褐色のご奉仕

 オレが館に帰ったのは、午後10時。

 迎えにきたライリーさんは終始無言。

 だけど、不思議と気まずくはなかった。


 気まずいというよりは、命の危険を感じたからだ。


 館に着くと、まず先に向かったのは自分の部屋。

 財布を置いて、ツナギを脱ぐと、すぐジャージを持って風呂場に向かう。


 この時間、お嬢様は寝てるんじゃないかと思ったのだ。


 部屋を出た所で、ライリーさんが待っていた。


「何か言う事は?」

「ひっく。う”ぅ、すいません」


 しゃっくりをすると、ライリーさんがイラっとした風に顔をしかめた。

 つい、お酒を飲みすぎてしまい、オレは早く寝たかった。

 無礼かもしれないが、酔うと余裕がなくなる。


「うぅ、……お風呂……入りたいので」


 パンツ一丁のまま、オレはライリーさんの前を通り過ぎる。


「ちょっと……。あなたねぇ!」

「い、いや、今は、ダメです。明日で、お願いします」


 鬱憤が溜まってたんだろうか。

 酒が進んで仕方なかった。

 でも、知った仲と飲む酒は本当に美味しくて、忘れられない。


 壁際に置かれている花瓶台に手を突き、一息。


「ああ、もう」


 ライリーさんが脇の下を潜り、肩を貸してきた。

 ふらつきながら、オレが向かった先はお風呂場ではなく、リビング。

 空調が効いているので、腹を冷やす心配がない。


 シンクの前に手を突いていると、目の前に水の入ったコップを持ってこられた。


「水飲んで」

「いいっすよ」

「飲めって言ってんの」


 大人しく言う事を聞いて、水を一杯ごちそうになる。

 飲んだ後はコップをシンクの中に置き、今度こそお風呂場へ向かった。


 壁伝いに向かい、脱衣所にあるドラム式の洗濯機に脱いだパンツと下着を入れる。


「お嬢様のと一緒にしないでください」

「うおおお!? 何すか!」


 ライリーさんが後ろからついてきていた。

 乱暴に洗濯機の蓋を開けると、中から下着とパンツを出し、床に叩きつける。


「洗濯が終わってから入れて」

「……はぁ」


 すぐに入れられるように、オレは脱衣かごの中に入れる。

 風呂場はちょっとした銭湯みたいに広いので、先にシャワーを浴びようと壁伝いに移動する。


「お湯出せます?」

「何なんスか、さっきから!」


 中にまで入ってくるのだ。

 表情だけ見れば、ゴミでも見るかのようにしかめっ面。

 前を隠して、隅に移動すると、ライリーさんは「チッ」と舌打ちした。


「あなた。相当酔っぱらってるわよ」

「まあ、そうっすね。でも、意識はあるんで」

「ちょっと待ってて」


 ライリーさんが脱衣所に戻り、数分も経たない内に戻ってくる。

 戻ってきた彼女は、一糸纏わぬ姿だった。


「……え?」


 タオルで前を隠そうともせず、色黒の肌をさらけ出していた。

 お嬢様ほどではないが、大きく膨れ上がった胸は張っており、締まったくびれは細い。


 タダものではないだろうな、とは薄々感づいていた。

 ライリーさんは腹筋や背中などが、オレの知る一般的な女性よりも引き締まっている。

 鍛えているのだろうか。

 薄い筋肉の溝は体を捻る度に、深くなったり浅くなったりを繰り返す。


「何してるの。早く」

「へ? 何を?」

「壁に手を突いて」


 言われるがままにシャワーの前に手を突く。

 すると、高い位置にあるシャワーからお湯が出てきた。


「妙な気を起こしたら承知しないからね」

「……一人で洗えますよ?」

「バカじゃないの? 壁伝いにしか移動できないじゃない。すッ転んで頭打ったらマズいでしょうに」

「そりゃぁ、そうっすね」


 お湯を一旦止め、スポンジを洗剤で泡立たせ、ライリーさんが後ろに回り込んだ。


「あ”ぁ~……」

「変な声出さないで」

「すぅぅ……、すいません」


 人から洗われるのって、感触が全く異なるものだった。

 でも、何か痛いのだ。


 ザリ……ザリ……ザリ……。


「いって! 何か、痛いです!」


 振り返ると、真顔のライリーさんが立っている。

 胸や腹を泡で汚している彼女が、両手に持っている物はタワシとスポンジだった。


「意味分からないですよ! タワシ必要ありますか!?」

「汚い中年の背中なんて垢塗れでしょう。汚すぎるわ」

「だからって……、タワシじゃ血出ますよ!」


 ザリ……。


「いって!」

「注文の多い……」


 タワシをその辺に放り投げ、今度はちゃんとスポンジで背中を擦ってくれる。


 ライリーさんは潔癖な所があるのか。

 同じ個所を何度も擦り、一か所が終われば、今度は段々下に行き、尻の方まで擦っていく。


 再び、洗剤をありったけスポンジに染み込ませると、今度は脇の下。

 後ろも前も、丁寧に洗われていき、オレは次第に心地よくなって、眠りそうになった。


 目を瞑っていると、熱いお湯が頭上から降ってきて、意識が戻る。


「……気持ち良い……」

「気持ち悪いの間違いでしょ」

「いやぁ、……さすがメイドさんだ。本当に丁寧だなぁ」

「汚いオッサン嫌いなので」

「……手厳しいねぇ」


 体が終わったら、今度は頭だ。

 ライリーさんの方が若干背が高い。

 だから、上から押さえつけられるみたいに、頭を乱暴に磨かれた。


 ふと、オレは思った。


 介護されるって、こんな感じか。

 そう考えると、ありがたいものだな、と年寄臭い事を思うのだ。


「耳の裏洗ってる?」

「いや、頭だけ」

「ちゃんと洗った方がいい。臭いから」

「……に、臭ってたかい?」

「加齢臭が酷いの」


 遠慮のない言葉だが、手つきは非常に優しいものだ。

 耳を揉むように洗剤を付けた手で擦り、首筋まで洗われていく。

 一通り洗った後、オレはお礼を言った。


「やぁ、ありがとうございます。助かりました」


 そう言って、今度は浴槽へ。

 広い湯船に浸かると、骨身が温まって、さらに眠気が増した。


 ちゃぷっ。


 水の跳ねる音がして、瞼を開ける。

 目の前には、膝を抱えたライリーさんが座っていた。


「……あの」

「何か?」

「……やぁ、んー……。え?」


 ギロッとした目つきで睨んでくるライリーさん。

 彼女まで、湯船に浸かっていたのだった。

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