ブロック・アンド・ミュート

神崎閼果利

ブロック・アンド・ミュート

──私はあなたに傷つけられました! 凄く怖いです。

──被害者ビジネス止めたら?

──ねぇ、ちょっと、止めてよ、私の何が悪いって言うの?

──脅迫しないでください。

──私は悪くない!

──ちょっと待って、何してるの、お前、やめ、


 ぶちっ。


 スマートフォンに表示された「ブロック」の文字を押すと、そんな音がした。

「うーん、縁を切るって悲しいなァ」

 私はめそめそ泣きながら次の投稿を考えた。「悲しいことがあったので慰めてください><」にでもしておこうか。



 私が初めてこの力を使ったのは、私が躁鬱病になってすぐだった。

 ラムネみたいなたくさんの薬を貰って、これを飲めば楽になるよと言われたのに楽にならなくて。

 だって友達は減っていくし、皆からは暴言を吐かれるし。私は悪くないのになァ。カウンセラーさんは私が自分を大切にしないから付け込まれてるんだって言ってた。縁を切れ、って言ってきた。

 縁を切るなんて、可哀想! 私は最初のうち、そう思って甘んじて悲しい言葉の全てを受け止め続けていた。

 けれどある日限界が来て、朝の四時まで罵られて。私はそのとき、もう無理だな、と思った。

「……ブロック、しちゃおう」

 そしてぽちっとそこをタップしたとき。


 ぶちっ。


 嫌な音がしたのだ。虫を潰すよりもっと大きなものを潰すような音が……

 振り返っても誰もいない。けれど、その正体はすぐに分かった。

 翌日のニュース。まるで何かに叩き潰されたような死体があったと言うのだ。そこで死んでいたのは、私を散々虐めた不細工な女だ。オフ会で会ったことがあるから分かる。

 私はそのとき、確かに恐怖していた──と同時に、歓喜していた。

……もしかして、嫌な奴皆消えてくれるの!?

 試しに粘着されていたフォロワーをブロックしてみた。すると翌日また奇怪な死体として出てきたのだった。

 それを知ってからは、私に怖いものは無くなった。

 だって私、悪くないもん。悪くないから、そっちが死ぬんだよ。私の目に見えない人間は存在しないと同じなんだから。



 周りの人も私を怖がり始めたのか、悪口を叩くようになっていた。だから片っ端からブロックしてやった。

 もう連日のことで、ワイドショーはそのことで夢中。皆々私に夢中! それって最高じゃない?

 でも犯人は見つからない。見つかるわけは無い。だって私は悪くないもん。私の悪口を言ったのが悪いんだもん。ごめんなさいが言えないあなたが悪いんだもん。

 私を悪いなんて言ったら、どうなるか分かってるよね? こうやって一生晒し上げてあげる。

「悲しいなァ、どうして皆私のことを嫌うんだろう」

 涙は止まんない。ラムネをいくら飲んだって止まらない。だって悲しいのは本当だよ?


──私はあなたに傷つけられました! 凄く怖いです。


 嗚呼、要らないメッセージだ。周りの友達まで使って最低な女!

 私がブロックのボタンを押そうとした、そのときだった。


 ぶちっ。


 嫌な音がした。

 それが自分からしたのだと気がつくには、かなりの時間が要った。

 何か大きなものが、私の体を潰したのだった。



「最近、若者が友人と縁を切ることに抵抗が無くなってきていることについて、専門家としてはどう思いますか?」

「そうですね、私が思うに──」


 点きっぱなしのワイドショーがそんなことを言っている。

 画面には「@XXXはあなたをブロックしました」の文字が書かれていた。

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ブロック・アンド・ミュート 神崎閼果利 @as-conductor

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