対峙

 タマオの話では、施設の警備室に服があるのだそうだ。

 スマホがあれば、言質を取る録音アプリが使える。

 問題は相手がメチャクチャ強いってことだ。


 ぶぴぶぴと奇怪な音を尻から発し、タマオが廊下を歩きながら言った。


「あのお嬢ちゃ……ん”。どこで紅茶タイムしてると思う?」

「性格上、何かを鑑賞ながら、くっ、優雅に紅茶を嗜んでるはずだ」


 例えば、庭先で日光浴をしながら植物鑑賞。

 今は夜になっており、警備も手薄だ。

 だとしたら、音楽でも聴きながら嗜んでるだろう。


「だとしたら、……ん”お”っ。ふう、ふぅ。あそこだ。えーっと、二階によ。ブルジョワが集まるリラックスルームがあるんだよ。ゆったりとしてて、あそこなら、紅茶タイムをするには打ってつけだ」


 オレ達は、深手を負っている。

 尻にピンポイントで重傷を負っているせいで、歩行が困難だった。

 何がとは言わないが、タマオは

 オレは尻を重点的に責められ、ヒリヒリとしていた。


「ていうか、お前、……何で尻に痕ついてんだよ」

「あのお嬢様にやられたんだ。あいつ。信じられない事に、尻を舐めてきやがった」


 タマオは壁に手を突き、顔をしかめる。

 オレは反対側の壁に手を突き、尻を押さえた。


「あ、アナルをか?」

「いいや。尻タブっていうのかな。おっぱいで言うなら、片方の肉だ。あいつ、血を舐め取っていやがった」

「……令和のヴァンパイアめ」


 オレと同じことを言っていた。


 施設の廊下は前後に続いている。

 床は赤い絨毯が敷かれており、絵画やシカのはく製など、壁に掛けられていた。

 あとは、悪趣味な事にカニバリズム的なグロっちい飾り物まで置かれているではないか。

 ゾンビの人形というか。

 ガラスケースに入っていて、今にも動きそうだった。


 部屋がいくつもあり、オレは入口の上あたりにある表札を見て、何の部屋かを確認する。


「くそ。あのお嬢ちゃん。俺が掘られるところ見て、笑っていやがった」

「ああ。誰も得しない行為が延々と行われていたな」


 お色気に特化した風でもなく、女の子があーれーな感じになってるわけでもなく、ひたすら汚いおっさんが原始人のようにアヘりながら、うつ伏せの前後運動を繰り返していただけだ。


 いや、さすがに現実で女の子が乱暴されることは望まないが。

 しかし、「何でタマオなんだ」という複雑な気持ちが込み上げてしまう。


 汚いおっさんと黒人の絡みを誰が見たいというのだ。


「ゴロウ。お前、ガチであのお嬢ちゃんにヤラれるぞ」

「ライリーさんが許さないよ」


 立場上、逆らえないのだろう。

 ずっと、死んだ目をしていたが、気にする暇がなかった。


「意識が遠のく中、俺はお前がお嬢ちゃんに抱き着かれる所を見てたぞ」

「あ、ああ」

「……ていうか、……俺もそっちが良かった」


 タマオが掘られる中、オレはお嬢様に「ざまあみろ。ざまあみろ」と低音ボイスでASMR攻撃をされていた。


 たまに首筋を噛まれたり、胸に爪を立てられたり、何とも言えない責め苦を受けていたのだが、タマオに意識があったことは驚きだ。


 二人で尻の痛みに耐えながら、階段を上がる。

 ふと、上を見た時だった。


「あ」

「んだよ」

「監視カメラ……」


 階段の踊り場。その天井部に監視カメラがあった。

 左右に動くタイプのカメラみたいだ。

 位置的に階段から上がってくる者をバッチリと映せるアングルに設置されている。あとは下りてくる奴も見えるように、少しだけカメラが動いていた。


 今は、ちょうどオレ達から外れた場所を覗いている。


「ま、マズい。隠れろ」

「どこに!?」

「ええい! カメラだ! カメラの下に! 急げ!」


 ぶびゅ、ぶびっ、ぶぶっ。

 リズミカルに異音を発して、タマオが後を追いかけてくる。

 すぐに駆け上がったオレは、踊り場の壁に張り付き、タマオに手招きした。


「はぁ、はひっ、ま、待て!」


 体を左右に大きく振り、よろめきながらタマオが壁に張り付く。


「はぁ、はぁ。今の、映ってたかな」

「分からない」

「え、待て。まさか、また走るのか?」

「それしかないだろ」

「お、俺、ケツが変な感じなんだけど」


 タマオが全身汗だくで死にそうな顔をしていた。


「だけど、血は出てない。穴は……変な感じだけど。問題ないさ」

「たぶん、あれだ。俺、SMの風俗店行くんだけどさ」

「な、何の話だ」

「大人のお店だよ! 女王様から指示食らうんだ」


 下半身だけがガクガクと痙攣しており、タマオは今にも倒れそうだった。


「拡張しておけって。俺、超真面目に拡張してたからさ。それが功を奏したってところじゃねえかな。うん。異物感が半端なかったけどな」

「……誰が汚いおっさんの拡張プレイなんて聞きたがるんだよ」


 カメラが動くところを見計らい、オレ達は一気に階段を駆け上がる。


「んお! やべっ!」

「どうした⁉」

「漏れ……いや、何でもない!」


 腹の肉をタプタプと揺らし、オレ達は廊下を駆ける。

 タマオの記憶を頼りに、衣服を取りに向かうのだが、視界の端で何かが揺れた。


「はぁ、はぁ、何だ?」


 タマオが苦悶の表情で、聞いてきた。

 先を急ぐオレの横にあるドア。

 そこが半開きになっていた。


「――なッ⁉」


 白い腕が伸びて、オレの腕を掴む。


「ご、ゴロウ!」

「先に行け! 服を着て、道具を取ってくるんだ!」


 開いたドアの向こうに引っ張られたオレは、派手に床を転がり、中にあるテーブルに尻をぶつけた。


 カチャ。

 鍵を閉める音が聞こえ、すぐさま起き上がる。


「……あなたから会いにきてくれたのね。嬉しいわ」


 お嬢様が腕を組んで、扉の前で仁王立ちしていた。

 連れ込まれた部屋は、薄暗い空間だった。

 プラネタリウムのように、天井には星空が広がっている。

 室内はゆったりと骨を休めるため、ソファなどの家具が置かれていた。


 お嬢様は目の前にいるが、肝心のライリーさんはいない。


「……わたくし色に調教してあげる」


 とびっきり妖しい笑みを浮かべ、お嬢様が近づいてきた。

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