写真の男

 オレは掃除用具を持ち、お嬢様の部屋に入った。


「おいおい。どこのお姫様だよ」


 何と言えばいいのか。

 お嬢様の部屋は二階にある。

 この二階の半分を自身の部屋にしているのだ。


 どういう訳かと言うと、まず部屋の端から。

 青いスモークの掛かった半透明なガラスがびっしりと並んでいる。

 その奥には、ベランダがあり、外には長方形の池があった。

 池の前には白い椅子が置かれており、ベランダの床には緑が植えられている。そのため、目の前は山の斜面だが、ちょっとした造園の空気を感じられ、緑に囲まれてゆったりとできる事が窺える。


 中に入ってくれば、白い絨毯の上に並ぶ超長いソファ。

 ベッドを縦に二つ、三つは並べたくらいか。

 アーチ形に並べられており、目の前には真っ白な壁。

 よく見れば、スクリーンになっており、映写機の光が当たるように位置を調整されていて、天井に機械が埋め込まれている。


 その手前には、キングサイズ以上のベッド。

 しかも、カーテン付き。


 さらに、手前にはカウンターがあり、中には細長いタイプの冷蔵庫があった。棚には、ワインボトル? のような瓶が並べられており、17歳の住む部屋ではなかった。


「こ、これ、……どう、掃除すれば……」


 実は、「部屋に入らないで」と言われているため、お嬢様の部屋に入るのは今日が初めて。

 ライリーさんも同じく。

 オレがうろつくのは、廊下だけだ。


 戸惑いながら、部屋の中を見回し、怪しい所がないかチェックする。


「く、くそぉ。寛いでみてぇなぁ!」


 セレブくらいになると、「女の子の部屋かぁ」といった感想が失せる。

 あまりのラグジュアリー感に、寛いでみたいというのが本音。

 肩身を狭くして、大事なものを抱えるようにホウキを抱きしめてしまう。


 ベッドの前まで来ると、オレは枕もとの壁に目が留まった。


「……誰だ?」


 見るからに、脂ぎった顔面。

 白人でありながら、浅黒い肌。

 頭は禿げ上がっており、日光が反射している。

 体型はデブ。

 小さな力士みたいな男の写真が、壁にデカデカと貼られていた。


「いや、……待て。これは……」


 上半身だけでベッドに仰向けになり、天井を見上げる。

 白い天井には、同色でありながら、何かが書かれている。

 それは壁に貼られた写真の男だ。

 あどけない笑顔でダブルピースをして、汚い笑顔を振りまいている。


 同じ白でも、色の濃さが違うので、模様がちゃんと浮かびあがってるわけだ。


「許嫁? いや、でも、こんな汚い奴。若い子が好きになるわけないよなぁ。……そもそも好きかどうかで、結婚相手決めないだろうけど。……いやぁ、でも、これはなぁ……」


 ぶっさいくな男なのだ。

 オレからすれば、まるで自分の生き写しを見てるみたいで、気持ち悪かった。


「――何してるんだ、お前」

「っ⁉」


 声がして、ベッドから起き上がる。

 部屋の入口には、ライリーさんが立っていた。

 片手に拳銃を持ち、こっちを敵視している。


「ここは入るな、って言ったでしょう」


 マズい。

 かなり警戒してる。

 話せば通じるような日本人とは訳が違う。

 相手は今にも発砲してきそうだし、慎重に答えないと。


「掃除です」

「早く出ろ」


 言われるがままに、オレはホウキを抱え、部屋の外に出る。

 吹き抜けから階下を見下ろせる位置まで来ると、ライリーさんが腰当たりで銃を構えた。


「何をしていた?」

「気色悪い男の写真を見てました」

「……お前」


 つい、本音を漏らしてしまった。

 だけど、ライリーさんは怒る風でもなく、戸惑っている感じだ。


「それをお嬢様の前で言うなよ」

「どうしてです?」


 汗が額から落ち、目に入る。

 慌てて目を擦ろうとしたら、「動くな」と脛を蹴られる。

 かつて、味わった事のない緊張感が漂っていた。


「あの方は、お嬢様の父上だ。侮辱すれば、お前を殺さないといけなくなる」


 侮辱なんてしていない。

 本当に、ブサイクなんだ。

 こんな人間が生きていていいのか。

 そう思えるくらいには、ブサイクだった。


「何も盗ってないだろうな」


 ライリーさんがボディチェックをする間、オレは両手を挙げて、ジッと我慢した。取り出されたスマホは床に投げられ、煙草は吹き抜けから落とされ、散々だ。


「今日のことは、お嬢様に報告する」

「待ってくれ」

「いいや。ダメだ。不審過ぎる」


 この褐色め。

 いや、褐色は好きだけど。

 うまく悪口が思いつかない。


 何か、言い訳をしないと。


「オレは、……ただトイレを探していただけだ」

「トイレは風呂場の近くにあったでしょうに!」

「違う! 二階のトイレに興味があったんだ! 一階じゃダメだ。緊急時にすぐ用を足せるように、自分の職場を把握しておくのは、当然じゃないか!」


 振り返ったオレは、一歩も譲らないという覚悟で、ライリーさんを睨んだ。彼女は、「え?」と眉間に皺を寄せて、ひたすら困惑していた。

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