旧友
お嬢様趣味。
それは、意外と激しいものだった。
パァーンッ、と遠くにある的を撃つお嬢様。
白を基調としたウェアを上下着用し、芝生の上に寝そべっているではないか。
両手に大型のライフルを握り、スコープを覗く姿は、さながら海兵隊のようであった。
隣には双眼鏡を覗くライリーさんがいて、「ふむ」と頷く。
ちなみに、ライリーさんはガチの軍服を着ていた。
「少し右にずれてますね」
「なによっ! もうっ!」
緑色の原っぱは、まるで波のうねりを固めたかのように、斜面が多い。
元はゴルフ場との事なので、場所はかなり広かった。
今、オレ達がいる場所は、白いハウスの外。
上には小屋根があり、日が当たらないようになっている。
お嬢様が寝そべっている場所には、床板があり、平らだった。
床の上にはマットを敷いているため、腹を痛めなくて済むだろう。
いや、問題はそこではない。
「これ、何すか?」
「射撃って言ったでしょうに」
「射撃っていうか……狙撃っすよ……」
てっきり、クレー射撃でもやるのかと思っていた。
来てみれば、ガチの射撃なのだ。
的までの距離は、軽く1kmを超えている。
双眼鏡を使わないと、的なんてどこにあるか分からない。
「今日は学校でしょう? 行かなくていいんですか?」
パン。
ビクリと全身を震わせて、明らかに誤射をするお嬢様。
すると、顔を上げて、オレを睨みつけてくるのだ。
「学校は、今の時代自由登校なのよ。おじ様」
「へぇぁー……、変わったもんだなぁ」
「何か言う事があるのではなくて?」
「お嬢様って、上手いんですかい?」
「見ての通りよ。というか、そうではなくて――」
「ヘッタクソですよ」
「ライリーぃッッ!」
お嬢様の金切り声が緑の海に響き渡った。
腹の底から絞り出した声は、応援団にも通ずるほどである。
ライリーさんがジッとする。
パチンっ。
大振りのビンタをまともに食らい、ライリーさんは頬を押さえた。
「馬鹿にしないで頂戴!」
「……でも、さっきから、一時間は経ってますよ」
「それが何か?」
「発射数は40発。全部、芝生が吸収してます」
そう。
実は、一時間くらい、同じ場所で緑の海を眺めている。
お嬢様はよっぽど負けず嫌いなのか、「外しましたね」と正直に言われると、ムキになって、ずっと続けているのだ。
「ふふん。100発はいっていないのね。なら、いいわ」
「いえ、あの……」
困惑するライリーさんが真顔で何かを言いかける。
お嬢様は気に留めず、再びスコープを覗いた。
「やれやれ」
オレは椅子から立ち上がり、ハウスの中に入った。
ハウスの中は太陽の明かりが差し込み、明るい。
内装は喫茶店といった感じで、椅子がいくつも置かれており、端にはカウンターがある。
ちなみに、宿泊施設やもっと豪華な休憩所は別の場所にある。
ここはゴルフ場のど真ん中って位置だ。
オレはカウンター前に座り、呼び鈴を鳴らす。
「すいませーん! 水ください!」
カウンターの中には奥行きがあり、スタッフルームがあるみたいだった。中の方からカチャカチャと音がするので、声を掛けてみたが、反応がない。
「すいませぇん!」
パァン。
「何よ、もおおおおっ! 外したじゃない!」
「静かにしてください。お嬢様の気が散ります!」
外から怒られて、「はい」と頷く。
「水も飲めねえのかよ。ったく」
ポケットから煙草を取り出し、一本咥える。
便利屋はともかく、それ以外からは「臭いって」と文句を言われたものだ。
だが、オレはずっと貫き続けて、今じゃ立派なヘビースモーカー。
目の前に漂う煙に目掛け、肺から噴き出した白い煙で、半透明な膜を突き破ってやる。
カウンターの端に置いてある灰皿を取るため、椅子から立ち上がる。
ちょうどよく、奥からは人の気配が近づいてきた。
「あれぁ? 呼びましたかね?」
「あぁ、水を貰おうと……」
煙草を口から外し、振り向く。
そこでオレは意外な人物を見つけてしまう。
「タマオ……」
もみあげが長く、体臭のきついオッサン。
冬でもタンクトップと短パンを貫いた伝説の小学生。
その名も、タマオである。
奴もオレに気づいたのか、ハッとして手に持っていた酒瓶をその辺に置く。
「ゴロウちゃん」
「何だよ。はは。お前、ここに勤めてんのか⁉」
懐かしい旧友に会えて、オレはテンションが上がった。
昔は仲よくしたものだが、高校を卒業すると、一気に疎遠になった。
世間はこれだけ様変わりして、生きづらくもなった。
お互いの事を考える余裕もなくて、自分の生活に飽き飽きしていたが、まさかオレのご主人が運営する場所にいたとは思わなんだ。
「なに。お前、外人嫌いだったじゃん!」
「それがよぉ。聞いてくれよ。ここの雇い主、メチャクチャエロいぜ?」
「おー、なんだい。狙ってんのかい?」
「へっへっへ。バカ野郎。色白に。金髪。爆乳なんだよ。ケツもデカい」
女の子からしたら、近寄りたくない男ナンバーワンだろう。
その話で盛り上がっているオレもまた、女には縁がない。
「んだよぉ。あれだけデモ活動に参加してたくせによぉ」
「バーカ。政治と不良外国人はクソだけどよ。それ以外はアリなんだって。俺ぁ、元から金髪の爆乳が好きだしよ。へへへ」
こんなにくだらない話で盛り上がれるってのは、いいものだ。
裏を返せば、くだらない話でも笑えるくらいに、オレは何かに飢えていたのかもしれない。
「へぇー。で、ここで何の仕事してんだ?」
「おう。管理人よ。芝生やら水撒きやら、メンドくせぇぞ? 熊出たら通報しないといけねえからな」
「熊かぁ」
実は、町内会の仕事で、山に食い物を増やそうって活動をしている。
もっぱら、年寄達を集めて、猟友会の人にも頼んで、山の方に木を植える活動だ。
ブナ科の木を植えて、腹いっぱいドングリを食えるようになれば、クマは下りてこない。昔から、先人にそう言われてきたものだ。
滅多に見ない、というレベルで、クマは下りてこないらしい。
「まだ、そこら中にブナの木植えてる途中だからなぁ」
「つうか、山の開発辞めりゃいいんだよ。クソッタレ。そのせいで、クマが下りてきて食われりゃ、元も子もないぜ?」
「だよなぁ。都会の奴には分かんねんだよ」
「おめぇんとこの町内会にも、ほら。他県からきた人いるだろ?」
「あぁ、滋賀県からわざわざなぁ」
「あの人も向こうで同じこと言ったらよ。金が入らなくなるから、邪魔だって村八分にされたってよ」
「ひでぇもんだなぁ」
生まれた県は違えども、同じことを考える人間は他にもいる。
一部の外国人を交えて、日本の一部で取り組まれている活動だが、オレ達の活動は、プロパガンダみたいなのを叫ぶ連中と違って、本当に地道だ。
むしろ、ギャアギャア叫んで何も変わらない、って事を学び、反面教師にしてるくらいだ。
鬱陶しいしな。
「ゴロウちゃんは、今何やってんの?」
「それがよぉ。聞いてくれよ。山の豪邸あるだろ? あそこのなぁ――」
バン。
勢いよく扉を叩かれ、ビックリして振り向く。
扉の側には、ライフルを担いだお嬢様が立っており、目の下がぴくぴくと動いていた。
「うるさいのよ! おじさん同士で、みっともない!」
「な、なんだい! お嬢ちゃん。来てたのかい?」
「え、するってぇと、この子がお前の?」
「おうよ。雇い主だ」
リヴァがブルブルと震えて、銃口をこっちに向けてくる。
オレは両手を挙げ、カウンターの陰に後ずさる。
タマオも身の危険を感じたのか、カウンターに頭を下げてしまった。
「どうして、中年の男って固まると皆うるさいの!? みっともない話ばかりして! 恥ずかしくないの!?」
「お、お嬢ちゃん。落ち着きなって!」
「そ、そうですよ。ほら。良い子だから」
バン。――本当に撃ってくるんだもの。
弾丸は窓ガラスを割り、反動でお嬢様は後ろに倒れた。
だが、すぐ後ろにスタンバイしていたライリーさんが受け止め、そっとライフルを下げて、取り上げた。
「お嬢様。めっ」
「あなたまでぇ!」
ライリーさんの頬を両手で掴み、ぐりぐりと捏ねまわすお嬢様。
オレ達は落ち着きを取り戻すまで、裏の部屋に隠れて、時間を過ごすのだった。
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