禁句ワード
リビングで正座をするのは、二回目か。
目をつり上げたお嬢様と、傍らに立つライリーさん。
「ダメ親父!」
「……ふう」
「何よ。その顔は……。生意気じゃない」
怒られることにビクビクしながら、オレはある事を考えていた。
このままでいいのか、と。
オレはひょっとして、お金の苦しみから逃げようとして、大事なものを手放しているんじゃないか。
相変わらず、町の救い方なんて分からない。
オレが権力者やもっと頭が良ければ、いい方法を思いついただろう。
所詮、オレは一般人だ。
こんなオレでも、譲りたくないものがある事に気づかされた。
背筋を伸ばし、オレは怒っているお嬢様の目を見つめる。
「実は、オレ。仕事何もやってません」
「でしょうね。あなたに渡したパッド。地図のアプリに変化がなかったもの」
「それだけじゃない。お嬢様。オレはね。あなたが、町を私有地にしようとしてるの。知ってるんですよ。英語に詳しい友人がいて、町を工場地帯にする計画を知ってる」
ひじ掛けに寄りかかり、お嬢様のお目めが無言で見開かれていく。
くわっ、とした眼力が凄まじかった。
さすがにメールを覗き見た事は言えない。
公式に出てないことを引き合いにしたところで、無駄に罪を背負う。
「オレは……この町が好きだ。何もないクソ田舎だけど、それがいい。田舎は閉鎖的で、陰湿な所がある。それは人と人との距離が近いから、摩擦が起こりやすい証拠だ。だけど、気持ち一つで楽園になる。いや、いくらでも自分にとって大事な人間との関係を築ける。オレはね。何もない中年だけど、人の気持ちまで忘れたわけじゃない」
白い目玉が、何やら赤く充血した所で、オレは目を逸らした。
何というか、ホラー映画に出てくる幽霊に見えたのだ。
無言で立ち上がると、視界の端でお嬢様が顔を持ち上げる。
ギョロっとした目がオレを追跡していた。
「……何が言いたいの?」
「この町が工場地帯になったら、みんな行くところがなくなる。オレは、断固として戦わせてもらうぜ!」
言ってしまった。
宣戦布告だ。
借金がかさんで、首が回らなくなるだろう。
仕事を増やさないといけない。
でも、オレが自分で選んだ決断だ。
弱音を吐きながら、生きていくつもりだ。
「ライリー。止めて」
「はい」
帰ろうとした所に、ライリーさんが立ちはだかる。
見るからに強そうなんだよな。
女の子って、全体的にふわっと柔らかい体型が一般的だ。
ところがライリーさんの場合、シュッとしているのに、肩の所とか、腰回りが引き締まっていて、ガッチリしている。
組み合ったらマズいな。
「どいてください」
「これは、アンタが悪い。何で謝罪もなしに文句を言うのよ」
「オレにとって、一大決心なんだ! 頼む! どいてくれ!」
近寄ろうとしたら、両腕を横に広げるんじゃなくて、掴もうとしてくる。この時点で、普通の人間とは違うのが、肌で分かる。
右に行けば、右にステップを刻んで立ちはだかるし、逆も同じ。
自棄になって突進したら、絶対に掴まれる。
じりじりと後ろに追い詰められるオレ。
お嬢様が座ったまま、首だけを曲げ、オレに聞いてくるのだ。
「もう一度聞くわよ。何が言いたいの?」
「え、いや、だから、……お嬢様と戦うって……」
「違う」
「……はい?」
「違う、違う、違う! 何が言いたいのかって、聞いてるのよッッ!」
金切り声がリビングに反響した。
見た事もない形相だ。
歯を剥き出しにして、目が大きく見開き、こめかみには青筋が浮かぶ。
鬼の形相とは、この事だろうか。
スタスタとライリーさんに近寄ると、お嬢様は腰に手を伸ばした。
乱暴な所作で取り出したのは、一丁の銃だった。
「うげっ!」
銃口をオレに向けて、お嬢様が詰め寄ってくる。
「言っておくけどね。下僕ぅ。町の人間がどうなろうが知った事ではないわ。あなた、頭が悪いからハッキリ言ってあげるわね」
口角が釣り上がって、不気味な笑みが作られる。
「この猿の国は! 全員奴隷なのよ!」
あまりの気迫によろめき、窓ガラスに背中を預けてしまう。
「な~にが、人の気持ちよ。言語を覚えた猿の分際で、生意気なのよ。勘違いしないで頂戴。奴隷は、労働力として生きるために、生かされてるの。わたくしが、生きていいと許可しているから、生きているの」
およそ、17歳の女の子が言っていいことではなかった。
その言葉には、人道なんてものはなくて、支配という二文字だけが宿っている。
「これから、他の資産家がどんどん入ってくるわ。その時に、あなたって生きていけるのかしら? ふふ。そんなに気持ちとやら大事なら、あなたの前で女性と子供を嬲ったら、どんな気持ちになるの? ねえ? ……見せてもらおうかしら」
オレの命なんて、引き金一つで散る脆いものだ。
『オレ達って変な奴らしいぞ』
タマオの言葉が脳裏に蘇った。
死と隣り合わせの状況になって、怖くて堪らないはずなのに。
どうしてか、オレは憤りを感じているのだ。
「……オレがな、外人の大嫌いな所。教えてやるよ」
「へぇ?」
「そういう成長していないところだ。ちなみに、日本の場合は、成長じゃなくて、退化してんだ。でも、それより優秀だって日頃から言ってるお前ら何なんだ。昔と変わらないで、結局は奴隷とか古臭いことばかりやってるじゃねえか。何でも極端に受け止めて、勝手に怒って、勝手に絶望して。バカみたいなんだよ」
銃口がオレの額に押し当てられた。
怒りの余り、銃の先端はブルブルと震えているのが伝わってくる。
「だけどな。外人にだって、気の毒になるくらい良い奴がいるんだよ。そういうのを殺してるのが、お前みたいなバカなんだよ! いつまで、同じこと繰り返すんだ。金が持ってりゃ、頭が良けりゃ、何でもできるって勘違いしやがる。じゃあ、やってる事って結局何なんだ。バカなことにしか使わねえじゃねえか! 何回でも言ってやるぞ。どれだけ頭が良くても、金持ってても、力があっても。やる事がバカなら、意味なんか一つもねえんだよ!」
いつの間にか、横に並んでいたライリーさんが、お嬢様の顔色を窺い、そっと指先で銃口をずらす。
――バンっ。
その直後、本当に発砲したのだ。
徐々にだが、二の腕が熱くなってきた。
たぶん、怒っているから体中が熱くなっているのだろう。
「オレは、この仕事を辞める。示談金が欲しいなら、いくらでも付けりゃいい。オレの幸せは金なんかにねえんだ」
一点を見つめたまま、お嬢様はブルブルと震えている。
怒りのテンションが下がる前に、オレはさっさと自分の部屋に戻った。
持ってきた物は、どうせ少ない。
部屋に戻って、荷物を取ってきたら、この館とはおさらばだ。
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