呼び出し
翌日。
昼過ぎに帰ってきたオレは、ジョンくんと一緒にタブレットをポチポチと操作していた。
「依頼内容は、地域住民の把握か」
町の地図がタブレットには表示されている。
地図に印をつける作業で、人が住んでる場所には赤い印。
住んでいなければ、青い印。
不明の場合は、グレーの印。
区画の端から端まで歩き回り、印をつけないといけない。
ジョンくんはパソコンで町の全体図を確認し、歩き回るルートを計画している。
「あの人たち。イングランドの人だねぇ」
「インク?」
「イングランド。あー、イギリス」
オレには、ジョンくんの言いたいことがサッパリだ。
というか、同じ英語にイギリスだの、アメリカだの、違いがあるのかどうかすら分からない。
「何で分かったの? 建物に、国旗とかあったっけ?」
「英語のアクセントで分かるよ。なんかね。日本人が英語喋る時、どっちかっていうと、アクセントがイギリス寄りなんだよね」
「……へぇ」
「イギリスだと、水の発音って、ウォーター。ボクだとね。ワーラー」
「分かんねえなぁ」
ポチポチと印をつけていき、一通り作業を終えた。
「で、イギリスの人だと何なのよ」
「プライドがねぇ。ちょっと高いというか」
「へえ」
まあ、見た目通り、気が強いお嬢さんではあったが。
昨日見た綺麗なお嬢様の姿を思い浮かべて、オレはふと思うのだ。
同じ日本人の友達と外国の人との付き合い方について話していた事を思い出した。
外国の人は、イギリスだろうが、フランスだろうが、どれも似たようなもので、変な所でプライドが高い。
だから、オレや友人は大事なことはハッキリと言おう、と決めた。
それ以外では、対立する意味がないので、謙虚が美徳の日本らしく、相手を立てて、自分の気持ちはグッと押さえようか、と話したのだ。
ジョンくんの話では、イングランドは相当プライドが高いらしいから、また会うときは言葉に気を付けなければいけない。と、オレは自分の中で戒める。
「あの敷地は、初めて行ったけど。そっか。イギリスも移民でヤバいもんね」
ジョンくんは、何かを察したのか。
うんうん、と頷いていた。
「イギリスはどんな感じなんだろう」
「インド人とか、中東系が半端ない。ロンドンですら、ヤバい」
「……日本と同じって事?」
「いやいや。日本よりヤバいよ。だって、今じゃ半分はイングランドじゃないもん。アメリカなんて、暴動は日常茶飯事よ。だから、まあ、逃げてきたんだけど」
相変わらず、世界は混乱しているのが、ジョンくんの一言で分かる。
「まあ、なんだ。今は、ジョンくんも町の住民だ。仲良くやっていければ、オレはそれでいいよ」
「はは。そう言ってくれると、助かるよ」
今から昼休憩に入って、飯でも食べようかな。
なんてことを考えた矢先のことだ。
コンコン。
ドアがノックされ、所長が渋い顔で入ってきた。
苦い顔でため息を吐いて、オレの方に近づいてくる。
「ゴロウくん」
「どうしました?」
「昨日、依頼で行った人がね。何か、クレームつけてきてるんだよ」
「……クレーム?」
空いた席に座り、所長が手に持っていた電話の子機を渡してくる。
子機と所長を交互に見て、最後にジョンくんを見た。
「刑事事件に発展する、なんて言われたから。本当は代わりたくないけど。仕方ないよ」
子機を受け取り、電話に出る。
「はい。代わりましたぁ。大塚ですぅ」
『あぁ。昨日のデブね』
汗だくでこっちを窺うジョンくんを見つめる。
顔は「どんな感じ?」と書いていた。
「ご用件は何でしょうか?」
『これから、家に来て。警備員には伝えておくから』
「えぇ、いやぁ、でもぉ……」
『何よ。文句あるの?』
あるに決まってんだろ。
オレはこれから飯を食いたいんだよ。
ふと、電話の主の顔が頭に浮かぶ。
この生意気な口調と態度は、リヴァって子だろう。
電話の向こうでツンケンしてるのが、声だけで分かる。
『昨日、わたくしの胸を触ったでしょう。裁判を起こしたっていいんだから』
てっきり、気にしてないかと思っていた。
向こうでは、ボディタッチとか盛んなのかな、と勝手に想像していた。
だけど、リヴァはちゃんと覚えていた。
それどころか、脅しの材料に使ってきた。
『わたくしのお家。カメラがあるのよ』
「と、トイレには、ないでしょう」
『バカね。廊下のカメラに映ってるの。問題にされたいの?』
今の日本じゃ、外国の人間に裁判を起こされたとして、日本人じゃ勝ち目がない。カラスが白いと言えば、白になる。
おかしい世の中だが、そういう時代なのだ。
『どうなの? もう待ってあげないわよ』
「わ、分かりました。行きます」
『返事が遅いのね。これからは、もっと早く答えなさい』
ガチャ。
乱暴に電話を切られ、オレはそっと子機を所長に渡す。
「な、何だった?」
「今から来いとさ」
「お、俺も行くよ」
「いい、いい! 大丈夫。変な要求してきたら、すぐに断るから」
ジョンくんは、本当に純粋で良い奴だ。
あんだけ無茶な目に遭っておきながら、ついてくるって言うんだものな。
相手が何を望んでいるのか分からないが、こっちは仕事をしてるんだ。
「大丈夫か? 嫌なら、行かなくていいんじゃないか? まあ、刑事事件にされたら、……うぅん」
所長は引き留めてくれるが、時代が時代なので、強く出れない。
オレは精一杯の笑顔を作り、「大丈夫ですよ」と言った。
どんな要求をされるか分からないが、小娘に舐められちゃ困る。
ハッキリと言う時は、言わないとな。
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