オレの日常
外国人保護法――制定。
それに伴う侮辱罪の適用。
一部地域、外国人参政権――制定。
日本国内にて、治外法権の地域リスト。
『北海道。宮城(一部地域)。新潟。東京。神奈川。千葉。長野。大阪。京都。岡山。愛知。熊本。沖縄など。現在拡大中』
未だに「日本は平和」と笑っている日本人が多数いる。
全国各地では、外国人の犯罪が激化。
起訴率は、日本人よりやや高いが、すぐに釈放されるために何度も犯罪がやり放題。また、治外法権に逃げ込まれると、日本の法律が適用されなくなるため、泣き寝入り。
世の中、いつからおかしくなっちまったんだか。
「ゴロウちゃん」
「んお?」
世の中は狂っているし、日本がここまで酷い有様になっていても、オレは希望を捨てていない。というか、物騒な外国人は全体の6割に及ぶが、4割も普通の人がいてくれる。
事務所の狭いスペースでお茶を飲んでいると、普通の外国人であるジョンくんが、ニコニコとして話しかけてきた。
「今年の祭り。絶対に成功させようね」
「ああ。もうそんな季節かぁ。夏だもんなぁ」
ネガティブな方向に目を向ければ、肩を落とす。
だが、ポジティブな事を自分から行い、作っていく事で、できた絆。
ジョンくんは、アメリカに住んでいたが、内戦が拡大し、家族と一緒に日本へ越してきたのだ。
町内会では、何度か見かけたが、隅っこで話をじっと聞いていたり、懇親会でも浮いてる感じだった。
オレは元々根が暗くて、話しかけられるような性格じゃない。
でも、何か違うことをしないといけない。って、勇気を出し、何度も自分から飲みに誘ったり、相手の事を聞いてみた。
そしたら、いつの間にか親しくなり、友達と呼べる存在になっている。
見た目はスキンヘッドの身長2mがある白人男性。
笑みを浮かべると、頬には小さな皺が寄るナイスガイ。
座ったパイプ椅子は、メキメキと音を立てている。
「そういや、ジョンくんが屋台やってる、あれ。フランクフッド?」
「フランクフルト?」
「おぉん。子供たちからはすっごい人気だからね。オレも食べたいくらいだよ。ははは」
ジョンくんは照れ臭そうに笑い、後頭部を擦った。
実際、この人のおかげで進展した所はあるのだ。
例えば、英語しか話せない人と元々町に住んでいた人が交流する際、パイプ役が必要になる。町で過ごすときのルールとか、そういうのを説明する時に、ジョンくんは大活躍。
まあ、二人でもっと馴染むにはどうしたらいいか、という話し合いを重ねた結果が、功を奏したと言えるだろう。
整備工場で働いて、朝早くから子供の見送り。
今では、ずば抜けた体力に頭が上がらない。
世間だけ見れば、本当に絶望的な世の中だ。
でも、オレが希望を捨てきれないのは、違う所も見てるからだ。
自分で動いている以上は、希望を捨てちゃダメだ、と気持ちを意地でも抱いている所もある。
オレ達は好きなアニメの話をしたり、子供向けアニメのお面とか、夏祭りに売ろうって話をして盛り上がった。
コンコン。
オレ達が談笑していると、休憩室のドアがノックされた。
「おーい。ゴロウちゃん。ちょっといいか?」
「あ、はい。どうしました?」
所長が困ったような顔で中に入ってきた。
70歳のじいちゃんで、現役でバリバリ働く所長は、水道設備やボイラーの修理ができるため、事務所にいる事が少ない。
だから、オレは珍しいなと思っていた。
「なんかさ。山の方から、庭の手入れしてくれって頼まれたんだけど」
「山ですか?」
ジョンくんが顔をしかめて言う。
「山って、あそこ治外法権になってませんでした?」
まあ、買い取られた土地には、外国の法律が適用されるわけだ。
無茶苦茶だけど、日本の国会で法律が通った以上は、どうしようもなかった。
オレの住んでいる町から、山の方に向かうと、確かに外国人の住む住宅街がある。元は牧場があった場所なのだが、今では平地にされて大きな家が建っている事で有名だった。
住んでいる人は富豪か何かだろう。
絵に描いたような館ではないが、小さな館がいくつも点在していて、敷地内には専用の発電施設まであるくらいだ。
車で通る事もできないので、近場で木を伐採したり、町内会の仕事で野鳥の調査を行ったりした時に見かけたくらいか。
敷地の入口辺りで野鳥を見ていた時、中から人がきて怒られた記憶しかないので、オレはあまり良い印象は持っていない。
「そうなんだよなぁ。ウチの事務所、ジョンくんしか英語話せないからな」
「何なら、ボク行きましょうか?」
ジョンくんは、こういう時積極的に声を上げてくれる。
本当に頼もしい限りだ。
「うん。そうしてくれるとありがたいな。でも、一人で行かせるわけにはいかないから、ゴロウちゃん。ジョンくんと二人で庭の仕事行ってくれるかい?」
「はい。……分かりました」
オレ達三人の間には、変な空気が流れた。
さっきも言ったけど、山の方にある住宅地は金持ちが住む場所だ。
オレ達みたいな小さな事務所より、専門職の人に依頼した方がいい。
まあ、オレが住んでる場所は、超田舎なので、都会から呼ぶ必要があるのだが、金持ちにはそれくらいの費用は屁でもないだろう。
「じゃあ、明日……」
「ゴロウちゃん。ごめんな。先方が今から来てくれって」
「えぇ?」
ジョンくんと顔を見合わせる。
とんでもない我がままだった。
所長が折れるって事は、相当粘られたのか。
「……何か裏があるんじゃないですか?」
「んー……」
所長は顔をしかめて、首を傾げていた。
便利屋の辛い所は、専門職とは違って、休憩時間がなくなる点か。
場合によっては、深夜に動くこともある。
というのも、都会とは違って、ウチの便利屋は地域のお年寄りのお手伝いが主な仕事だ。
地域密着型、って言えばいいのやら。
お年寄りが多い田舎なので、お客さんはじいちゃん、ばあちゃんがほとんど。
顔馴染みが多いし、こっちだって親切にしようって気持ちがあるから、深夜にだって働ける。
ところが、こんな無茶な要求をされたら、モチベーションなんて上がるわけがない。
「とりあえず、行ってきますよ。ウチは専門職じゃないから、一級品みたいにはできないってジョンくんにも伝えてもらいます」
「おぉ。気を付けてな」
何だか、不安しか募らない。
天井に頭をぶつけたジョンくんだけが、ちょっとした癒しだった。
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