下層:<其の三>
「――よっしっ、ざまぁ!作戦通りだぜっ!あははははははははははっ!!!」
恋は何かの螺子が外れたように、引き攣った笑い声をあげる。
「あはははははははははははははっ、はははははははははははははっ!!!」
透もつられて笑いだした。
「あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」
……そして、止まらなくなった。
息継ぎも忘れ、合成音のように抑揚もなく、ただただ、笑う。
「…………おい、透、どうした?」
さすがに怪訝に思った恋が尋ね、西洋館の壁面に降り立つ。
「「『おい透!どうした!?俺は獅子尾恋様だぞ……!』『ああ、夢食いの獅子尾蓮様!イヒヒッ!』『殺してやるっ』、あはははははははは…………!」
透は焦点の合わない目で、まるで次々と別人に入れ替わるように、ぺらぺらとしゃべり続ける――それは、恋と最初に会った時と同じ、変貌。
「おい、透!戻って来いっ、透…………!」
揺さぶっても何の反応もない。
「クソッ!なんなんだよっ!!!」
恋は息を荒げ、髪の毛をかき回す。
今回の任務は予想外のアクシデントばかりで、何もかもうまく行っていない。しかも、単に元々の任務がうまく行っていないと言うだけではなく―― 一度も、勝てていない。
人形遣いにも、辻斬りにも、あの芋虫にも――今の恋では太刀打ちできない。
ただただ叩きのめされ、侮辱され、追い回されて逃げるしかなかった。
だが、傷ついたプライドなど顧みている場合ではない。せめて最後まで、もう一つの任務を果たさなくてはならない――透を守り抜くことだ。
なのに――せっかくここまで、2人で生き残ったというのに。
「あはははははははははははははっ!クヤシイ?ミジメ?ヒトリデサビシイ……!?」
「うるせぇっ!黙ってろ!」
恋は泣きながら怒鳴りつける。
「アハハハ、『アイ』ガナイネェ。『アイ』ガワカンナクナッチャッタンダネェ。ニンゲンハ、アナノソコデヒトリボッチダヨ。セカイヲワスレテセカイニワスレラレテ、ミンナカラッポニナルンダヨ!」
透の目の焦点が、再び合っていた――恋にはそれが、自分に向かって話しかけている、ように見えた。
「お前、何言って――」
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁ!!!
渓谷中に、びりびりと轟音が響き渡る。
恋が耳を塞ぎながら振り返ると、あの芋虫の頭部が、ぱっくりと縦に裂けているのが見えた。
「…………は?」
怪物の傷口に沿って紫色の閃光、そして黄色い体液がほとばしっている。
その中から、体液塗れの小さな影が飛び出す――
「。」
恋にはもはや、考えている余裕はなかった。手の震えを抑え込みながらなんとかナビを開き、すぐそばに出口があることを確認した。
死に物狂いで、建造物の群れの間に目を走らせる。
――そして見つけた。渓谷の壁面に空いた、祠を。穴の周囲に、樹木の根が無数に這い出している。
包帯男の絶叫が聞こえてきた……視認される前にさっさと逃げるしかない。
「アハハハハハハッ!オイデオイデ!ミンナマッテルヨ!クライソコデマッテルヨ!」
恋は透のたわごとを無視し、朱獅子と共に飛び移っていく。
「ヤミニトケチャエバイッショダネェ、ミンナサビシクナイネェ…………。」
祠に入る直前、恋はもう一度だけ振り返った……そして目にする。
コンテナの上に降り立つ包帯男を…………そしてその背後の、縦に裂けた芋虫の中から、再び新たな人面が這い上がってくるのを。
そして、さながら外側の残骸を脱皮するかのようにあっさりと蘇生したそれが、包帯男に食らいつくのを――
「アハハハハハハハハッ…………!」
――付き合ってられるか!
透は歯をむき出して哄笑し、恋は歯をかみしめる。2人を乗せた獅子は、暗闇の中に駆け出して行った。
とおるくんのゆめにっき 現観虚(うつしみうつろ) @ututuro
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