#2 朝凪
己惚れていた。告白とかそれに近しい何かを言い渡されるのだと思っていた。居なくなる?探さないで?楓の言葉によって僕の頭には一瞬のうちに様々な考えがよぎる。
「なんてね。冗談!昨日見た映画の真似だよ?驚いた??」
「そう…か。」
釈然としない彼女のその答えに僕は返事をすることで精いっぱいだった。確かに楓だったらそんなこと言いそうだと自分を納得させる。
「結構真面目な雰囲気で言ってくるから流石にびびった。」
「もしかして居なくなったらどうしようとか思っちゃった?」
図星だ。おそらく楓は気が付いていないだろうが僕は彼女に好意を寄せている。でなければこんな朝早くからたとえ幼馴染だったとしても海に連れて行くようなことはしない。
「さあな。仮に居なくなっても少し寂しくなる程度の話だろ。」
「寂しさは感じてくれるんだ。」
「そりゃ仲良くしてる奴が急にいなくなったら嫌だろ。」
「確かに。」
6年間も片思いしてる相手に居なくなられたら1か月は立ち直れないだろ。心の中で突っ込みを入れながらも、少しずつ平静を取り戻す。耳に入る穏やかな波の音を聞きながら僕は深呼吸をする。
「まぁ、なんか困ったことあったらいつでも言ってくれよ。愚痴でもなんでも聞くからさ。」
「うん。ありがとう。」
だめだ。いつもに比べて会話が進まない。明け方の乱反射する群青の輝きを眺めながら少しの沈黙をやり過ごす。
「あー、こんな綺麗ならカメラ持ってくればよかった。」
「もう海は撮らないとか言ってなかったっけ?」
「自分用な。絶対大人には見せない。」
「もっと自信持っていいと思うよ?先生も蓮は上手だって言ってたじゃん。」
「そう簡単にふっきれられられないもんなんだよ。」
去年の夏、写真部の僕はこの海岸で楓を被写体とした写真を撮影して市のコンクールに提出した。巷では優勝候補などともてはやされ、僕自身もかなりの期待をしながら結果を待っていた。しかし優秀賞はおろか、入選すらしなかったのである。後から聞いた噂によると、もともと優勝争いに食い込んでいたにも関わらず、運営のうちの一人が作為的に落選させたらしい。それから1年、僕はいまだに大人を信用できず、応募した写真すら戻ってこないことを抗議する気力もなくなってしまった。
「えぇと…、」
楓が僕を励まそうと何かを口に出そうとする様子が見て取れる。その時だった。
「お!先輩じゃないですか!おはようっす!もしかして邪魔しちゃいました?」
聞きなじみのあるその声に二人同時に振り返ると、夏休みをいいことに髪を金に染め耳飾りを付けた背の高い後輩である水無月 晴が小走りで手を振りながら近寄ってくる。自身のスマホで時間を見れば、5:26と表示されておりかなりの間海を眺めていたことに驚く。
「水無月くん朝早いねぇ、何してたの?」
「あぁ、俺毎朝ジョギングしてるんすよ!家から海岸通って、最後に学校寄って帰るって感じで。」
「だからいっつも一番乗りしてるってわけか。」
夏休み中、水無月を含む写真部は週に2,3回高校の3階端にある部室に集まり撮った写真を見せ合ったり、撮り方について議論したりしている。ちなみに楓も毎回出席しているのだが彼女は写真部ではなく居候だ。
「ジョギングあとなのに汗かいてないよね?もしかして、プールとかそこら辺のシャワーを勝手に使ってたりして~。」
しれっと楓の隣に座った水無月を茶化すように冗談めかして頬をつつく。
「そっすよ?」
真顔だ。濁りのない瞳で堂々と校則違反を暴露してきた。
「えっと、ほどほどにな…。」
苦笑いで微妙な空気をやり過ごす。
「俺このまま学校いくつもりっすけど先輩方はどうします?」
「んー、じゃあ僕もいこうかな。」
ちらっと楓のほうを見てみる。楓は僕が行くならと僕が行くならといわんばかりに首をたてにふると、両手を二人に差しのべてくる。
「善は急げでしょ!」
彼女が何を以て善としているのかは分からなかったが差し出された右手をとり立ち上がると三人でバイクを止めた場所まで海岸を歩く。
「そんじゃ俺はダッシュなんで先にいってますね!」
駐車地点まで着くや否や物凄いスピードで高校へ走り出す。確かここから5キロはあったはずなどと思いながら、サドルに収納していたヘルメットを2つ取り出すと楓に一つ手渡す。
「車も増えてくるだろうから被っといたほうが無難だと思う。」
「運転手さんが言うなら仕方ないか…。風感じるの好きなんだけどなぁ。」
少し口を尖らせながらも、しっかりと黒の装甲が彼女の小さな頭を覆った。
「んじゃ、しっかりつかまってろよ。」
聞こえているか分からないが、忠告だけはしておく。巷で流行っているシマエナガのマスコットがついた鍵を差し込みひねれば、朝の海岸線に少し思いエンジン音が響いた。
Lost‐『s』 REiN @Rei_mystic_sp
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