抗えば抗うほど
ツンツン
今日は休み。
お嬢様と射撃場に来ているわけだが、オレはハウスの中でタマオと談話していた。
「えぇ? 何だ、そりゃ。おめぇ、今さらモテ期きたってか」
「モテ期ってわけじゃねえけどよ」
カウンター奥のスタッフルームで茶を出され、煙草を吸いながら二人で話していると、外からは相変わらず銃声とお嬢様の不満そうな声が聞こえてくる。
一人で抱えるのが耐え難くなってきたので、タマオに相談したわけだ。
「お嬢様からは夜這いされて。褐色の姉ちゃんには介護サービスかよ」
「ゲロ吐いた後は、まあ、……キッツくなったけどな」
目を合わせてくれない。
素っ気なくなったのは気のせいではないだろう。
当然と言えば当然だ。
「だから、ちゃんぽん飲みは控えろってんだ」
「あぁ、後悔してるよ」
「で、これからどうするんだ」
「どうするって?」
「一応、16歳なれば、結婚できるだろ。おめぇ、17歳の花嫁貰うつもりか?」
オレはすぐに首を横に振った。
「オレは年上好きなんだよ」
「熟女じゃねえか。お前の年齢で年上って、本格的なババアしかいねえぞ」
確かに。
タマオの言う通り、中高年にとっての年上なんて、ヨレヨレのババアしかいない。これが現実で、未だに伴侶がいないわけだ。
単純にモテないのも理由だが。
「しかも、お前。あのお嬢さんの邪魔立てを画策してるだろ。チラシ回ってきたぞ」
「おぉ。お前んとこにもきたか」
「工場ができるのに、賛成してる連中だっているんだ。無闇やたらと動き回るんじゃねえよ」
「……賛成……してる奴いるのか?」
素直にショックを受けてしまった。
自分たちの生まれ育った故郷に愛着がないのか。
そりゃ、人によっては良い思い出なんかない奴だっているだろう。
でも、この調子で外資から追いやられていたら、自分たちの住む場所なんてあっという間になくなる。
まだ分かってくれないのか。
肺に溜めた煙をタマオに吹きかけ、オレは壁にもたれ掛かった。
「どのみちさ。役所に説明会開いてもらわないと。金入ったって、治外法権の場所ばかり増えたら、日本の金なんか使えやしない」
「そりゃ、そうだけどよ。現状、お前、お嬢様に使われてる身じゃねえか。もし、工場計画を邪魔して、お嬢様が潰れる事がありゃ、お前だって無事には済まねえぞ」
タマオの言う事はもっともで、オレは雇われの身。
住む場所を追われたところで、便利屋の事務所に再び就く事を考えてはいるが、正直不安の種が多すぎる。
「どうすっかなぁ」
行動しておきながら、自分の先を考えると、ため息が出た。
反抗したい気持ちしかないのに、現実と向き合うと、苦しくて仕方ない。
「いっそ。お嬢様に手出して、婿になりゃいいんじゃねえか」
「バカ言うなよ。まだ17歳だぞ。色気はあっても、あの子の将来に責任持てねえよ」
「そんなもんかねぇ」
「だいたい、見た目は良いが、どこかチンチクリンだし。口は悪い。メイドのお姉さんは物騒だからさ。ストレスで体がいくつあっても足りない」
煙草をもみ消して、何気なくカウンターの方に目を向ける。
出入口の縁には、何か、絹のような物が垂れていた。
「いっそのことさ。お嬢ちゃんに気に入られるようにシフトすりゃどうだい?」
「あれに気に入られたってなぁ」
「あれって、お前なぁ……」
茶を飲み、タマオがカウンターの方を向く。
「ん、ぶっふっ!」
「きったねえ!」
いきなり噴き出したので、タマオは激しく咳き込んだ。
涙目になって、カウンターの方を指すので、何事かとオレも見てみる。
そこには、お嬢様が真顔で立っていた。
「ちんくりんで、ごめんなさいね」
「あ、いや……」
「話があるから、こっちに来てもらってもよろしいかしら?」
重い腰を上げ、オレはお嬢様の立ってる場所まで歩いていく。
目をつり上げて、腕を組むお嬢様。
顎を持ち上げて、ツンとした顔でオレを見下ろしてくる。
「言いたいことがあるなら、はっきり言えば?」
「あぁ、いや、何でも……」
べちんっ。
いきなり、強烈なビンタを食らい、視界が揺らぐ。
壁に手を突いたことで、何とか持ちこたえた。
「この際だからハッキリ言わせてもらうけれど。あなたみたいな気持ち悪くて、不細工な男なんて、わたくし嫌いですから」
「は、はい……」
「あぁ、気持ち悪い。気持ち悪い。猿と豚のハイブリッドなんて、吐き気がするわ」
目をつり上げて罵倒してくるお嬢様。
昨夜の姿は――。
『ぱ~ぱっ』
猫なで声で甘えてくる別人だった。
未だに混乱してしまう。
踵を返してさっさと行ってしまうお嬢様。
タマオからは気の毒そうな視線を向けられた。
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