計算ミス

水乃流

第1話

 助手Nがいつものように実験室に行くと、部屋ががらんとしていた。いつも雑然としていたテーブルの上には、白い箱があるだけだった。実験器具や計測器はどこへ行った? 泥棒? いや、計測器なんて簡単に売買できるものじゃない。助手Nが混乱していると、この部屋の主がドアを開けて入ってきた。


「おはようございます、先生。これは何ごとですか?」


 箱だけしかないテーブルの上を指しながら、助手Nは上司に説明を求めた。


「ん? あぁ、これか。ふふ、見たまえ。これが我が研究の成果だよ」

「この……箱が、ですか? でも、研究は時空間に関するもので――」

「そうだよ、これが私の時空研究の成果なんだよ」

「えーっと、触っても?」

「もちろんだとも。じっくり観察して、感想を聞かせてほしい」


 助手Nは持ち上げた箱をじっくりと観察した。大きさは一辺が20センチほどの正立方体、材質はありふれた樹脂製か。重さは……中に何も入っていないくらいの重さしかない。

「すいません、先生。ただのプラスチックの箱にしか見えません」

「ふむ、では実際に見せてあげよう」


 博士が箱をいじると、小さな音を立てて蓋が開いた。助手Nが中をのぞき込むと、真っ黒な物質が渦巻いていた。これは何かと訪ねる前に、博士が持っていたペンを箱の中へと突っ込んだ。ペンは音もなく箱の中へと沈んでいった。


「先生、これはまさか」

「ふふふ、気が付いたかい? この箱の内部は次元が折りたたまれた状態にあるのだよ。計算が正しければ、内部は元の容量の255倍になっているはずだ」

「す、すごいじゃないですか! 容量が255倍で、重さもなくなるなんて、物流に大改革が起きますよ!」


 助手Nの言葉に、博士はご満悦の様子。確かに、これはすごい成果だ。が、ちょっと待て。助手Nはふと浮かんだ疑問を口にした。


「先生、ちょっとした疑問なんですが……入れた物は、どうやって取り出すんですか?」

「それは、君――これからの研究課題だよ」

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計算ミス 水乃流 @song_of_earth

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