限界

 お酒に酔って、お風呂に入ると体によろしくないんだな、と思い知った今日この頃。


 オレは口の悪い褐色美女とお風呂に入っていた。

 つまらなそうに、膝の上に肘を突き、ジーっと見てくるライリーさん。


 目のやり場に困るが、色々と見えていた。

 若い女の子の裸で興奮するまい、と自分に言い聞かせはしたが、悲しい事に、魅力的な女性がいればドキドキとしてしまうものだ。


 何より、オレは女性経験が少なすぎる。

 というか、ない。


「そういえばぁ……」


 気まずさを誤魔化すために、オレは話題を切り出した。


「日本語、上手いっすね」

「今さら?」

「流暢なもんで。気になってました」


 呆れたような態度で、ライリーさんが嘆息する。


「あのね。外国に行ったら、自分が興味あるかないかに限らず、言語学ぶでしょ。学ばないのは、間抜けよ」

「そこまで言いますか?」


 鼻で笑い、馬鹿にするような顔で言うのだ。


「だったら、ワタシが英語で他の人と、って言ってたら。あなたどうするわけ?」


 オレを見て、『お前』と言ってくる。

 例えばの話だけど、柄の悪い輩がいれば、あり得ない話ではない。


「つまり、騙されないため?」

「正確には出し抜かれないため」

「へえ」


 語学を学ぶ理由って、単純なコミュニケーション以外にも理由があるんだな。素直に感心した。


 てことは、お嬢様が日本語上手なのも、同じ理由か。

 日本語以外に、母国語があるのだし。

 大事な話は堂々と母国語で話せる。


 でも、オレが英語をできていたら、本人たちは話せないだろう。

 こういった差があり、オレみたいな奴は騙されてしまうのかもしれない。


「で、ここまで時間が掛かったってことは。調査の方は終わってるの? 測量はもう大方済んでるわ」

「あ”……。そう、っすね。まずまず」

「ん? なに、今の?」

「はは。何でもないっス」


 座る位置が近づいてきて、ライリーさんが顔を覗き込んでくる。

 目元がヒクつき、今にも殴りかかって来そうだった。


「まさか。何もやってないの?」

「やってますよ。依頼は、順調……、です」


 やってない。

 それどころか、反旗を翻そうと画策している。

 視線を逸らそうとしたら、前に回り込んできて、これまた色々と見えてくるのだ。


「あの、ちょ、離れて……」

「アンタさぁ。自分の立場分かってんの?」

「わ、分かってますよ」


 水に濡れた褐色の肌は、中年の枯れた性欲を無理やり底上げするほどの艶があった。


 真っ白な肌は、さしずめ水饅頭と言った所だ。

 透き通るような肌が水に濡れて、餅のような感触が視覚を通して伝わってくる。


 一方で、黒い肌は水に濡れた事により、胸の輪郭や筋肉の溝など、細かい陰が浮き彫りになる。つまり、曲線美が強調されるのである。


 本人からすれば、詰問する所作として、腕を組んでいるだけ。

 オレからすれば、胸をこれでもかと強調している風に見えて仕方なかった。


「アンタが帰ってくるまでの間、ワタシがお嬢様を食い止めたの」

「く、食い止めた、ですか」

「そう。ライフル片手に外へ出たのよ」


 だから、怖いって。

 動物仕留める奴じゃないか。

 帰ってきたら風穴空くところだったのか。


「明日起きたら。謝っておいて。いい? 絶対に余計なこと言わないで」

「はい。分かりました」

「アンタのせいで、お嬢様がどんどん狂ってく」

「そんな事言われても……」


 すぐ隣に座られて、オレはドキドキした。

 でも、あまり興奮しないように気持ちを抑える。


 理由は、単純明快。

 吐くからだ。


 酒を飲んだら、興奮することは控えないといけない。

 興奮すると血の巡りが良くなって、くる。

 体の芯が急に凍てついて、血の気が引いていくのだ。

 そのサインがきたら、トイレに駆け込まないといけない。


「言っとくけど。もしも、お嬢様が孕むような事があれば。アンタ、本当に殺されるからね」

「……誰に……でしょうか?」

「本家の連中。ワタシと違って融通利かないから。ある日、突然。事故に遭っても知らないわよ」


 世の中は、オレが知らないだけで随分と物騒だ。


「筋書きは何の関係もない人間が、轢いた。直接殺すなら、アンタの友人が金銭トラブルで殺して、容疑を否認。こんな所ね」

「……そんな事可能なのか?」

「日本でもしょっちゅう起きてるでしょ。知らないのは、アンタと、他の一般人だけ。知ってる」


 当たり前のことをサラッと言い放ち、ライリーさんがそっぽを向く。

 酔っていたオレは、何を思ったのか。

 無性に、苛立ちが募った。


「お前。……それでも人間かよ!」


 褐色の肩を鷲掴みにして、無理やりこっちを向かせた。


「な、なによ!」

「金を使えば、人間何でも言う事聞くと思ってるのか? ふざけんじゃねえ!」


 何で、こんなに腹が立ったのか。

 自分でも分からない。

 ただ、オレがカチンときたポイントは、ライリーさんの物でも扱うかのような態度。実際やってきたのだろうし、飼われてる今となっては、信じざるを得ない。


「金にはな。幸せなんて微塵もねえんだ! 金ってのは、欲しいものを買うためにあるんだろ! 人によっちゃ、金にもならねえ趣味で幸せ謳歌してんだ。住む世界が違うからって、人様の命を物みてえに言うんじゃねえ!」


 オレはただ肩を掴んで、自分の気持ちを告げたかっただけだ。

 しかし、思いのほか、相手が抵抗するため、二人揃って湯舟で暴れてしまった。


 オレの手から逃れたライリーさんは、四つん這いでタイルの上を這った。

 オレもオレで、抑えればいいのに後を追ってしまう。

 つい、力余って無理やり振り向かせると、ライリーさんに覆い被さる格好で、指を眉間に突き付けた。


「いいか? オレの友達には手を出すな。やるなら、正々堂々とオレをやれ! お前らに好き放題されていい理由なんか一つもねえんだ!」

「ちょ、どいて!」


 怒鳴っていると、視界がグラグラと傾いてくる。

 本格的に酔いが限界に達し、オレは柔らかな感触に手を突いた。


「はぁ、はぁ、やっべ。やっべ」

「お、まえぇ!」


 手を掴んで退かそうとするライリーさん。

 オレは動きたくないので、必死に指先へ力を込めた。

 手と同じ大きさのゴムボールを掴んでいる気分だった。


 柔らかくて指は沈むけど、中かが硬いから引っかかりがある。

 必死に掴み、オレはもう片方の柔らかい肉を叩いた。


「待った。動くな。はぁ、う、ふぅ」

「妙なマネするなって言ったでしょ。蹴るよ?」

「待って。ほんとに。ふぅ、……ふぅ」


 あぁ、やっべぇ。

 きたぞ。


 何かを感じ取ったのか。

 ライリーさんが怪訝な表情になった。


「……ちょっと。冗談でしょ。ストップ!」


 頭を持ち上げる事すらできなくなったオレは、柔らかい乳房に顔を埋め、胃袋を痙攣させた。


「んぼぇ」

「いやあああああああ!」


 風呂場には、意外と綺麗な悲鳴がこだました。

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