汚い薩英戦争

 その昔、鹿児島には金を取りに来たイギリスの艦隊が押し寄せてきた。

 旗艦はたぶねのユーライアラスを始めとした近代的戦艦。

 薩摩武士は驚いたはずだ。


 未知の物体がそこにあったのだから。

 しかし、恐れはしていない。


 オレは今この瞬間、気持ちだけは薩摩のようにあろうと決心した。


「首だあああああ!」

「ダメだ! 首は――リョナは――NGだ!」


 オレの大砲は、巨大な戦艦二隻に挟まれ、上からは向かい風が吹いてくる。両手を押さえてはいないが、お嬢様は一切抵抗しなかった。

 むしろ、ニヤニヤと笑い、オレの出方を窺っている。


 間違いない。

 これは、――薩英戦争だ。

 舐め腐ったイギリスが過去にやりたい放題やった時と同じ。


「どうすりゃ……」


 オレは挑発的な目を向けるお嬢様と睨み合う。

 現在、巨大戦艦おっぱいを両側から太ももで挟んでいるわけだが、本来はもっと平たくなっている地平線は、ぐいっと盛り上がり、山のようになっていた。


 そのため、オレの大砲はすでに見えない。

 汗ばんだウェアの質感と熱風だけが、谷間に入り込んできている状況。


 ていうか、デブのオッサンが馬乗りになってるのに、お嬢様は苦しむ様子が全くなかった。


「早くしないと、大切な人が殺されちゃうわ。……あ、ッハッハッハッハッ!」


 オレは考えた。

 首を絞める。――プレイではそういうのを見かけるが、オレは好きじゃない。手加減が見えているソフトなものに関しては、まあいいだろう。

 しかし、首を絞めること自体が、何かリョナっぽくて嫌なのだ。


 ましてや、殴る、蹴るを女の子にやろうなんて考えた事もない。

 そいつは人間じゃない。

 戦闘物では見かけるが、あれは飽くまで戦闘中の負傷。

 いちいち性に絡めてまで、そんなもの見たくはない。


「いやいやいや! 性的趣向はともかく!」


 殴るのは嫌だ。

 首を絞めるのも嫌だ。


 だが、この状況下で何ができるというのだ。


 巨大な戦艦二隻を見つめ、オレはある事に気づく。


「これって、……もしかして」


 戦艦の中腹には、ぷっくらと膨らんだ盛り上がりがあった。


「え⁉ あの! ちょ、すいません! え? いや、開かないんですよ!」


 外からはタマオの焦る声が聞こえた。

 大方、ライリーさんが戻ってきたのだろう。

 ここで黒船の襲来がきたら、薩英戦争ではなく、第二次世界大戦に発展する。


 アメリカの参戦だけは免れたかった。


「仕方ねえ」


 オレは勢いよく二つの巨大な山を鷲掴みにした。

 力を込めれば込めるほど、それはオレの指を吸収していく。

 敵の戦艦は、あまりにも柔らかすぎた。


 何より、しっとりと汗ばんでいているのが、手の平に伝わってくる。


「待ってくれ。これ……ブラは……」

「付けるわけないでしょうに。何のためのウェアよ」

「……ノーガード戦法」


 オレは敵の策略に戦慄した。

 こっちではブラを付けたり、パッドを付けたりと聞くが、海外では違うのか。


 どうりで、膨らみがあるわけだ。

 だが、今はちょうどいい。

 オレはぷっくらとした膨らみを指の平で撫で、ある物を探す。


「どこだ。……どこにあるッ!」

「ん、ちょ……っ。う……やめ……っ」


 お嬢様が腰を浮かせ、オレの狙いが大きく逸れる。

 前に投げ飛ばされないよう、必死にしがみつく。


「いた……っ。もっと、……優しくっ」

「いきなり、天候が崩れたぞ。どうなってるんだ」


 さっきから海面が落ち着かない。

 上下に小さく揺れて、時折高波が来るために、オレは投げ出されないように必死だった。


 荒波に抗いつつ、オレは山の中を探し回った。

 目的地は分かっているはずなのに、どうしても見つからない。

 周囲よりも一段と柔らかいポイントを探すが、どこにもなかった。


「おい。ゴロウ! 早くしろって! 何か、怖い姉ちゃん戻って来たぞ!」

「……ないんだ」

「え⁉」

「ないんだよ! お風呂場では見かけた。あの大きなポッチが。どこにも見当たらない!」

「え、胸触ってんの?」

「何してんだ、コラアアアアア!」


 外からはライリーさんの怒鳴り声が聞こえてきた。


「くそ。連合艦隊が集結か? 断るぜ」


 指の平で撫でながら、ずっと闇の中を探し続ける。

 一分くらいが経過した頃か。

 オレはある異変に気付いた。


「……ここ。タケノコみたいに盛り上がって……。――ッ⁉」


 そういうことか。

 見えなかったんじゃない。

 隠れていたんだ。


「タマオ! そいつを押さえろ!」

「無理だって! いででで!」

「お前にしかできないんだよ! 薩摩になるんだろ!? だったら、日本男児らしく最強と渡り合おうぜ!」


 犬が土を掘るみたいに、オレは指の爪でひたすら柔らかい地面を引っ掻いた。


 カリカリ。カリカリ。

 何度も引っ掻き、途中で円を描くようにして、ならしていく。

 すると、指の平には硬い感触が当たった。


「……見つけた」


 首を絞めるのは、ダメだ。

 しかし、首の代わりとなる乳首ならば、相手は多少の痛みで済む。


 硬い感触を頼りに、オレは集中的に同じ個所を掘り続けた。

 すると、薄闇の向こうで、何かが硬く張り詰め、大地から顔を出し始めたのだ。


「ふっ……んくっ……パパぁ……。胸、変……っ。んあっ」

「コラアアアアア!」


 黒い光が、山頂の稜線を照らした瞬間だった。

 陥没していた塔が、オレに目掛けて突出したのだ。


「悪いな。……


 突起した塔を指で摘まみ、一気に捻り上げた。


「はう、んく……んっ――~~~~~~~ッッ!」


 指を噛み、お嬢様の顔が、苦悶に歪んでいく。

 同時に、高波がいくつも襲ってきた。

 オレは塔にしがみつき、右へ旋回、左へ旋回を交互に続ける。


「だ、め……ッ!」

「降伏してくれ! これ以上の争いは無意味だ!」


 許しを請うかのように、お嬢様がオレの手首を掴んでくる。

 だが、オレは止まらない。

 何度も旋回を続けていると、熱い吐息がオレの所にまで届いた。


「それ以上は、胸が、変になって……っ」

「いいか。オレの要望は一つだ。町は渡さない。お前らの好きにはさせない!」

「やらぁ……っ。熱くて、ジンジンして……っ。ふ、ぐっ。もう、やめて。おかしく、なる……っ」

「大変なのは町のみんなだ! お前じゃない!」


 くそ。できれば、これだけはやりたくなかった。

 オレは塔を強く握り、そのまま天を目がけて引っ張っていく。


「きゃ、うっ!?」

「言うんだ! お嬢様。いや、……リヴァ!」

「はぁ、……あ……っ、はぁ……っ」

「言え! 町を買うんじゃない! 人が、いつだって自分だけのために生きていると思ったら大間違いだ! みんな気づかない内に助け合って、お互いを支え合って、そうやって生きてるんだ!」


 ぐいぃぃ……っ。

 塔をさらに引っ張ると、お嬢様の上体が大きく仰け反った。


「ていうか、金持ちは誰に支えられてるか! 今一度、向き合ってみろってんだ! オラあああああああッ!」

「きゃあああああ――あ――ぁぁ……っ――」


 怒りのあまり、オレは柔らかな塔に爪を食い込ませた。

 すると、お嬢様が何度も腰を跳ねて、顎を震わせる。


 ぷっつりと何かが切れたらしい。

 お嬢様は肩で息をして、小刻みに震えた。


 オレは逮捕されるだろう。

 でも、それでいい。

 無敵の人ってわけじゃないけど。

 自分で自分の罪を背負い、生きていくつもりだ。


 覚悟を決めたからこそ、オレは何が何でもやり遂げるのだ。


「な、なあ、早く開けろって! 銃を持ってんだよ」

「分かってる」


 そして、立ち上がったオレは扉に近づく。

 手探りでドアノブを探し、下にある錠を捻り――。


「ぱ~ぱ……」

「なに⁉」


 半開きになった途端、再びドアが閉められた。

 力任せに振り向かされた先には、お嬢様が膝立で微笑んでいた。


 涙と汗と涎で濡れた顔が、青いライトで照らされている。

 まるで、暗闇で嗤う魔女のようであった。

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