気持ちだけは薩摩

 初めて、人が目の前で犯された。

 ――汚いおっさんが、屈強な黒人の男に。


 タマオはうつ伏せのまま、ガクガクと全身痙攣を起こしていた。

 さすがに心配になったので、オレはタマオの顔を覗き込み、声を掛けた。


「おい。おい。タマオ」

「う……あ……お”っ」

「アヘってる場合じゃねえって」


 タマオからは異臭がした。

 長いこと風呂に入っていない中年の臭いだ。

 若い子からは遺伝子レベルで嫌われる典型のおっさん。


 尻の方からは、『ぶびゅっ。ぶぴっ』と異音がするけど、気にしないことにした。


「おい……」

「ご、ごろぉ」

「大丈夫か? その、……アナルが……」


 顎をガクガクと震わせ、タマオがほふくの姿勢になる。


「あ、あいつらは……」

「もう行った。紅茶タイムとかって言ってたな。たぶん、今頃お茶を飲んで、ゆったりしてるだろ」


 お嬢様は、ティータイムがメチャクチャ長い。

 向こう特有の文化らしく、ゆっくりと紅茶を頂くのが習わしとか。

 ちなみに、屁をこくと、烈火のごとくキレてくるので要注意だ。


「どうして、お前がここにいるんだ」

「仕事中だったんだよ。そしたら、いきなりビリーの野郎が」

「ビリーって、あの黒人か」

「腹を殴られて、……動けない間に、射撃場の宿泊施設に連れてこられて……」


 てことは、ここは射撃場か。

 宿泊施設と聞いて、オレは射撃場の景色を思い浮かべる。


 広大な緑の原っぱがあり、中腹にはタマオのいる休憩所がある。

 車で着た時、いつも大きな門を通って、銃器を預かる厳重な施設があった。


 二階建ての施設だ。

 部屋数から察するに、入口の近くにあった場所だろう。


「ふぅ、ふぅ。まさか、女の子が〇〇〇される同人誌を嗜んでいた俺が、〇〇〇されるとはな……。くそっ」

「大丈夫かよ」

「一つ分かったことがある」


 真剣な顔でタマオが言うのだ。


「大きいとアヘるって、嘘だぞ」

「アヘは本当だな。お前、ぶっ飛んでたもん」

「快楽堕ちしないってことだよ。まさか、身をもって現実と虚構の区別を付けさせられるとはな。思わなんだ」


 タマオはオレと違い、拘束されていない。

 尻を押さえて、苦悶の表情を浮かべている。


「あのお嬢ちゃん。なかなか狂ってるな」

「あ、ああ……」


 今は別の場所に移ったけど。

 これからの事を考えると、気持ちが沈んでくる。

 オレがどうしたものかと考えていると、タマオが言った。


「なんかよぉ。……おれぁ、腹が立ってきたぞ」

「腹が立ったって。中年に何ができるんだよ」

「分かんねえけどさ。あのお嬢ちゃんに、ちと仕返ししてやりたいよな」


 オレらみたいな中年には、できる事がない。

 なのに、タマオは情熱に満ちていた。


「何で、こう。イギリスってやつは、日本と縁があるのかねぇ」

「国で見たって仕方ねえよ」

「仕方なくねえよ! なんか、所々あいつら湧いてくるじゃねえか!」


 タマオは顔を真っ赤にしてブルブルと震えた。


「なあ。良い事考えた。オレらでよ。あのお嬢ちゃんから、言質取ってやろうぜ」

「言質ぃ?」

「おうよ。あいつ、町を丸ごと買うんだろ? だったらよぉ。買いませんって言わせるんだよ」


 何とも、能のない事を言うのだ。

 ごり押しで何とかなる問題じゃない。

 それに、ライリーさんはメチャクチャ強い。


「アヘ顔ダブルピースだよぉ」

「おっさんが真剣な顔で言うんじゃないよ。さっきまで、お前のアヘ顔無理やり見せられてたんだぞ」

「馬鹿。お前、薩英戦争のこと忘れたんかよ」

「……昔のことでしょうが」


 薩英戦争。

 それは、今でいう所の鹿が、世界最強のイギリスと戦った戦争の事である。


 一応、歴史では引き分けとなっているが、損害等を見るとガチで勝ったと言っても過言ではない合戦。

 嵐の影響とか、色々あるだろうけど。

 どちらにせよ、世界最強が日本の一部に挑んで、落とせなかった黒星であることに変わりはない。


「俺たちで、薩摩武士になろうぜ」

「ここ薩摩じゃねえぞ。すっごい離れた田舎町だぞ」

「馬鹿野郎! 気持ちだけは、いつだって薩摩になれるんだよ。オレは、誰が何と言おうが、あの合戦は勝ったって胸を張って言うぜ。勝ちは勝ちなんだよ。今度は、俺たちが薩摩武士になるんだぁ」


 汗だくのおっさんが這ってきて、オレの背中に覆い被さる。

 尻に上手く力が入らないようで、震える手でオレの拘束を解き始めた。


「ああぁ! くそ! 歯だ。歯ならイケる」

「お、おい! うわ!」

「じゅるるるるっ!」

「音おかしいだろうが!」


 拘束している紐を歯で噛み、無理やり解こうとしてきた。

 まさか、解けないよなと思っていたが、意外にも時間は掛かったが手首の拘束が解かれる。


「へ、へへ。よし。次は足だ」

「待て。足は自分で……」

「じゅるるるるっ!」

「きったねえな!」


 なぜか、拘束具にむしゃぶりつき、タマオは頑丈な歯で紐を噛み千切っていった。

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