症例3-ピニャータ
下記の文章は数年間、複数人の女性を鈍器で殺害し続け、ある女性を殺害した後自殺した男、
私は幼少の時から歪んだ支配欲を持っていました。他者の意志を妨げ、思考を覗き見て、
命を弄ぶことに愉悦を覚えていたのです。
きっとあの日から全てが狂ってしまったのでしょう。
あれは私が6歳の頃の事です。家族は買い物に出かけていて昼は家に私一人でした。
暇を持て余していた私は家の中を歩き回っていました。すると、姉の部屋のドアが半開きになっているじゃありませんか。
中学生になった姉は、隠し事が増え、私含め家族とあまり話さなくなりました。
まあ、思春期とはそういうものだと言ったらそうなのですが、幼い私はそれを理解していなかったのです。
だから姉の事をもっとよく知って、また以前のように仲良くしてほしくて、部屋に足を踏み入れたのです。
そこには当時の私より大きな熊のぬいぐるみがありました。
それは何度も抱きしめられたのか、綿が偏って歪な形をしていたのが印象に残っています。
これはわざとじゃないんです、決して、わざとではなかったのですが、
それをよく見ようと持ち上げたら、
ぬいぐるみの耳が裂け、綿が溢れ出てしまったのです。
耳を引っ張りあげるように持ち上げたのが悪かったんでしょう。
私は心臓の鼓動が早まっていくのを感じました。
こんなに大切にしている物が、自分の与り知らぬ所で壊されたら、姉はどんな思いをするのだろう。
どんな顔をして、どんな事を叫ぶのだろう。
私はそれが罪悪感から湧き上がった考えでない事を、ゆっくりと理解し始めました。
それからしばらく経ってもその興奮は収まりませんでした。後でトイレに行くと、下着が白っぽい液体で汚れているのに気が付きました。
私はその日、生まれて初めて射精したのです。姉のぬいぐるみを壊した事で。
その後帰ってきた姉に泣きながら罵倒されました。しかし、親にこっぴどく叱られてからも私はあの興奮が忘れられませんでした。
そしてあれを追い求め、たくさんの人の物を壊し始めました。親に怒られたくは無いので、こっそりと、誰にも見られないよう。普段はとてもいい子に振舞って、絶対に疑われないよう。
私の性質は社会人になってからも変わることはありませんでした。むしろそれはどんどん悪い方へ向かっていったのです。
ものを壊すだけじゃ飽き足らず、動物を殺め、ペットを殺め、やがて人を……。
彼女は私が殺した四人目の女性です。同じ会社に勤めていたので、顔は知っていましたがほとんど話したことはありません。
だからこそ標的にしたのです。身近な人を選ぶと、疑われるのは分かりきっていることなので。
私はその辺で拾った大きな石を彼女の頭にぶつけ、撲殺しようとしました。
一撃で彼女は前へと倒れ、同時に何か小さな物が彼女の頭から地面に落ちました。
拾い上げてみると、それは小さなキャンディでした。
数秒考えて、彼女は甘味病にかかっているのだと、私は気づきました。
そして浅ましく薄汚い考えが頭をよぎったのです。
命を奪うだけでなく、その人が隠していた思考を無理やり覗き見て、その身を食らったなら…………私は、私の強すぎる欲望が満たされるかもしれないと思ってしまったのです。
それを抑えるだけの理性は働かなくなっており、私は彼女の割れた頭の中を覗きこみました。
彼女の中身はキャンディがぎっしりと詰まっていました。異国の文字が書かれたものもありましたが、多くは日本で見たことのあるものでした。
あれは彼女が好きなキャンディだったのかもしれません。頭を割ってみなければ知り得ることの無かったものでしょう。
私は一つ一つ包み紙を丁寧にあけてはキャンディを口に放り込み、噛み砕き、頭の中が空っぽになるまで食べ尽くしました。
その日の夜は希望に満ち溢れていました。今だったら何でもできそうと思い、叫び出したい気持ちを押さえ込んで、早足で帰りました。
しかし、翌朝から何だか、私は何か、大切なものを失ったような、喪失感を抱え出したのです。
職場でも普段はしないようなミスがして、お客様の前で恥をかき、何をしても空回って、なのに焦る気持ちも湧いてこないで、ただひたすら放心して、結局その日は、ほとんど仕事が出来ませんでした。
病気を疑われましたが、検査を受けても体は至って健康と分かっただけでした。
同僚には働きすぎで心が疲れたんだろう少し休めと言われ、慰められたのがその日の夜の悪夢に見るほどショックでした。私はそんな事ないのに、とても元気なのに、あの素晴らしい事を成し遂げたのに……!
何をしてもされても言っても言われても私はおかしくなるばかりです。
物忘れが激しくなり、何事にも感情が動かなくなり、縋るように昔壊した女性の写真を眺めてみましたが、私は、一切の興奮を覚えませんでした。
この時、私は今まで積み上げてきた自尊心が音を立てて壊れていくのを感じました。
私は本当に取り返しのつかない事をしたと今更ながら自覚しました。あの日以来、私は何をやっても上手くいかないのです。
きっと私はもう駄目なのでしょう、人間としてとっくに腐ってしまったのでしょう。もう私には生きている意味が無い。無くなってしまったのです。
目岸トオルは警察に自殺する旨を伝えてから自身が毎日使っていたネクタイで首を吊りました。遺書は綺麗に折りたたまれて机の上に置かれていたそうです。
遺書の内容は被害者への贖罪など一切なく、自身の行いの反省も見られず、とことん身勝手で自分本位な性格が読み取れます。しかし、これも資料としては興味深い点がいくつかあったので今回取り上げました。
被害者女性について補足しておくと、彼女はピニャータというメキシコのくす玉の人形になったと思われます。これはキャンディなどの菓子を詰めた後、上から吊るして棒で叩き割るイベントで使われます。それと似たような方法で殺されてしまったのは何となく嫌な感じがしますが、それ以上に驚いたことがあります。
それは彼女が初めてそれ自身ではなく中身が甘味の物に変化した症例である事です。
甘味病は私が思っていたより症状として現れる甘味の範囲が広いのかもしれません。
何故こんな最低な殺人鬼でも突然死の衝動に駆られたのか……。
甘味病にはまだ明らかになっていない症状がある……?前の二人は食べてすぐに自殺したけど、目岸は数日生きていた事が関係している……?
すぐに自殺しない限り何かが失われる……
人間性?
人間性の、喪失…………。
今までの患者もほとんどの感情が抜け落ちたみたいに、何があっても常に穏やかだった……。
感染……?
でも、そう言い表すには共通点があまりにも少ない。症状が違いすぎる。
早く、解明しないと……。
甘味病 埋梅 @uzume1027
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。甘味病の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます