日本が唯一キレる瞬間

 前に酔っぱらって、大惨事を起こしたというのに。

 オレはまたしても、酒を飲まずには居られなかった。

 居酒屋に行くと、またタマオの姿を見つけてしまい、オレはカウンター席に座って、またくだらない事ばかりを話す。


 現在の時刻は、午後6時。

 3時までは帰ってくるように言われたが、思い切り無視してしまった。


「何だよ。いきなり辛気臭い顔しやがって」

「いや……」

「話してみろ。胸が好きか。尻が好きか。どうせ、そんなところだろ」


 煙草の煙を吐き出し、なるべく柔らかい言い方で伝えた。


「日本って、……もうダメなのかなぁ、って」

「なんでぇ、いきなり」

「いやぁ。ここまで外資に食われまくって、好き放題されて。嫌になっちゃってさ。ワクチンの件だって、そうだよ。未だに副作用で体がおかしなことになってる奴いるだろ」


 オレの身内も――。


 途中まで考え、首を横に振った。

 思えば、人生であれほど泣いたことはない。

 何が起きてるのか、ずっと訳分からなかった。

 今だって、情報が錯そうしすぎて、何が本当なのか分からなくなる。


 電報には載っていたし、同じ町にいたならタマオも知っているだろう。


「ゴロウちゃん。ジャンヌぅ、好きかい?」

「いきなり何だよ」

「いいから。好きかい?」


 オレは力強く頷いた。


「好きだ」

「どこが?」

「元祖戦うヒロイン。って、ネットに書いたら、歴史オタクからメチャクチャ怒られたっけ。元祖は、巴御前だろ、って」


 もっと遡れば、別の人がいるかもだが。

 ジャンヌと言われて、オレは史実の方のジャンヌではなく、アニメやら何やらでキャラとして描かれるジャンヌが好きだ。


 可愛いし。男心をくすぐる清楚っぷり。

 あと、あのおっぱいで聖女は絶対に無理だ。


「オレさぁ。思うんだよ。やれグローバリズムだ。ナショナリズムだ。くっだらねえなぁ、って」

「へえ。そりゃ、また何で」

「だってよぉ。超昔から日本って変わらないぜ?」


 タンクトップ越しに透けた乳首をカリカリと掻き、タマオはビールを飲む。


「オレがデモをやったのも。先祖様たちがキレまくったのも。言っちまえば、海外のよ。が出てきたから、ブチギレたんじゃねえか」


 タマオがニヤッとした笑みを浮かべた。


「ほら。モンゴルの時も。あと、ザビエルとかいうハゲがきた時も。イギリスが調子こいて薩摩来た時だって。結局、言っちまえば向こうから難癖付けられて、あいつらが和を乱そうとしてるじゃねえか。そりゃ、キレるだろ」


 歴史は言うほど詳しくはないが、考えてみれば日本ってのは変な国だ。

 だって、明治維新が起きる前って、日本の人は外国から見てアホだったのだ。


 いや、アホは言い過ぎか。

 ただ、それが一瞬で近代化して、世界最強のロシアと戦った。


「……あれ? 日本って最強としか戦ってなくね?」

「だろ? オレ達って、変な奴らしいぞ」


 続けて、タマオは言うのだ。


「色々と戦ってきたけど。仲良くしようとした連中にさ。お前、石投げたり、襲い掛かったりしたか? 何だかんだ、仲良くなってるだろ。今じゃ、共通の文化を分かち合う仲間が若いのを中心にできてる」

「ここまで追い詰められてるけど。オレはぁ、あんまり心配してないんだよな。あ、デモとかあったら参加するけどな。やることはやらないと」


 タマオと話していると、焦りに似たもやもやが、スッと軽くなった。


「オレ達でさえ、キレる所キレてんだ。奈良県はどうしたよ。何だかんだいって、九州なんて血気盛んじゃねえか。変わるの一瞬だと思うぜ」


 肩に手を置かれ、オレは黙ってしまう。


「こりゃ、例えの一つだけどよ。この世界にやれ支配してやろうだの考えてる、がいるなら。逆に良い事で外国の人間にアクションを起こせばいいんじゃねえかな。オレはそうするよ。おかしな奴にはおかしいって叫ぶけどよ。でも、普通の外国人や日本の人間には、普通に接して、超仲良くなる。……争いが嫌いなのは、こっちだけじゃねえよ」


 周りを見てみると、本当におかしなことに気づく。

 居酒屋には、キリスト教だろうが、イスラム教徒(戒律、緩い方かなぁ)だろうが、仏教だろうが、多様な宗教文化の連中が集まってる。


 肌の色だってそうだ。

 人種も関係ない。

 みんな、ただ酒を飲んで笑い合ってる。


 一時、混乱はしたが、町が開発されて住民が追い出される、って事態は変わらない。公式で何を公表されていようが、まずは小さな町から声を上げないといけない。


 ていうか、ここを追われたら行く場所がない。


「……頑張るしかねえか」

「おうよ。まあ、オレ達、そこのお嬢様に使われてるけどな」


 タマオがヘラヘラと笑い、ビールを飲む。

 オレもビールを飲んで、スマホを見た。


「ぶっふ!」

「きったねえな! あー、お姉さん。拭くものちょうだい!」

「はーい」


 スマホの画面には、チャットの未読が60件きていた。

 さらに、電話が20件。


 電話がライリーさんだ。

 チャットはお嬢様。


『ねえ。早く戻って来なさいよ』

『女と一緒にいるでしょ。分かってるんだから』

『早く来なさい』

『殺す』

『絶対に殺す。お前だけは許さない』


 スマホを持つ手が震えた。

 今、やっと決心がついたのに、どうして心を乱す事ばかりが起きるんだ。


「わ、悪い。帰るわ」

「おう。あ、金オレ持つぞ」

「えぇ。悪いって」

「いいから。金ねえだろ?」


 ありがたくて、思わずタマオに頭を下げてしまった。


「いいって。やめろ。それ」

「ありがとう」


 お礼を言って、オレはすぐに館の方に向かった。

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