面白い年頃なんです……かたじけない)

 お守役的な桃堂も目語で謝った。彼女の耳には別世界の聞き慣れない国名が奇異に感じられたのだろう。

 虜囚の荒野文庫守が牢から引き出されたのは、むろん漫才を演じるためではない。桃堂は一枚の和紙を元敵将に手渡した。釉姫が言葉を添える。

「そなたと交換する武将の候補じゃ」

 分家筋とはいえ荒野の血縁である文庫守の価値は低くない。生死不明の川梅家当主は無理でも、捕らえられた家臣を代わりに取り戻したいところだった。

 そうすれば荒野家に奪われた領国の奪還戦の助けにもなる。やっと孤塁を守りきり反撃に出ようという川梅家だが、彼らには一軍を任せられる将がいない。

 いまは釉姫自身が側近の桃堂たちを引き連れて出撃せざるをえず、末泥城から日帰りできる半径百町ていどの範囲しか奪還できていなかった。そうして再び支配下に入った村々も、影では荒野氏と誼を通じた両属状態が疑われる。民草も生き残りに必死なのである。


 名簿をみた捕虜は感情を抑えた声で言った。


「……これは錚々たる面々。某と交換とは名誉なことでござる」


 事実、名簿の上位は川梅家でも重臣とされる人物たちだった。多少は知らない人物もいたが、それでも苗字には見覚えがある。累代の家臣に違いない。


「うむ……だから、そやつらとの交換は無しじゃ」

「なっ!?」

 意表を突かれて文庫守は驚きの声を漏らした。井戸曲輪から湧いて出た男、鬼岩番もその判断は聞いていなかったのか、一緒に驚いている。

(演技なら大したものだ……)


「たとえば筆頭にあげられている松胸水幡守はこたびの騙し討ちの原因となる縁談を持ってきた男。一族は荒野の重臣と通婚関係にある。受け容れられるはずがなかろう。他の者達も同じじゃ。荒野に名前をあげられた時点で調略を受けておる恐れがある。人質になる者ごと敵の手に落ちたであろうしの」

 そんなことを疑い出したら誰とも交換できないのではないか?捕虜の男は生還の希望が萎んでくる気がした。武士として死を恐れるものではないが、家系存続のためにはまだ死にたくなかった。

「で、では、誰と某を交換するつもりで?」

「河福小路輔という男じゃ。知っておるか?」

「はぁ……?」

 荒野は頭上に大きな?を点灯させてしまう。その反応を確かめた釉姫は満足そうに頷いた。

(謀られた、いや測られたか……)

 わざわざ捕まえた敵将に交換相手の名前を教えたのは、その人物が荒野氏に取り込まれている可能性を探りたかったからだろう。荒野家の有力家臣である文庫守が名前さえ知らなければ、その恐れは下がる。彼は苦し紛れに、

「某は存ぜぬが、御屋形様は深謀遠慮のお方。きっと、その名前も知っておろう」

 と釘を刺すのが精一杯だった。


 釉姫は嫌味にうなづく。

「まあ、名前を知らせれば時間をかけて取り込まれる恐れはあるのう。じゃから、お主を問答無用で送り出す。代わりに河福を解放して参れ!」

「……」

 困ってしまった文庫守を水干装束に身を包んだ小物が引っ立てていった。川梅側としては交渉で時間稼ぎをされるのも回避したい。

 最悪の場合、彼が戦線に復帰するだけで川梅方は戦力の増強に失敗する可能性がある。それならそれで荒野は信の置けない連中だと大々的にプロパガンダを展開するつもりだった。

 それに……


「あれは宗家に似ず誇り高き男よ。自らが河福との交換なしに復帰することは望むまい。じゃが、見栄もあるから惨めな虜囚の姿でこの城に戻ってくることも望むまい」

 うまく行けば荒野氏家中に不和の種を蒔けるし、最低でも文庫守は実質無力化できる計算だった。

「お見事で……」

 守城戦に関係ないところでは脇役になってしまう鬼岩が、そっと姫様を褒めた。

「なに所詮は小娘の策略よ。どこかに穴があるかもしらん。しかし、馬に乗って外を出歩いておると(本当は危険な軍事行動中なのだが)ポンポンと考えが浮かぶようになって、わらわも驚いとるぞよ」

 若くして川梅氏の存亡を一身に背負った釉姫は脇息にもたれかかって、そっと首をかたむけ、長い髪を首筋から離した。お家復興のため知略をフル回転させながら。



 荒野文庫守が率いる軍勢を粉砕した末泥城には川梅家再興を志す武士たちが続々と集まっていた。彼らの居住スペースを確保するために必殺の障子堀は埋め戻し、新しい曲輪を整備する必要が出てきていた。

 改築の責任者はもちろん水面を超えて異世界からやってきた自称築城専門軍師の鬼岩番である。

「最初に確認しておきたいのだが……次も一発逆転を狙う縄張りにするか?それとも持久戦向きの縄張りにするか?」

 毎日の習慣で、番は本丸にある社に荒野将兵の冥福を祈ったあと、釉姫に確認した。釉姫の方は毎朝家の復興を祈っている。同床異夢の状態だが情報交換をする貴重な機会である。故郷への帰還を許してもらえない反動で番は口調がぞんざいになってきていた。


守株待兎しゅしゅたいとは狙わぬ。持久戦を考えた縄張りで頼む」

「しゅ……?わ、わかった。それにしても、ずいぶん人が増えたな(暗に人夫を回してくれと言っている)」

「日和見していた連中が川梅家再興の望みありと見てついてきたのじゃ(無理を言うと彼らがまた離れると言っている)。それと「井戸から現れたる人」がおれば、かつてのように勝利は間違いないと触れ回っておるからな」

「なるほど~!……それって俺が敵に狙われる原因にならないか!?」

「ふむ、ばれたか」

 姫は口元を袖で覆った。その下で舌を出していたかは定かではない。

「ふ・ざ・け・る・な!!!」

 割と本気で頭に来たが、宣伝しなくても時間の問題でいつかそうなると承知してもいた。釉姫は忍び笑いをドップラー効果で低音側に引き伸ばしながら逃げていってしまう。

「はあ……ちゃんと護衛をつけてくれよ」

 暗殺者が心配ならいっそ遠征に参加する方が安心だったりするけど、今度は普通に討ち死にする危険があった。番は周りに臆病者と思われても鎖帷子は常に身につけることにした。彼はこの世界の人間に比較して栄養状態は良いので体格には恵まれている。


 現在の末泥城は雪だるまが脇にシルクハットを抱えたような形をしている。北側に頭である本丸を向け、東側にシルクハットの井戸曲輪をくっつけている。

 大手門は胴体の西側にある。また、全体を囲む腰曲輪が巡っていたが前回の戦闘でところどころ破損していた。再び城攻めをされることがあれば、今度の敵は東側にまで回り込んで水の手を断とうとしてくるに違いない。番は居住スペースの確保を兼ねて二の丸と井戸曲輪を守るための曲輪を増やすつもりだった。


 もちろん攻めやすい単純な構造にするつもりはない。大手道になる西側の斜面には天幕を張るための小さな曲輪をたくさん造らせる。二の丸の南に新しく造る三の丸には丸馬出をもうけて反撃の拠点とし、井戸曲輪を防御する東曲輪には外部との狭い連絡通路をもうける。

 丸馬出から出撃した反撃部隊は東曲輪の隘路を通って撤退する。それを追撃する敵には二の丸や井戸曲輪から横矢を掛ける。いい作戦に思われたが番は途中で失敗に気付いた。

「しまった……これでは攻撃する向きが左側だ」

 防具を装備した敵は左側の方が守りが硬い。冷静な敵は木盾を左手に持ってくるかもしれない。できれば武器をもっている右側から攻撃したい。

「遠回りして北側から折り返させた方がいいのか?だが、それでは出撃部隊が逃げ切れない可能性も……」

 地面に図面を描いてブツブツと検討する。南北の両側に虎口を開けることも考えたが、いたずらに弱点を増やすことになりそうだった。

 仲間の武士に相談したり、実際に走って動きを確認したりして、とりあえずそのまま工事を進めることにした。次の改修では虎口を北側に付け替えることも考慮しつつ。



 この世界に来たときに持っていた作りかけの縄張図は描き込みですっかり真っ黒になっていた。一度濡れて乾かして使っているのでごわごわする。しかし、贅沢は言っていられない。末泥城は深刻な紙不足に苦しんでいるのだ。

 調略のため釉姫が書状を乱発しているのが原因だ。

 かろうじて味方に踏みとどまっている勢力を鼓舞し、中立を決め込んでいる勢力を恩賞で誘い、敵についた勢力を離反させようとする。隣国へは援軍派遣の矢の催促。もちろん先の人質交換交渉のように敵とのやりとりもある。荒野文庫守を一方的に送り出した理由の一つは書状の往復で紙を浪費したくないという情けないものであった。

 どれもそうそう格式を落とすわけには行かず、痩せ我慢で貴重な紙を思い切って使っていた。もともと専門ではない祐筆役は書き損じが許されずプレッシャーで日に日に消耗していた。姫と彼だけは戦の真っ最中だった。若い姫の方は元気にひらがなで「ゆう」と署名していたが。

 寺社や村落には禁制も発給しなければならない。寺社に対しては代わりに紙の供出を求めることもしていた。和紙は外交戦の弾薬なのであった。


 ちなみに寺社への手紙の文末には番の要求で大工や石工の紹介を求める文言が加えられていた。劣勢の側に宗教勢力が特権を貸し与えるわけもなく、当然のように黙殺されていた。ただ、川梅氏残党に恒久施設を増設してとことん戦う覚悟があることは良く伝わった。

 追い詰められた川梅氏の恩賞は空手形になる可能性が高く、かと言って末泥城に財貨が豊富にあるわけでもない。釉姫はしかたなく草履や杖や笠など身の回りの物を与えることがあった――番に聞いた織田信長の話なども参考にして。

 これらも彼女が将来大物になれば由来のある貴重品になるかもしれない。

 番は(まるでクラウドファウンディングの返礼品みたいだな)と思ってしまう。釉姫の個人的な魅力を頼りに川梅氏の領土奪回成功に賭ける人間の出資を集める。案外クラウドファウンディングは当たらずと言えども遠からずなのではないか。



 数日後。荒野氏の支配下にある川梅氏の本拠地、川梅城。

 ヤブガラシの花を象った荒野氏の旗で一色に塗りつぶされた城郭の本丸御殿では、荒野文庫守が宗家でもある主君に面会していた。

「こたびはまことかたじけなく……我が身は討ち取られたものと考え、いかなる処分も受け容れましょう」

 大仰な物言いを主君、荒野雨熾あらやあまおきは鼻で笑った。文庫守の芝居がかった発言は、身内ゆえ本気で処分されるとは思っていない演技に感じられて、かえって気に障った。

「ふん!小競り合いに負けるたびに将を切腹させていたら、兵がいなくなるわ」

 当主は内部を見てきた家臣から末泥城の様子を聞き取り善後策を巡らせる。特に井戸から現れた男には関心を示した。

「いくさに出る人数の少なかった昔と違って一人ができることは限られる」とも口にしたが、これは味方向けの強がりでもある。


 荒野文庫守は意を決して進言する。

「御屋形様!某に今一度機会を与えてくだされ!末泥城をもう一度無理攻めしようと言うのではござらん。小勢で張り付いて動きを妨害したいのでござる。あ奴らを好きにさせておれば必ずや大きな禍になりもうす」

 彼はそれを言うだけで大量の汗をかいた。謀略家の機嫌を損ねれば何があるか分からない。それでも末泥城の危険性を肌身で知っている自分が言わなければならないと考えた。もちろん名誉挽回の機会がほしいとの気持ちがまったくないとは言えない。

 末泥城を再び攻めることには恐怖があったが、あえて城攻めをせずに遊撃戦を行うならそれは回避できる。

 だが、当主の答えは冷たいものだった。

「ならん。兵は拙速を尊ぶともうすが、我らは拙速に失敗したのだ。さらに焦って手出しを繰り返しても拙速にもならん。それに……あの城の近くでは大物見が待ち伏せを受けて何度もやられておる。近くの民は完全に敵方と思うたほうがいい」

 そんな場所に近づいて上手くやれる自信があるのかと当主の顔は尋ねていた。荒野文庫守はうなだれるしかなかった。他にも川梅方に留まっている城が二つあり、中立を貫いて独立を目論んでいる有力領主も一家あった。末泥城にかかり切りとはいかないのだ。


「……なにより貝腰勢が国境で動きはじめておる。事と次第によっては田植え前に合戦になろうぞ」

 貝腰は川梅の隣国で荒野とは長年の敵国だった。もともとは川梅を貝腰から守るために荒野が援軍を送る関係だったのだが、荒野が同盟国の寝首を掻いたことで同盟関係は激変している。今は川梅が旧敵に助けを求めて、元同盟国の荒野と戦おうとしていた。もちろん、即席の同盟が川梅の当主不在の中、そう上手く行くわけがない。付け入る隙はいくらでもあるはずだ。

 むしろ貝腰側の方が荒野が元川梅の兵を戦力化する前に勝負を急ぐ必要に迫られていた。

「……某は何をすれば?」

「川梅兵を連れていき荒野領の警固をせよ。代わりに本国の増援を送らせる」

 反乱の予防をしつつ、貝腰勢との決戦に備えて川梅領に兵力を集中させる。とても攻撃的な計画だった。



 文庫守に遅れること数日、河福小路輔も末泥城に着いた。彼が本丸にある寄棟造の建物に入ると、主だった人々が顔を揃えていた。その平均年齢は若い。河福小路輔が一人でその場の平均年齢を大きく上げていた。

「大儀である」

 河福が着座すると釉姫が声を掛けた。口調は内容に比べて硬質のものだった。

「早速ですまぬが御屋形様ちちうえの安否を尋ねたい。いろいろな話が入ってきて、どれがまことか分からぬのじゃ」

 川梅家当主は本拠地の落城時に討ち死にしたとも、脱出して潜伏しているとも、荒野に囚われたとも言われていた。情報が錯綜して真実は霧の中。明らかに領内を混乱させることが目的で偽情報を撒いている勢力もいる。貝腰氏の忍びである。

 老臣は肩を震わせ息を呑み込んだ。

「恐れながら、御屋形様は落城時に腹を召されました……それを見た近習から直接聞いたことでござります」

 娘はゆっくりと瞑目した。

「左様か……」


 家臣たちは悲嘆の声をあげる。先々代に内乱を経験している川梅家は一門衆の層が薄く、数少ない生き残りの親族も日和見に走っていた。彼らに出した手紙に色よい返事がなかったときは、さしもの釉姫も「紙を無駄にした」と悔しがった。

 どうしても川梅氏の復興は釉姫の細い双肩に掛かってしまう。


「生前の父上から言われていたことがある」

 釉姫の言葉に騒いでいた者共は一瞬で静まった。紅一点の彼女の声はよく通った。

『荒野は婿を入れて我が家を乗っ取るつもりじゃが、わらわが逆に荒野家を乗っ取りかえすつもりで当たれと』

(それを伝え聞いて荒野雨熾は強硬策に出たのかもしれんがの……)

「荒野の謀略で縁組はなくなったが、遺言になった父上の言葉は別の形で叶えるぞよ!我が領土から荒野勢を追い出し、荒野雨熾とは共に天を戴かず、どれだけ時を掛けても攻め滅ぼすことをここに宣言するっ!」

 釉姫は立ち上がり右手を前に突き出して言い放った。

『ウオオオオオッ!!』

 戦が当主の敵討ちであることが確定し、川梅勢の士気は危険なほど高まった。家臣たちは床を叩き、雄叫びで新当主(代理)の言葉に呼応する。

 ゆいいつの部外者である鬼岩番はその興奮ぶりに乗り切れず、どこか覚めた目で現場を見ていた。

 そもそも河福を迎えるのにわざわざ家臣を集めたのは、このアジテーションをぶちあげるためではなかったか?姫は事前に父親の安否だけは聞き出していて、士気を上げるために一芝居したように思われた。

 勝つためなら実父の死すら利用する。利用せざるをえない。


(ああ……この姫は戦国時代にたまに現れた「留守部隊を率いる物凄く強い老婆」の若い版なんだな)と失礼なことを考えてしまうのだった。

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