武士道
結果から言うと、オレは負けた。
「外国人様になぁ、手出してんじゃねえ!」
そう言ってオレを叱るのは、警察の人間。
留置所にぶち込まれたオレとタマオは、壁にもたれ掛かり、重いため息を吐いた。
オレは腹に膝蹴りを貰った。
タマオは尻を蹴られ、花瓶を入れられた。
おかげで、今も座れず、ずっと立ったままである。
「くそ……。ちくしょう……」
日本は、もう気づかない内に外国となっている。
その最たる証拠は、全国の各地に点在している。
オレ達が気づかなかっただけだ。
あえて言うなら、証拠が出たら終わり。
表に出すって事は、裏を返せば出してもいいと、相手が判断したという事。全てが終われば、騒いだところで無駄である。
どうしても出したくないなら、そもそも組織的に動いている人間達が証拠なんて出すわけがない。
「オレ達。性犯罪者のレッテル貼られたなぁ」
「同じ日本人からも、白い目で見られるぜ」
さっきの警官も、日本人だったな。
「タマオ……」
「あん?」
「日本って、いつから変わったんだろうな」
湿ったコンクリートの天井を見つめ、渋い顔をした。
タマオは顎をしゃくり、答えるのだ。
「変えられたのは、戦後からだろうけどさ」
「……ああ」
「日本を殺したのは、……俺ら日本人かもな。同じ国の人間で集まるって、おかしいことじゃねえだろ。集まりっていうなら、町内会だの、友達同士だの、これらだっておかしいって事になるじゃねえか。じゃあ、外人の方を見てみればいい。あいつら、同じ外人同士で集まってるじゃねえか」
後の祭り、……か。
「同じ日本の奴らで、まず集まってさ。ちゃんとベースを築いて、外人にアプローチすりゃよかったのさ。やっぱさ、どんな集まりでも、仲間はこの時代作っておくべきだなぁ」
仲間、と聞いて、オレの頭には所長やジョンくん達が浮かぶ。
オレは仲間を裏切ってしまったのか。
結果的にそうなったとはいえ、オレはもう誰からも信用は得られないだろう。
ショックを受けると、人間てのは心臓が痺れるものだ。
心臓から手足まで痺れて、冷たくなって、頭が真っ白になる。
「――でも、オレは諦めてないぜ」
「は?」
こんだけ絶望的で、誰が見たって詰みの状況。
大手を打たれたっていうのに、タマオはメタボの腹を突きだし、堂々とした。
「俺はさ。やれ右だの、保守だのってバカにされたけど。んなわけねえんだよ。普通だよ、普通。生活放棄してねえからさ。生きるために必要な事をやってるだけだ。今までも。これからも」
片膝を突き、オレを覗き込んでくる。
気持ち悪いオッサンの顔が、なぜか神々しく見えてしまった。
「都会じゃ、子供は機械ばかりと話してる。でも、俺たちは違う」
「……タマオ」
「人間同士で、ちゃんと向き合って話してる。世間じゃうるせえのが多いけど。これは、メチャクチャ大事なことだろ」
少し前から、親は子供にタブレットを与えた。
あるいは、スマホ。
泣き止ますために、自分で子供をあやしたわけではなく、スマホを見させて黙らせたのだ。
だから、物心ついた時からスマホを手にしているわけで、産みの親はいつしか親ではなくなった。スマホが育ての親だ。
なぜ、そう言い切れるか。
コミュニケーションを取っていないからだ。
悪い事を悪い、と教育されていない。
そのため、大人から見て変な事件が多発しているのが、未だに続いている。
売春だってそうだ。
自分を大切にしろ、と言ってくれる人がいなければ、頭だけで考えて、やれ効率だの何だのと、道徳を捨てて金を稼ぐ方法に向かっていく。
「もっと。勇気を出して、……子供とか、他の人にも、コミュニケーション取ればよかったな」
「取っていなかったのか?」
「……あぁ。昔から、引っ込み思案で、得意じゃなくてさ」
今となっては、もう遅い。
「お前な。希望を捨てんなよ」
「どうしろってんだよ。現行犯逮捕されて、外国人保護法も適用される。これからは、刑務所が我が家だぞ」
「馬鹿野郎」
肩を殴られた。
脂ぎった手がオレの肩を掴む。
「お前が必死に動き回っていのは、俺が知ってる。ビラだって配ってたろ。隣にいた外人は、お前が頼んで手伝ってもらってんだろ。コミュニケーションなんて、いちいち意識してやるもんじゃねえよ。仲良くしようと思ってやってんだから、気づかない内に、そうなってんだよ」
にっ、と笑い、タマオは続ける。
「気持ちだけは薩摩になるって言ったろ」
「……汚い薩摩にはなったけどな」
「バーカ。日本には、元々武士道があるだろ。ほら。武士道とは。死ぬ事と見つけたり、だっけ。外人に生に執着してんなら、俺たちは初めから死を受け入れてんだ。どうせ死ぬなら、死に場所は自分で決めるもんだ」
――それが社会的な死でも。
俺たちが話していると、ドアから物音が聞こえた。
ガチャ、と施錠が外されるなり、しかめっ面の警官が扉を開く。
「大塚ゴロウ。出ろ」
タマオに肩を叩かれ、顎で向こうを差された。
何が起きてるのか、分からなかった。
「お、オレですか?」
「早くしろ」
廊下に出ると、警官は扉を閉めて、オレを睨んだ。
「どんな弱みを握ったんだ? ん?」
「何の話ですか?」
「被害届が取り下げられたんだ。よかったな。強姦魔」
「……なんだって?」
扉の向こうで、タマオが鼻で笑った気がした。
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