汚い勝利

 実は、これには続きがある。

 薩英戦争では、見事勝利を収めた薩摩であったが、後に日米不平等条約と呼ばれる『改税約書』に調印することになる。


 いつだって、アメリカが日本に付け込み、裏から糸を引いている。


「ねえ! 開けなさいよ!」


 ぐいっ。ぐいっ。


 ドアが開く度に、オレの背中がグイグイと押される。

 静かなリラックスルームには、水音だけが響いていた。


 イギリスは日本オレの一部を丸呑みし、アメリカが背中を押す事により、無理やりにでも窮地に立たされているのが現状である。


「う、うああああああ!」

「ぷぁぷぁ……ぁ……。気持ち……良い……?」

「うおおおああああああ!」


 オレは頭を抱えて、絶叫した。

 味わった事のない感覚に神経が狂いそうだ。

 戦後、骨抜きにされた日本がまさしくオレならば、間違いなく後に待ち受けるのは死だろう。


「は、離せ!」


 お嬢様の頭を掴み、力任せに押し退ける。


「ん~~~っ、やらぁ……っ」


 駄々っ子と化したお嬢様が、オレの腰に腕を回し、力いっぱい抵抗してくる。


 ドン、ドン。

 さらに、後ろからはライリーさん、およびアメリカが後押しをしてくるのだ。


「待ってくれ! こじ開けようとしないで!」

「アンタねえ! お嬢様に手出したら殺すわよ!」

「いや、ちが、ほんとに……っ! んほおぉ!」


 壺の中には、イソギンチャクがいた。

 イソギンチャクの中には、無数のナメクジ。

 見た目はグロいが、魔の壺がもたらす甘い蜜は、人を堕落させる効果がある。


 悪魔の壺と名付けよう。


「はぁ、はあっ! な、何で、こう、いつも、いつも! イギリスってやつはしつこいんだ! 超離れた位置にあるのにぃ!」


 学生の頃、オレは大して興味がなかったけど、イギリスの歴史をチラっと学んだことがある。ていうか、日本とイギリスの関係だ。


 ある日、イギリスというツンデレに出会った。

 普段は、お高くとまっているのだ。

 ツンツンしており、日陰でボケーっとしている日本くんに絡んでくる。


 一度、強く引き離したら怒って殴りかかってきて、何とか引き離したら、「仲良くしましょう?」と邪悪な笑みを浮かべて、謎のデレをかましてくるのだ。


 その後も、なんやかんや喧嘩をしたり、執拗に絡まれたり、仲良くはしていた。でも、絶対に意地悪をしてくる。


 日本くんはイギリスちゃんのペットである、アメリカにこっぴどく絡まれ、ボコボコにされる。普通なら、ここで全部終わり。


 でも、イギリスちゃんは絶対に離れてくれない。

 最早、病的なレベルだ。

 ポチのアメリカと仲良くしていたら、何かまた絡んできて、何かと意地悪をされまくってきた。


 そして、現在。

 孤立しまくっている日本に対し、なぜかイギリスだけはすッッッごいしつこく絡んでくるのだ。


 その最たる例が、戦闘機の一件。

 日英伊の共同開発だ。

 オレはリアルタイムで見てたから知ってる。

 初めは、日本くんが単独で、こっそり作ろうとしていたんだよ。


 ところが「み~つけた♪」と暗黒微笑のイギリスちゃんが来て、近所のお姉さん(イタリア)を連れて再び絡んできたのだ。


 もう、ツンデレなのか、ヤンデレなのか。

 分からないレベルに達していた。


 学生の頃から今に至るまで、オレの中でイギリスという国は、『ツンデレ+ヤンデレ』の何かにしか見えなかった。


 歴史に詳しい奴に聞けば聞くほど、「いや、何で絡んでくるの?」と疑問が湧く。さらに、「他は殺してんじゃん!」とも思った。


 自分の中のイメージと、下腹部に顔を埋めるお嬢様が重なり、オレには日本がどんどん食われている風に見えてしまうのだった。


「や、やめてくれ! 食わないでくれ!」

「んみゅ? んふ♪」


 一度、上目遣いでオレの反応を窺うと、さらに奴はオレの一部を食っていく。


「お嬢様! 絞めてるんですね!? そのまま、やっちゃってください!」

「頑張れええええええ! ゴロウおおおおお!」


 ちなみに、オレは無抵抗じゃない。

 頭を掴んで、奥へ奥へと突き放しているのだが、絶対に離れてくれないのだ。


「お、ら! 開けろ!」


 ドンッ。――ぐいぃぃっ。

 ドン、ドン。――ぐにいいいいっ。


「なああああ!? 押すなって! オレ、抵抗してるんだよ!」

「抵抗するな! そのままヤラれろ!」

「こっちの状況知らないから、それ言えるんだよ!」


 お嬢様は順調にオレを食いながら、嬉しそうに微笑むのだ。


「ぷぁぷぁ……っ。……あい……しちる……」

「うあああああああああ!」


 ツン病は、見た目だけでは判断しきれない。

 奥に魔物が潜んでおり、正体に気づくと、全てを丸呑みにされてしまうのだ。


「――ああああ―――あッ!」


 頭から手を離し、オレは天を仰いだ。

 部屋の天井に広がる無数の星。


「……負け……たのか……?」


 傷だらけでヒリヒリする尻を撫でられ、オレは呆然自失した。

 チリチリとした痛みが現実に引き戻していくが、オレは敗戦を信じたくない。


 何か、できる事があるはずだ。

 どうせ、死ぬなら後世に残せる何かが、あるはずなんだ。

 今、中年のオレが頑張らないと、子供が生きていけない。

 オレだけじゃない。

 みんな、生きるために、日本じぶんと向き合わなければいけないのだ。


「こん、のおおお!」


 ドン。

 勢いよく放たれたドアに押され、オレは前に倒れた。


「お嬢――うげっ!」

「おーい、ゴロ……」


 お嬢様の顔を下腹部でプレスする格好で、オレは床に伏してしまった。

 大人しく罪を認めよう。

 オレは逃げない。


「う、ぐ、ぐぐ……」


 立ち上がるのだ。


「ちょおおおお! てんめええええ!」


 振り向き際に、顔を思いっきり殴られた。

 勢いに負けて、テーブルに仰向けとなったオレは、口元を拭う。


「正気の沙汰じゃないわよ! アンタ、自分が何をしたか分かってるの!?」

「分からねえよ……」

「なんですって!?」

「分からねえって言ってるんだ! こっちはな、ただ普通に生きたくて、毎日頑張ってたんだ! なのに、ある日ヨルムンガンドが目の前に現れて、体の一部が食われた!」


 ライリーさんがたじろぎ、顔の筋肉を痙攣させる。


「タマオ。押さえろ」

「え、ど、どっち?」

「次は……――アメリカだッッ!」


 オレはライリーさんの下半身にタックルをかました。

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