計画

 ライリーさんがお嬢様を送っている間、オレは館の掃除。

 館には監視カメラがそこいらに仕掛けているので、悪さはできない。

 やろうとも思わないが、現地の人間をいかに信用していないかが窺える。


 館は二階建て。

 部屋の数は普通の家に比べて多いが、アニメに出てくるような宮殿紛いな館じゃない。

 外観は小さいながらも品格のある作りになっているし、中は広い所と狭い所が点在。


 まあ、旅館みたいなものだと思えばいい。

 お風呂掃除をしていたオレは、周りを見る。

 風呂場の広さは20畳半といったところか。

 大きな浴槽があり、壁にはシャワーが三つほどついている。


 中にはラックがあり、色とりどりの瓶が並んでいた。

 たぶん、洗剤だろう。

 市販で売っているものもあれば、見た事がないものまで置いている。

 ラベルを見ても、全部が英語表記なので分からない。


 シャワーの所にある蛇口にホースをはめて、タイルを洗い流す。

 その時だった。

 スマホが震え出し、一旦洗うのを止めた。


「はい」

『ゴロウちゃん。大変だよ』


 電話の主はジョンくんだった。


「なんだよ。何かあったのか?」

『何で、俺たちが町の調査を依頼されたか分かったんだよ』

「えぇ?」

『工場だよ。町一つ分の工場を作るんだ』

「……なんだって?」


 ジョンくんの話によると、工場地帯を作る計画が公表されているらしい。町にできる工場は、半導体の工場。――外国資本だ。

 挙句に宇宙開発事務局の支店(これも外国資本)が作られる。

 ロボットやら、何やら、大から少までの工場が町にできるのだ。


 そこから出てくる莫大な利益は、一億なんて霞んで見えるほど。


「な、何で分かったんだ?」

『日本向けには公表してない。こういうのは、英語圏の方にアクセスしないと分からないんだ。半分隠して、半分本当の事を言ってる』


 つまり、英語ができなかったら、知り得ない情報ってことだ。

 日本の方だけ見てれば、何が起きてるか分からないものな。

 そこで英語圏の人間であるジョンくんが調べたおかげで、何が起きているのか、やっと分かったわけだ。


 話を聞いたオレは、両足から力が抜けそうになった。

 壁にもたれ掛かり、額を押さえてしまう。


「どうすりゃいいんだ。家を追われたら、みんな行く当てがなくなっちまう」


 これは本当の話だが、金だけ持たされて、長年住んでいた場所を追われる、なんてことが九州の辺りであったらしい。

 金はすぐに入らないし、入るまでの間は、宿無し。

 金の数字だけ見ればニヤけるだろうが、とんだ間違いだ。


 住んでる場所を追われるって事は、地域との繋がりを断たれて、仲良くしていた奴らとも疎遠になる。


『工場地帯の計画を企てているのは、……リヴァ・ガトウィック。つまり、ゴロウちゃんの雇い主だよ』

「ま、まだ子供だぜ?」

『小学生でも能力とか資質があれば、会社を作れるんだよ。そういう時代なの』

「……おい」


 どうりで、住んでる人間やら地図に載っていない細部まで調べさせるわけだ。オレの頭には、昔の日本でダム反対を叫ぶ住民の姿が浮かんだ。


「ジョンくん。この件はこっそりと住民のみんなに教えてくれ。時間は掛かるだろう。でも、工場の計画は……。いや、待て。それ、やるのって、日本の役所知らない訳ねえよな?」

『……買収……じゃないかなぁ』

「嘘だろぉ……」


 現地を管理してる役所が知らない訳がない。

 着工前から話を持ち掛けて、計画ってのは進めるものだ。

 オレの地元は水田が栄えるほど、水が綺麗だから、半導体とか作れないわけじゃないんだろう。


 水田だって、農協なんかに頼らない。

 米を作ったって補助金が出ないから、みんなで直に農家から買って、金を出して生活を支えてるのだ。


 今までの苦労を全て否定するような出来事に、ショックを隠し切れなかった。


「分かった。まず、地域住民に報せないとな」

『プリント作って配布するよ。あ、こっそりね』

「ああ。オレは、こっちでやれることをやる」


 今、オレは親玉の家にいる。

 となれば、計画を邪魔する何かがあるはずだ。


「俺たちは、こんなに苦しくても生きてるんだ。理屈じゃねえよな。中年の根性見せてやろうぜ」

『うんっ』


 電話を切り、オレは風呂場の掃除を放り投げて、館の散策に向かった。

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