新生活3日目

 奴隷契約を結んでから、オレの生活は一変した。


 まずは、便利屋を退職。

 ジョンくんはキレていたが、所長は手も足も出ない様子で、渋い顔をしていた。

 事情を説明して、外に出れた時に、自警団の仕事を手伝う事になった。

 自警団と町内会の仕事は、自発的にやりたいので、こちらは何とか外に出る方法を探らなくてはなるまい。


 たったの一日で引っ越しの支度をしなければならず、家に帰ったオレはすぐに荷物をまとめる。


 昔に買ったアニメやらゲームの類は、「親子で遊んでくれ」と全部ジョンくんにあげた。


 必要のない家具は所長が軽トラックを運んできてくれたので、所長の家で預かってもらうことになる。


 下着や歯ブラシ。タオルとか。スマホとか。

 必要最低限の持ち物だけを持参し、オレは奴隷としてリヴァの邸宅に移る。


 そして、新しい生活を始める事となったわけだ。


 *


 朝、起きるとオレを出迎えるのは、白い天井。

 白い天井は、同色の文様があり、高級感がある。

 一応、物置として使われている部屋を与えられたオレは、壺や仕切り板、食器などの家具に囲まれて体を起こす。


 物置で12畳半の広さ。

 ベッドは使われなくなったキングサイズの物。

 窓際に寄せて置かれており、首を曲げれば窓の向こうに、山の斜面が見えた。


 もう片方は家具の山ってところか。


「おい、しょ、っと。あー、いって」


 リヴァの奴隷になってから、だいたい3日が経った。

 実のところ、特に何事もなく、生活できている。

 拍子抜けも良い所だが、今まで味わった事のないブルジョワな生活に慣れていない所を除けば、本当に不自由がない。


「今日は……」


 スマホを確認して、スケジュール表を見る。

 デジタルのスケジュール表は、ライリーさんから渡された物だ。

 仕事で言うなら、シフト表みたいな感じ。

 その日に何をやるのか書かれているわけだが、スケジュール表を見る度に、自分の顔が引き攣るのが分かった。


「や、屋敷の掃除って……。メイドさんがやるものだろ。何でオレが……」


 そうなのだ。

 メイドさんと言えば、家の掃除をやったり、ご主人様の身の回りを世話するものが一般的。


 しかし、現代では古き良き? あり方と言うのが、全くない。

 メイドさんでありながら、掃除をせず、主人が学校にいる間は、家の中でスマホを弄ってソファに寝そべり、イメージとは程遠い姿になっている。


 料理くらいは作ってくれるが、それ以外はあまりしない。

 オレがやるのは庭の手入れと掃除、買い出しなど。

 雑用を主にやっている。


 着る服は便利屋をやっている時とあまり変わらない。

 水色の作業着から、灰色の新しい作業着に変わっただけだ。


 着替えたら、早速リビングに向かう。


 今は朝の7時。

 リヴァ、もといお嬢様はソファで寛ぎ、紅茶を飲んでいた。


 オレが来ると、ツンと澄ました顔で言うのだ。


「あら。御機嫌よう。今朝は遅いのではなくて?」

「……はぁ。いつもはぁ、こんな、早く……ぶつぶつ……」

「え? は? 聞こえないわ」


 たったの3日しか経っていなのに、気づいたことがある。

 お嬢様はお嬢様らしく振る舞うが、すぐに口調が乱れる。

 ここは外国の一等地ではないし、通っている場所も海外にあるブルジョワのような上流の学校ではないとのこと。


 それでも、メチャクチャ敷居が高い方なので、お嬢様学校には変わりない。


 何が言いたいかというと、少しだけ庶民化しているのではないか、ということだ。


 オレは尻を掻いて、「コーヒー貰いますね」と冷蔵庫に向かう。


waitウェイト


 何か言っていたが、気にせずに冷蔵庫を開ける。


「ゴロウ。wait」

「お腹ですかい? あぁ、確かに。出てますもんねぇ。メタボなんでしょうね。痩せようとは思ってるんですけどね」

「待ちなさいって言ってるの! 何なの!」


 リヴァが立ち上がり、怒った風にずかずかと近づいてくる。

 ライリーさんは、この間、ボケーっとした顔で突っ立っているだけ。


「あなたね。主人の言う事も聞けないの!?」

「い、いや、だから、お腹って言うから……」

「こ、の……」


 リヴァがブルブルと震え出し、綺麗な顔が怒りに歪んでいく。

 ウェイト、ってお腹って意味だよな。

 たぶん、間違ってはいないと思うのだが……。


「それ、weightの方でしょ。体重って意味よ。バカじゃないの!?」

「あ、あぁ、なるほど。でも、体重を気に掛けてくれたんじゃ……」

「はあ? あなた如き、醜い駄犬の体重をどうしてわたくしが気にしてあげなければならないの? 冗談はよして」

「すいません。英語は分からないので。日本語で」


 一呼吸おいて、またツンとした顔をする。

 身長がリヴァの方が高いので、オレは見下ろされる格好となった。


 目の前に指を突き付けられ、眉間をぐりぐりと押される。


「待ちなさい、って言ってるの」

「……はい」

「今日は射撃場に行くから。あなた。ついてきなさい」

「射撃場?」


 海外に行くって事だろうか。


「オレ、パスポート持ってないですよ」

「バカじゃないの? 日本から出るわけないでしょう。近場にあるの」

「あったかなぁ」


 すると、ライリーさんが眠そうな顔で教えてくれる。


「元々、ゴルフ場だった場所をお嬢様が買ったんですよ。近所の方々と共有して使っているので、収益も良きです」


 金持ちってすごいな。

 欲しいものがあったら、何でも金で買えちゃうんだもんな。


「準備なさい」


 ぷりぷりと怒ったリヴァがソファに戻っていく。

 準備しろ、とはいうが、本人は優雅に紅茶タイム。

 落ち着きが良いというか、時間の経過が庶民とは違うようだった。

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