破格の依頼

 依頼のあった場所へ向かったオレ達は、度肝を抜かれた。

 オレが野鳥の調査を行っている時にも、住宅街の入口には堅牢な門が設置されていた。


 今では、バージョンアップしている。

 門の上には二つのカメラが設置していた。

 門の側には、警備員が常駐する小さな小屋。


 呼び鈴があるので、押してみた所、オレ達を出迎えたのはライフル銃を持ったおじさんだった。


 車の中を隅々までチェックされた後、オレとジョンくんは、ブルブル震えながら開いた門の向こうに通される。


 前と後ろには、バイクに乗った警備員が付いてくる事となり、依頼のあった館まで行く事になった。

 着いた先は、広い庭を持つ豪邸。

 敷地の外には高い柵。

 こちらの門にも、カメラがあり、インターホンがあった。


 早速、ジョンくんがボタンを押すと、インターホンから声がした。


『はい』


 あ、日本語なんだ。

 なら、オレでも大丈夫かな。


「ご依頼を受けてきた、竹田屋ですけどぉ。こちらのお宅で間違いないでしょうか」

『少々お待ちを』


 後ろを振り向くと、オレ達を警戒していた警備員が頷き合い、来た道を引き返していく。

 どうやら、本当に依頼があったのか、疑われていたみたいだ。


 門の鍵は、向こうで開くタイプみたいだ。

 少し間を空けて、鍵の外れる音がした。

 半開きになった門を押して、オレ達は中に入る。


「すっげぇなぁ」


 片方を見れば、アーチ形のフェンスが等間隔に並び、向こうには白いテーブルと椅子が見える。

 フェンスには植物の蔦が絡まり、両側には薔薇の花が咲いていた。


 もう片方には、柵に沿った形でキンモクセイが連なっている。

 形は角ばった風に整えられており、広い庭の中にはイチイの円筒造形物がポツポツとあった。


 小池まであり、日本庭園とは違い、魚が泳いでいない。

 綺麗に透き通った水は、よく見れば細い水路を流れて、反対側の方にまで流れているようだった。


「オレらみたいな三流が手を出したらマズいぞ」

「う、うん」


 整えてくれ、という話だが、整えるほど目立った枝木はない。

 芝は綺麗に刈られているし、手を付ける所がなかった。

 あまりジロジロ見るのも難なので、オレは奥にある館の玄関にまで歩いていく。


 小さな階段を上り、玄関の前に立つと、今度は玄関の扉が独りでに開いた。


 たぶん、入ってもいいってことだよな。

 ジョンくんと顔を見合わせ、オレ達は玄関を潜り、中に入る。


「お待ちしておりました。さ、中へどうぞ」


 メイドさん、だろうか。

 イメージと違った格好の女性が立っていた。


 露出した両腕は褐色をしていて、赤毛の髪は後ろで一つにまとめている。恰好は赤いシャツとジーンズと言った出で立ち。

 その上にエプロンを着用していた。


 全体的に冷めた雰囲気で、オレらを見る目がどこか厳しい。

 張りのある声をしており、何だか緊張してしまう。


 あと、気のせいか女性にしては、腕が若干筋肉質な気がするのだ。

 引き締まっている、と言えばいいのか。

 背筋もピンとしており、オレらのようなだらしない中年とは違う。


 女性に言われて、オレ達はヘコヘコと頭を下げた。


「あ、はい。お邪魔します」

「しゃす……」


 中は見た事もない豪華絢爛な造りだ。

 白と黒の二色を基調としたモダン風の内装。

 アニメで見るような中世風ではない。


 至って現代的であり、中はガラスの空間が多かった。

 白い床の上には、赤い絨毯が敷かれており、左右の通路に伸びている。

 目の前には、上へ続く階段があり、吹き抜けになった廊下が左右に分かれている。


「こちらへ」


 女性の後について行き、一階の廊下を歩いていく。

 家の中は照明を点けていないが、明るかった。

 ガラス張りの空間が多いので、外から差し込む日光が暗闇を透かし、明かりを不要としているみたいだ。


 付いて行った先は、白の多い空間。

 リビングだろう。

 L字の大きなソファがあり、山の風景を眺められる位置にあった。

 吹き抜けになった二階の廊下は、リビングへ通じているらしく、階段が見えた。


 そして、吹き抜けの真下には、ダイニングがあった。

 椅子は二つ。

 綺麗に片づけられており、やはり品性を感じてしまう。

 オレの家と違って、リビングにはテレビがないし、インテリアの数も少ない。


 オレはソファに座るよう促され、ジョンくんと一緒に腰を下ろす。


「紅茶をお持ちします」

「あ、お構いなく……」


 どう見ても、話しと違うよな。

 庭の手入れ?

 三流のオレだって気づくぞ。


 少しでも庭師の知識や経験があれば、分かってしまう。

 必要のない所に手を加えると、かえって草木っていうのは崩れてしまう。


 花や木が枝を伸ばした後の事も考えて手をつけるし、枝を切って、幹の部分に日の光が当たるように考えて切らないといけない物もある。


 この家は、ほとんどが整備されている。

 まだ見ていない館の裏側なら、山を背にして建てられている分、斜面の方から背の高い植物が侵入していそうだが、オレらに頼むほどの事じゃない。


 紅茶を運んできた女性は、斜め前に座る。


「申し遅れました。ワタシ、ライリー・メラノという者です。代わりに家を預かっていますので、何かお困りのことがありましたら、ワタシにお尋ねください」


 ツン、とした目つきだった。

 オレは「はい……」と頭を下げ、早速帰りたくなった。


「あ、あの、ライリーさん」

「なんでしょう」


 気になっていた事を早速尋ねることにした。


「恐縮なんですけどぉ。どうして、ボクら呼ばれたんですかね。いや、庭を軽く見させてもらいましたが、手を付ける場所がなくてですねぇ」


 ジョンくんは汗の掻き過ぎで、スキンヘッドの頭が光沢を帯びていた。


「あぁ、その事ですか……。ええ。必要なくなりました」


 何言ってんだよ。

 だったら、何で呼んだんだ。


 なんてことを口に出すほど、オレは子供じゃない。

 ぐっと堪えて、必死に言葉を探す。

 周りに目を向けていると、ライリーさんが言った。


「代わりに、別の依頼がありまして……」

「別の、依頼ですか」

「ええ。町の正確な見取り図が欲しいのです。役所に相談した所、断られてしまいまして」


 今の日本は、色々とカオスだからなぁ。

 オレが住む地元の役所は、数年前まで「外国人ウェルカム」だったが、今となっては完全に警戒モード。


 融通の利く役所だったが、ジョンくんのように、しっかり貢献して、オレのような知り合いがいない外国人は、相談を受ける事が難しくなっている。


「お言葉ですが、それこそ興信所やら、信頼できる方に依頼した方がよろしいかと」

「仰ることは、ごもっともです。ですが、町をよく知る方でなければ、正確な見取り図は作れません。この町は、山を下りたら水田が多く目立つ。水田の先には雑木林。かと思えば、海が近くにある。地理を把握したいのです」


 詮索するな、と言いたげに目つきが鋭くなっていた。


「報酬は弾みます」

「は、はあ。いくらくらいでしょう?」

は下りません」


 ――おい。


 背筋がヒヤッとした。

 ジョンくんは白目を剥いて、顎をブルブル震わせている。

 こんな依頼――受けたら――。


「あのですね――」


 オレはハッキリと物を言った。

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