頑張るオッサン
オレは、3日ぶりに事務所へ遊びに行った。
住宅街の中に広い空き地があり、中央に小ぢんまりとしたプレハブ小屋がある。部屋は二つだけの便利屋。
まだ3日しか経っていないというのに、懐かしく思えた。
事務所の戸を開くと、中にはジョンくんがいた。
オレの顔を見るなり、パァッと明るい笑顔になる。
「ははっ。ゴロウちゃん!」
「よぉ。やっと出てこれたよ」
2mの身長となると、尻がデカいため、通常のパイプ椅子には座れない。なので、ジョンくんはもっぱらソファで仕事をしている事が多かった。
「守備はどうだ。何か、手伝える事があれば、何だってやるぜ」
「ちょうどよかった。実は、話そうと思ってたんだ」
「何だ?」
ソファ前のテーブルに置かれたパソコン。
ジョンくんの隣に座り、前のめりになって画面を覗く。
パソコンには、ニュース記事が載っていた。
「おぉ……。奈良と京都。はっ。千葉県もか」
日本人の住民による本気の抗議だ。
オレは胸が熱くなった。
そりゃ、平和ボケの時期もあって、未だに金やら効率やらバカな事を言う奴も確かにいる。
でも、問題は違うって事に多くの日本の人は気づいてきている。
住む場所に少なからず影響があれば、無視なんてできる訳がない。
例えば、ソーラーパネル。
土壌汚染と聞けば、「何だそりゃ? 土が汚れるだけか?」なんて勘違いをする。
実際は、『人体への健康被害。個々の生活。周辺の環境。地域社会』などが深く関わる。
まず、土が汚れると、作物が育たない。
これは、食えなくなるってことだ。
さらに、どんどん汚れは広がっていき、川や海、地下水への影響がヤバい。
どんな健康被害があるかといえば、手足の震えが止まらなくなったり、呼吸困難などが起こったり、他にも想定外の被害が出る。
これが、『米や野菜、水』を食っただけで起きるのだ。
いくら便利だからって、金やエネルギーなどを追いかけすぎて、生活に支障をきたせば本末転倒になる。
しかも、質が悪いのは日本の富裕層が、外国と結託して事業を展開していること。
金の流れを追いかければ、こんな事はすぐに分かる。
オレは食い入るようにニュースを読み、自然とポケットから煙草を取り出し、夢中になって彼らの活躍に注目した。
「役所に、毎日押し掛けたんだな。やるじゃねえか」
「うん。つまりさ。役所の場合、表向きは外国資本に売りませんって顔をするじゃん。でも、いまいち信用できないんだよね。追及したところで、シラを切る可能性があるんだ。だから、説明会を開かないとダメかなって。他にも英語ができる人や外国籍の人を当たってみる。そうすれば、例の、英語圏でしか発表していない記事だって、俺だけの勘違いじゃないって証明できる。そして、1人じゃ無理だ。1人でも多くの協力が必要」
この辺は田んぼが多い。
田んぼが多いって事は、水路が多いのだ。
つまり、工場地帯ができれば、海へ汚染水が垂れ流し状態になる。
濃度を薄めたって、何の解決にもなってない。
結局、汚染された水は汚染された水だ。
本当に、飲めるレベルじゃないと意味がない。
「工場とかは大事だけどさ。いくら何でも作り過ぎじゃん。おまけに自然ぶっ壊してるでしょ。汚染の方が上回ったら、マズいよ」
「ああ。町の子供が、お前。手足ブルブルの水俣病みたいになってみろ。親御さん泣くぞ」
「プリントね。近場には配り終えたんだ。あとは、集落の方かな」
同じ町に集落があるのだ。
複数の村や集落が合併した町だから、田んぼや林を抜けて、遠くにポツンと集落があったりする。
「おしっ。手伝うぜ。早速行かねえか?」
「あ、ちょっと待って。実は仕事があってさ。タメさんの家に電球替えに行かないと」
「おぉ。なら、車一台貸してくれ。オレが配ってくらぁ」
自分たちの生活を真剣に考えるって、絶対におかしなことじゃねえよ。
生活放棄してる人間がいるなら、文句を言うなって話だ。
どれだけ被害が出ても、地獄を見ても、全部受け入れて、人形になりゃいい。
でも、オレや町のみんなは、そんなのゴメンだって連中がいっぱいいるんだ。
所長の机から車のキーを借りると、オレはジョンくんが準備しているプリントを受け取り、早速車に向かった。
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