Lost‐『s』
REiN
#1 夏暁
君の声が聞こえた。振り向いても君はいなかった。
君の手が僕の頬に触れた。隣に君はいないのに。
君の夢を見た。もう二度と会えないかもと怖くなった。
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2022 8/3 午前4時30分、まだ夜明けにも満たない暁の薄明りの中、君の声で目を覚ます。
「ねぇ!
木造建築の二階にある僕の部屋へと叫ぶ幼馴染の少女を窓越しに捉える。窓枠に置かれているカレンダーには今日の日付に赤ペンで印がつけられており約束の日に寝坊したのだと悟り、慌てて窓を開く。
「三分…五分待ってくれ。」
普段よりもてきぱきとクローゼットからいつも着ている黒色の薄いシャツを部屋着の白いTシャツに重ねるように羽織る。イスに掛けられた黒のカーゴパンツを履くと、1分もかからずに18の男の正装が完成する。出張で8月いっぱい帰ってこない両親の部屋の左手にある階段を下ると、洗面台で顔を洗いマウスウォッシュを一口含み、すぐに吐き出す。幸いにも寝癖のつかなかった黒髪に一通り櫛を通し、玄関へと向かう。昨日準備しておいた黒いショルダーバッグを肩にかけるとスライド式の玄関を開き外に出た。
「お待たせ。」
僕より10数センチ背の低い黒髪ストレートの幼馴染に一言謝罪の言葉をかける。
「ちゃんと起きててくれてよかった~!私ひとりじゃ絶対間に合わなかったからさ、助かるよ!」
朝イチとは思えないほどに元気のいい少女は僕のことを移動手段か何かだと思っているのだろう。
「それにしてもよく起きれたな。
自転車にすら乗れない少女の移動手段は徒歩以外になく、少なくとも4時以前には起きていたということが推測できる。少女は得意そうに口角を上げると、傍らに置かれた中古のスクーターに視線を向けて口を開いた。
「それじゃあ約束通り連れてってよ!海。」
「はいはい。そんじゃ乗ってくれよ。お客さん。」
スクーターの二人乗りは本来ご法度だが、こんな田舎の朝っぱらから僕らを咎める人はいないだろう。手入れの済んだシルバーの二輪に跨ると、楓は何の躊躇いもなく後ろに乗っかってきた。
「昨日の今日で無茶なお願い聞いてくれてありがとね。」
「今に始まったことじゃないだろ。どうせ受験もしないし暇だから別にいいよ。」
エンジンをかけ、ブロック塀の脇を走りだす。ここから海までは約15分。夜明け前からスクーターを走らせるのは初めてだったので僕は少し胸が高鳴っていた。程なくして『
「そういやなんでいきなり海なんて見ようと思ったんだ?」
楓は何かを答えていたようだが風の音でその答えはかき消される。あとでもう一度聞いてみるか。海岸へ向かう最後のカーブをまがり、海岸と道路を分ける防風林の手前にスクーターを横付けした。
「悪い。さっきなんて言ってたんだ?聞こえなかった。」
「折角だし最後だから高校生らしいことしておきたいなって思ったんだよね~」
楓はパーカーのフードの位置を調整しながらやや不貞腐れ気味に答えた。
「なんだそれ、昨日いきなり海辺で朝日が見たいなんて言うから驚いたよ。」
少し苦笑いしながら、海岸へと足を進める。海辺にしてはまだ落ち着いた風を浴び防風林を抜ければ、足跡一つない砂色とまだ太陽に照らされていない藍色が、僕らの視界を染め上げた。ざざーっと静かな波の音が耳に残る。
「お腹すいてるでしょ。ほいっ、これ」
楓は銀色の包装に包まれた塊を投げてくる。落とさないようにキャッチし、それを見ればキャロリメイトメープル味と印字されていた。確かに思い返してみると朝から何も口に運んでいないことに気が付く。
「ありがとう。ところで、これだけじゃパサパサして食べにくいと思うんだけど飲み物は持ってきた?」
「あー…。」
もぐもぐと口を動かしながら楓は少し困った顔をした。
「わかった。待ってろ。」
ショルダーバッグから灰色の小銭入れを取り出すと、100円を握りしめ、小走りで少し先の公衆トイレに併設されている自動販売機から天然水を購入する。7776でハズれる抽選を見ないまま振り返ると、顔を青くした楓が猛ダッシュしてくる。
「喉詰まった!!!水水水!!!!」
僕の手の内にあったペットボトルを強引に奪うと勢いよくキャップを開き三分の一ほどを一気に飲み干した。
「ありがとう。死ぬかと思った。」
落ち着いた幼馴染は何とも言えない顔をしながらボトルを返してくる。
「自販機あってよかったな。下手したら救急車だったんじゃない?」
「結果的に大丈夫だったんだからいいでしょ!」
少しからかってみる。すると楓は口をとがらせながら笑って見せた。空がだんだん明るくなっていく。まだ太陽は顔を出していないが夜明けが迫っているのがわかる。
「あっちの防波堤で座って見ようよ!」
楓が指をさす先には、海へと突出したコンクリートの一本道と無数のテトラポッドが存在していた。確かにあそこに座れば服も汚れない上、一番近くで海を眺められるだろうと感じた。上機嫌な楓の後ろをついて行き無機質な灰色に腰掛ける。
「そろそろだな。」
「わくわくするね。」
しばらく続いた沈黙に耐えられず口を開くと、喋らなかったのが嘘かのように楽しんでいる様子が伺える。僕はふと感じた違和感について聞いてみた。
「そういえば、海に来たい理由について聞いたき最後だからって言ってたよな。どういう意味なんだ?別に夏休みなんだしいくらでも時間あるだろ。どうせ俺は暇だし足が必要ならいつでも呼んでくれればいいけどな。」
「蓮はやさしいんだね。昔からかわらないなぁ。」
その問いの答えは返ってこなかった。その時、朝一番の日差しが僕らを照らした。思っていた以上に眩しく、顔を反らすと不意に楓と目が合った。青白い夜明けの光が少女の瞳に反射して、まるで宝石を眺めているかのような感覚に陥る。風に揺れる黒髪をたなびかせながら僕のことをじっと見つめてくる。一瞬が永遠のように感じる時を切り裂くように君は口を開く。
「最後に一つだけおねがいしてもいい?」
「最後?構わないけど?」
どこか胸騒ぎがする。次の言葉を聞き逃さないようにと全神経を集中する。
「もし私が居なくなっても絶対に探さないでね?」
どこか寂しげな君の笑顔に僕は昨日見た夢を思い出した。
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