甘い蜜

 お湯が頭に当たる刺激が心地よく、考え事が捗った。

 これが、もしも滝なら考え事どころじゃない。

 なんて、くだらない事を思いつつ、オレの頭にはお嬢様の部屋で見たパソコンの画面が浮かんでいた。


 パソコンでメールを開いた時だ。

 あの時は、急いでたからゆっくりする暇はなかった。

 だから、今思い返してみれば、気になる点があった。


「あれ……。だよな」


 黄色の背景。真ん中に丸があって、それを中心に三方へ欠けた丸のマークが三つ。受信メールの中に画像付きであったのを思い出し、オレは首を傾げてしまう。


 お嬢様って、ただの金持ちだよな。

 ただの、っていうと語弊があるか。

 何かしらの方法で資産を得ているのだから、ただの金持ちってわけではないか。


 裏に何があって、どんな企業が絡んでいるか分からない。

 昔のオレなら、「へー、そっか」の一言で終わらせていたが、40歳を超えた今では、真剣に考えるようになった。


 シャワーのお湯に打たれながら、腕を組んで考え込む。


 詳しい事は、ジョンくんの翻訳を聞いてからだな。


 そう思い、オレはシャワーの湯を止める。

 その時だった。


 ガラララ……。


 お風呂場の扉が開き、オレは唖然とした。


「あら。もう浴びているの」


 産まれた時の姿で、お嬢様が入ってきたのだ。


「……あ……が……あぁ……」

「ふふん。変な顔」


 わざわざ、オレが使っていたシャワーの前に立ち、再びお湯を出す。

 オレは、いけないと分かっていても、男として反応せざるを得なかった。


 相手は17歳だ。

 ロリコンになりたいのか。

 自分を戒め、自分を叩き、込み上げてきた欲望を一喝する。――が、無理。


 もちろん、いけないとは分かっているが、女の子というのは男より成長が早いと聞く。16歳にもなれば、第二次性徴を終えて、肉体は大人そのものだ。


 、相手が外国人となれば、骨格レベルで容姿が異なるため、非常に大人びていた。


 大きく膨らんだ白い桃は、上下左右に広がり、まるで大きな乳房のように深い谷間があった。

 豊胸手術ではなく、明らかに天然の胸は歩く度に、上下へ弾け飛ぶ。

 ていうか、揺れる胸なんて初めて生で見た。


 大きい。

 大きすぎる。

 身長も高いから、モデルみたいだった。


「……ふん♪」


 縦に一本の線が引かれたみたいに、綺麗な背筋。

 オレが見とれていると、どういうわけか、お嬢様は髪の毛を前に持っていき、顔だけをこちらに向けた。


「あ~あ、やだやだ。これだから、変態低脳猿は……。気持ち悪くて、仕方ないわ。いい歳して、恥ずかしくないのかしら」


 自信に満ち溢れた笑みだった。

 さすがに、ずっと後ろに立っているわけにいかず、オレは前を隠して出口に向かう。


「ちょっと。待ちなさいよ」

「な、何ですか……」

「日本では、身分が高い者の背中を流すのでしょう。流しなさい」

「いやぁ、無理ですよ」

「いつもはライリーがしてくれているのよ。でも、今は買い出しに行ってるから。……早くして」


 無理だ。

 日本の大人以上に、艶のある肉体をしているのだ。

 もう、年齢がどうとかっていうレベルじゃなかった。


「わ、分かりました。じゃあ、タワシを……」

「……本当に怒るわよ?」


 正確には、風呂場のタイルを洗う、あの道具だ。

 あれが頭に浮かんでいたのだが、なぜかタワシと言ってしまった。


「勘弁してくださいよ。ぼかぁ、捕まりたくないですよ」

「言う事を聞かないなら同じことよ。うっかり、通報してしまうかも」


 人権がないのは辛い。

 いくら拒んでも、相手はこっちの言い分を聞いてくれやしない。

 仕方なく、端にあるラックから、真っ白なスポンジを手に取る。


 見た事もないメーカーのボディソープをスポンジに付けると、オレはお嬢様の後ろに立った。


「はーやーく」

「くっ。……何てことだ。こんなことが許されていいのか?」

「わたくしが良いって言ったら、良いのよ。それと、スポンジ。もう一つ取って」

「へ? あ、はい」


 言われた通りに、もう一つスポンジを取り、お嬢様に渡す。

 ボディソープをたっぷりと染み込ませ、あろうことか前を隠さずに振り向いた。


「ちょ、っと」

「離れたら洗えないわ」

「お、オレはいいですって!」

「ダメ。どうせ、あなたの事だから、きちんと洗えていないに決まってる。……じっとしていなさい」


 胸の片方に手を突き、お嬢様の持つスポンジが、もう片方に触れる。

 どぎつい口調なのに、手つきが妙に優しいのだ。

 赤子の頭を撫でるみたいに、右へ、左へ、行ったり来たり。

 お嬢様の薄く開いた唇からは、果物の匂いがするし、オレは棒立ちで固まることしかできない。


「だらしないお腹。……ふふっ。気持ち悪……」


 僅かにだが、白い頬がピンク色に染まっていた。

 柔らかい笑みを浮かべて、お嬢様が胸から首筋にスポンジを移し、青色の目がオレを見つめる。


「……どうしたの? 手が止まってるわ」

「あ、いやぁ、でもぉ……」


 シャワーの湯を出しっぱなしで、お嬢様はオレの胸や首筋を洗い続ける。おかしな光景だが、こんな事は些細なこと。


 ペンキを塗ったように真っ白な肌は、水滴を弾き返していた。

 手入れの行き届いた金髪が額や頬、鎖骨に張り付いている。


 黄金の油を流したかのように、髪の毛は綺麗な光彩を放っていた。

 そして、髪の表面を流れる水は、さながら透明な蜜のようである。


 不意に、大きな乳房がオレの胸に押し付けられてくる。


「……わたくしだけ……ズルいわ」


 子供が物をねだっているみたいだった。

 口をツンと尖らせ、スポンジが二の腕の同じ個所を洗い続ける。

 至近距離からは、綺麗な目がジッと見つめてくるのだ。


 黙っていれば、本当に綺麗な子だった。


 ダメだと分かっているが、ねだる目に逆らえず、オレはスポンジを乳房に押し当てる。


「……んっ……ふぅ……」


 前に想像した通り、やはり水饅頭だ。

 肌が濡れているから、なおさら水に浮かんだ白い饅頭を想わせる。

 力を込めてスポンジを押すと、丸い形が崩れ、平たくなった。


「……ふっ……ふふ……。なによ。その顔」

「え、な、何ですか?」

「照れてる」


 お嬢様はスポンジを落とし、腰に腕を回してきた。


「下僕。……もっと……よく見せなさい」

「……くっ」


 唇の隙間からは、薄赤色の舌が出てきた。

 艶めかしくも美しい光景に、オレは見惚れてしまう。

 ゆっくりと顔を近づけてくるお嬢様は、鼻と鼻が当たる距離で、目を閉じた。


「スト―――――ップ!」

「ひゃあああ!?」


 突然、浴室全体に怒鳴り声が響いた。

 驚いたお嬢様はその場で転び、慌てて出口の方を向く。

 そこには、買い出しから帰ってきたライリーさんがいた。

 肩を上下し、尖った目つきでお嬢様を睨んでいる。


「油断も隙もない!」

「あ、あら。お菓子、買ってきたの?」

「お菓子ぃ? な~に言ってんですか! 郵便局に荷物を取って来いって話だったでしょうに!」

「あ、へぇ。そうね。間違えたわ」


 額に手を当て、ライリーさんがオレに向かって手をひらつかせる。

 出ていけ、と言う事だ。


「お嬢様。話があります」

「わたくしはないわ」


 怒るライリーさんの横を通り過ぎ、オレは風呂場を後にした。

 着替えて廊下に出る頃には、風呂場からはお嬢様のヒス声とライリーさんの怒鳴り声が響いてくる。


 もう少しで、一線を越えてしまう所だった。

 つくづく、女に耐性のない自分が情けないったら、ありゃしない。

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