忍び寄るお嬢様

 風呂場で吐いた後の事は覚えていない。

 体を適当に拭き、全裸で部屋に戻ったか。


 いや、戻る前に、口を濯いで、歯を磨いて――。

 ライリーさんに、何から何までやってもらい、全裸で戻ったっけ。


 酒が入ってるからか、寝る時はすんなりだった。

 空調の効いている部屋では、物置と言えども全裸で寝れる。


 たまにしか酒を飲まないけど、ガッツリ飲んだものな。

 タマオとの話が面白すぎて、箸が進むし、つまみもたらふく食った。


 もう、どうにでもなっちまえ。

 投げやりな気持ちで、オレは眠りに就いた。


 ――はずだった。


 眠ってから、どれくらい経ったのか。

 酔いは若干残っているけど、体を弄られている感触に意識が戻っていく。


「パパぁ……っ」

「ん”、ん”~……」


 我ながら汚い声で寝返りを打ち、腹を掻いた。


「あ……っ、ダメだよ。パパぁ」

「ん”?」


 腹を掻いたはずが、妙だった。

 ずっと腹が痒いままだ。

 おまけに、お腹が重たい。


 手の平にまで、違和感がある。

 手や指を動かし、感触を確かめると、頭には大福が浮かんだ。

 片栗粉を塗した特大サイズの大福だ。


 オレ、物を食いながら眠ったのか。


 指を入れていくと、奥には湿った感触。

 たぶん、あんこの部分だ。

 指が汚れちゃったなぁ、と思いながら目を覚ます。


「……パパっ。んっ、……だめ……っ」

「ん……ご……ッッ!」


 至近距離にお嬢様のご尊顔があった。

 肩に頭を預ける体勢で、上体を仰け反らせている。

 なぜ、見えているのかと言えば、明かりを半端に点けているためだ。


 リヴァの方は、オレが起きた事にまだ気づいていない。

 きゅっと唇を噤み、何かを堪えるかのように、目を閉じていた。

 頻りに全身が震えて、鼻から漏らす息は熱く、オレの胸元に吹きかけられる。


「……っはぁ、……あ、ゴツゴツして……はぁ……やぁ……ッ……っ」


 やっべぇ……ッ!


 今、手を離したら起きた事がバレてしまう。

 位置的に、恐らくオレの手はリヴァの尻をきつく鷲掴みにしている。


 なので、力だけを緩めて、咄嗟に瞼を閉じた。


「ねえ。パパぁ。リヴァね。生徒会長に選ばれたんだよ。えへへ。偉いでしょ」


 オレの胸元に顔を埋め、甘えてくるお嬢様。

 酔いなんて一発で吹っ飛んだ。

 年齢的にも、手を出したら一発アウト。


 何が起きてるのか、現在混乱中だ。


 ファザコンだという話は聞いた。

 様子がおかしい時だってあった。

 でも、連日布団に潜りこんでくるとは、誰も思わない。


 もちろん、手を出すわけがない。

 まだまだ将来のある子だ。

 未来ある子に手を出して、責任なんか取れない。

 その前に死ぬ。


「パパぁ。褒めてよ。ずっと待ってたんだからぁ」


 お嬢様に手を持たれ、寝たふりを決め込んでいるオレは、手の平に伝わる絹のような感触を味わった。

 耳の軟骨やすべすべの頬。

 理性をしっかり保っていないと、すぐに頭がどうにかなってしまう。


「じ~~~~っ」


 扉の方から視線を感じ、少しだけ顎を持ち上げる。

 目を向けると、明らかに扉の前で誰かが立っていた。

 ライリーさんだろう。


 扉の隙間からは、殺意に満ちた眼差しが送られてきて、自然と手が震えてくる。


「ぱ~ぱっ」


 普段の冷たい態度は消えうせ、今は無邪気にオレの胸で甘えてくる。

 お嬢様は鼻先を擦り付け、「ふふっ♪」と楽しげに笑っていた。


 オレが眠ったのは、朝方のことである。

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