パパへ

 条件付きで外出したオレは、事務所に訪れてジョンくんに例の写真を見せた。ちょうど、所長までいたので、一緒にお茶を飲みながら翻訳を待っていると、衝撃的な事実が告げられる。


「エボラ……出血熱……」

「は? なんだって?」

「国立……研究所……。文字が、ちょっと潰れてて見えづらいけど。……爆破……なんとか、かんとか」


 湯呑に口を付けたまま固まる所長と目を合わせ、オレはもう一度ジョンくんを見た。


「あー、それ、海外の?」

「いや、日本のだね。調べてみよっか」


 カチャカチャとタイピングし、ジョンくんがパソコンとスマホを交互に見比べる。調べ物をしながら、ジョンくんは付け足すように言った。


「ゴロウちゃん。これ、ちとマズいかもね」

「何がだ?」

「公式発表されてる事と、んだよ」

「というと?」

「前に、こっちに半導体の施設とか建てられるって言ったけどさ。メールの内容を見た限りだと、関係ない。まあ、半導体の利権は九州に誘致されてるから、よくよく考えたら、離れた場所にもう一つ造るってのも、何か変な話だけどさ。……あそこらへんの魚とか、もう汚染で食べられないし」


 九州では手足の震えが止まらないとか、SNSで上がっていた。

 記事はすぐに削除されて、「デマです」とニュースでは流れていたが。


「近々、国立研究所でテロ起きるんじゃないかって話だね」

「……物騒だなぁ。なんだよ、それぇ」

「エボラ出血熱の研究をしてるんだけどさ。えーと、これって本来は、軍事機密レベルで取り扱うものなんだよ。でも、国立研究所では、……えーと、調べた限りだと、昼に警備員が二人。夜に一人。って感じらしい」


 ジョンくんが眉間に皺を寄せて、渋い顔をした。


「症状はインフルエンザに似てるらしいよ。簡単に言うと、穴という穴から血が噴き出るヤバいウイルスなんだけど」


 そこで止まり、ジョンくんは腕を組み、天井を見上げる。


「予防薬の開発とかが目的らしい」

「……本当かよ」


 オレは国のやる事を信じていなかった。

 数年前から日本は確実に狂っている。

 普段、平和ボケしてる人ですら「なんだ、これ?」と感じる事が多くなっていたのをネットや現実の方でも、見かける事が多かった。


 オレ自身、政治とかは基本信じていない。


「ザル警備で、軍事レベルのウイルスを扱う。……ヤバくない?」

「ちなみに、これって漏れたらどうなるんだ?」

「これは極論だけど。本当に日本滅ぶかも」


 所長はお茶を嚥下して、参ったと言った風に頭を掻く。


「おりゃぁ、そのコッポラとかいうの詳しくねえんだがよ。どれだけマズいんだい?」

「早くて2日で死にますよ。致死率は、……えっと。ザイール型で90%。スーダン型で50%ですね」

「……何で、日本滅ぶと思った?」

「これ、性行為とかで感染したりするんですよ。今、東京って売春ヤバいでしょう。てことは、人から人へ伝染していきますよ」


 外国の人間は、外国に戻ればいいだけ。

 でも、日本人は海外に行く当てのある者なんて限られる。


「で、メールと何の関係が……」

「ワクチン工場作るみたいですね」

「ワクチン?」

「あと、私有地化して、傭兵とかバンバン入れちゃおうって話みたいです」

「もう、何だか、スケールがデカすぎて、おじさんついていけないよ」

「メールの中に、地図っぽいのが写ってるんですけど。町の一角を隔離して、そこで施設を作る、と。他は離れた場所に農地を作る予定ですって」

「え、じゃあ、公式で嘘を言っちゃって、ヤバいんじゃないのか?」

「それは後から中止って話にすればいいんじゃないですかね。地元に住んでたら、何か別の建物が建っていましたって。割と聞く話ですけどね」


 手に負える話ではない。というのは、言わずとも分かっている。

 だけど、オレはこの町で産まれて、この町に生きている。


「だったら、なおさら引っ張り出して話を聞かないといけないだろ」


 リアルでバイオハザードだなんてゴメンだっての。

 何が悲しくて、ウイルスに苦しめられないといけないんだ。


 これって、言ってしまえば、私利私欲の企業だけでなく、おかしな日本の政府やら政治、挙句に外資がワンセットになってるから、荒唐無稽とも思えるおかしな話になってくるのだ。


「なんだ。大人が固まって辛気臭い顔してたって仕方ない」


 所長が膝を叩き、立ち上がる。


「やれること、やればいいんだ。な?」

「……そうっすねぇ」


 オレには世界がどうとか、全く分からない。

 ただのおじさんだからな。

 明らかに今の日本がヤバい状況なのは、肌で感じる。


 しかしながら、結局はやれることをやるしかない訳だ。


 スマホを受け取り、画面を見る。


『パパへ❤』

「お?」


 リヴァお嬢様からチャットが届いていた。

 オレが外出する条件とは、連絡先を教える事だった。

 電話番号とチャットのIDを教えたわけだが、早速画像付きでメッセージが届いている。


「……う”っ」

「どうした?」

「い、いえ。何でも……」


 鏡に映った自分を撮ったらしい画像が添付されていた。

 張りがあって、クリームのように柔らかそうな乳房を晒し、お嬢様はトップレスの写真を送ってきていた。


 すぐに写真を削除して、一息吐く。


 これ、もしも陰謀的な事が町で行われているのなら、オレは陰謀と色欲のダブルパンチを食らっている事になる。

 相当カオスな状況だった。

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