狂っていくお嬢様
お嬢様の朝は早い。
朝、5時には起きている。
ショートスリーパーというやつだ。
見た目からは考えられない体力もしており、早朝に館の周りをグルグルと走り回っている。
オレは7時までリビングのソファで熟睡。
途中、何か言われた気がしたけど、気にしない。
眠いのだ。
「ブタ。起きなさいよ」
「……んー……んごぉぉぉ……っ……んー」
「きったない声出しちゃって。恥ずかしくないのかしら」
金持ちのソファは人間をダメにする。
ライリーさんから、チラっと聞いた話ではイタリアの王室御用達とされていたものらしい。
低い背もたれがあり、これが両端にはない。
ひじ掛けもないので、体を伸ばして眠れる。
ふかふかの生地は顔の形にへこみ、オレの疲れ切った体を受け止めてくれている。
もう動きたくなかった。
「すぅ……ふぅ……すぅ……ふぅ」
鼻息が聞こえた。
妙に呼吸の音が近く、耳や頬に吐息が当たっている。
(なんだ?)
寝たふりをしながら、薄目で横を見る。
「……起きないと……悪戯するわよ」
間近で見て分かる。
高い化粧品は使ってるんだろうけど、ほとんど自前の肌と顔立ちは、あまりにも優れ過ぎている。
ゴリラやバナナ顔の外国人とは違う。
小うるさい様子で、品のない外国人とも違う。
半目で見下ろす顔まで様になっている。
瞼の皺はくっきりとしていて、下から見上げているというのに、美しいままだ。たいていは、下から見るとブスになるというけど、そんな事はない。
高い鼻はツンと前に突き出ており、桃色の唇はぷっくら。
運動帰りのため、メイクはしていないが、スッピンでもこれだけ強烈な美貌を持っている。というか、メイクは必要ないだろう。
お嬢様はオレの肩に顎を乗せて、脂ぎった頬肉を摘まんでくる。
本当に17歳か、と疑うくらいには、色気があった。
「……可愛い」
年甲斐もなく、言われた事のない褒め言葉でドキドキしてしまう。
ただ、冷静に考えると、不細工な小デブのオッサンがときめいてる姿は、我ながら気持ち悪くて仕方ない。
それを思えば、すぐに妙な考えは引っ込んでいく。
「きっと、生まれ変わったのよね。わたくしに会うために、会いに来てくれたのよね」
こえぇな。
ヤンデレみたいだ。
ツンデレ+ヤンデレの融合って、何ていう属性なんだろうか。
未知の属性を持つお嬢様にオレは困惑してしまう。
「……む」
顔が近づいてきて、視界には額がドアップで映った。
「―――」
何をされたか、一瞬分からなかった。
頬には湿っぽい感触が辺り、顎には吐息が直で吹きかけられる。
これが、キスってやつか。
恥ずかしながら、生まれてこの方、そういった経験がないから訳が分からなかった。
家族に対するキスの仕方ではない。
空いた手で禿げ上がった頭を撫でられ、もう片方の手は、手の甲を握られる。
包み込むような、愛情を隠し切れないキス。
オレは思った。
やっべぇ。
女子高生にキスされてる。
「……ん~~~~~……」
しかも、長い。
このまま寝ちゃうんじゃないか、ってくらいにお嬢様が動かなかった。
「ぱ~ぱ♪ ……んむ」
芋虫みたいに唇が動き、頬から徐々に口の方に目掛けて移動してくる。
これはマズいな。
そう思ったオレは、全身を使って寝返りを打ち、ソファに顔を埋める。
「……意地悪」
ダメだ。
年端もいかない女の子に妙な気持ちを抱くんじゃない。
自分に言い聞かせつつ、自分に対して極端な暗示を掛ける。
鬼畜米英。
鬼畜米英。
ブリカスぅ。
「一緒に寝ちゃおっかなぁ」
ダメだ。
意地の悪さは、圧倒的な美貌と愛情が混ざる事で、別の何かに変わってしまう。
普段のツンケンしている時より、何倍も可愛かった。
異性を狂わせるくらいに、甘ったるい。
「お、お嬢様」
「っ⁉」
「何をしてるんですか!?」
「別に。何でもないわ」
心臓が破裂しそうになっていると、褐色の救世主が現れた。
強い言い方で咎められると、ムッとした口調でお嬢様が言い返す。
「お嬢様。父上は亡くなったのですよ」
「知ってるわよ」
「だったら、この男に妙な真似はしないでください」
「してないわよ!」
「いいですか? この男は、性犯罪者と同じです」
寝たふりをしながら、永眠しそうな勢いで傷ついてしまう。
何もしてないのに性犯罪者とは、これいかに。
「ブタと猿を融合した失敗作が、この男ですよ。クリーチャーに対して、愛情を示すなんて正気の沙汰ではありません!」
お前……言い過ぎだろ……。
てっきり、お嬢様は賛同してオレを傷つけてくるのだとばかり思っていた。ところが、事態は予想外の方向に向かったのだ。
「わたくしが誰を好きになろうが勝手でしょうが!」
大塚ゴロウ。
40歳を超えて、初めて異性から好意を寄せられた。
くたびれた青春時代を送ってきた手前、失神しそうだった。
「だーかーら! この男は父上ではないんですよ。お分かりですか?」
「ええ。知ってるわ」
「だったら……」
「やっと、一つになれるじゃない」
「おぉっほぉ」
ライリーさんが、出しちゃいけない声を漏らしてしまう。
「け、結婚をお考えですか?」
「それは無理ね」
「……ほっ」
「でも、わたくしだけの物にすることは可能よ。これなら、資産を奪われずに済むし、わたくしが死ねば、この男は共に死ぬわ。ふふ。ライリー。18になったら、子供を産むわ。その子を養子として受け入れるから、本家に伝えなさい」
「……ちょ」
何だか、とんでもない話になってきた。
ヤバい事態なのは分かっているが、オレはモテた事が嬉しくて、一人でのん気に喜んでしまった。が、すぐに正気に戻った。
オレが目を覚ましたのは、20分後だった。
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