大好きな乙女ゲームのヒロインに転生しました

藤浪保

大好きな乙女ゲームのヒロインに転生しました

 ある朝、目が覚めたら、長い長い夢を見ていたような感覚があった。


 そして思い至る。それが前世の記憶だということを。


 どうやら私は、大好きだった乙女ゲームのヒロインに転生していたらしい。もうすぐ私が入学する学園が舞台のゲームだ。


 ハマりすぎて、全攻略対象のルート制覇はもちろんのこと、隠しヒーローも攻略したし、バッドエンドすらも全て見た。メディアミックスの小説も読んだし、イベントで公開された裏設定だって知っている。


 この世界がゲームの通りに進むのだとしたら、攻略するのは楽勝だろう。


 たとえミスったとしても、バッドエンドはヒロインが死んだりするほど大変なものじゃない。一番悪かったとしても留年が確定するぐらい。


 そして、乙女ゲーム転生にありがちな悪役令嬢の存在もいないのだ。小説や漫画のせいで「乙女ゲームといえば悪役令嬢」みたいな共通認識があるようだけれど、多くの乙女ゲームには悪役令嬢なんて存在しない。このゲームも攻略対象は全員フリーだ。


 ヒロインである私は男爵令嬢で、最初はあまりいい扱いはされないけれど、勉強と魔法の訓練を頑張っていれば、そのうち尊重されるようになる。実力があれば身分差も越えられて、高位貴族や王族との結婚も可能な世界だ。私はどうすればレベルが上がりやすいのかもよく知っている。


 すごく自分に不利なことがあるわけでもなく、大好きなゲームの世界を満喫できるのだから、この転生は私にとって幸運でしかない。


 私は学園生活を思いっきり楽しもうと決めた。


 


 * * * * *



 入学前に決意した通り、私は学園生活を思いっきり楽しんだ。充実した三年間だった。


 ゲームの知識だけではなく、二度目の学生ということで、色々なところで経験が役に立った。効率のいい勉強の仕方とか、人間関係を上手くやるとか。


 お陰で成績は次席だし、生徒会にも入れた。ゲームでヒロインが入る設定はなかったが、現実では入れた。攻略対象がたくさんいて、とても楽しかった。



 そして迎えた卒業パーティで、私は隠しも含めた攻略対象全員に囲まれていた。


 そろいも揃ってキメにキメた最高の装いで膝をつき、私に向かって花束を差し出している。


 卒業パーティで異性に花束を差し出すのは、ゲームではハッピーエンドの演出で、具体的には求婚を意味していた。


 つまりは完璧な逆ハーレムルートの完成なわけだけれど――。


「ええと……」


 ――私はとてつもなく戸惑っていた。


「これは一体……」

「みな、そなたとの婚約を望んでいる」


 答えたのは、一番身分の高い王太子殿下だった。


「そなたは誰を選ぶ?」

「誰を選ぶって……」


 こちらをじっと見ている面々を見回す。とにもかくにも顔がいい。


 だが。


「申し訳ないですが、私は箱推しです」


 そうなのだ。私は箱推し――つまり、ゲーム全体を推している。


「箱……なんだって?」

「私は皆様を大変素敵な方々だと思っています」

「ならば――」

「だからこそ、誰か一人を選べとか言われても無理です」


 攻略対象全員が好きなのであって、特定の推しはいない。だから誰も選べない。


 私の発言に、王太子殿下を始めとして、その場の面々は虚を突かれたような顔をしていた。


「つまり一番身分の高いわたしと婚約して、残りは愛人……」

「んなわけないでしょう!」


 しれっと自分が夫になろうとしているし。


「大体、皆様と私はそんな関係ではありませんよね? お友達であり、先輩後輩であり、教師と生徒の間柄です。このように、個人間で婚約を申し込まれるような何かがあるとはとても思えないのですが」


 家を通じての婚約ならわかる。学園でこれだけの成績を修めたのだから、我ながら前途有望だ。家門に引き入れたいという家はあってもおかしくない。しかし今行われているのは、個人から個人への告白であって、恋愛感情ありきの申し込みだった。


 そしてその肝心の恋愛感情の方なのだが、彼らが私に対して抱いているはずがない。


 なぜなら――私は誰のルートにも入っていないから!!


 そう、ゲームの攻略情報を完全に覚えている私は、のらりくらりと全てのフラグをかわし続け、最も被害の少ないノーマルエンドへと突き進んでいた。


 逆ハールートなんか絶対にあり得ないのだ。


 とはいえ現実はゲームとは違うのだから、シナリオとは全然違うところで私が彼らの琴線に触れてしまう可能性はなきにしもあらず。


 万が一にもそんなことにならぬよう、私は慎重に動いた。三年間、共に過ごす時間は結構あったが、身体的接触は避けたし、プライベートには踏み込まないようにし、二人だけになるような状況も作らず、友人としての「いい人」ポジションを守り抜いた。


 もちろん、彼らからそれっぽい雰囲気を感じ取った事は一度もない。前世でそれなりに恋愛経験を積んだ私が、あり得ない程に鈍感だという事もないだろう。


 だって私は誰も選べないのだ。求婚されるエンドなんて困る。いくらゲームが好きだからと言って、人の気持ちをもてあそぶようなことはできない。逆ハーエンドなんてもってのほかだ。


 学生の間はチヤホヤされて気持ちがいいかもしれないが、彼らとはこれからも顔を合わせることも多いだろうに、求婚を断ったら気まずいではないか。いずれ国の重鎮となるはずの彼らの中で仲違なかたがいされるのも困る。


 それでも誰か一人くらいは、何かの弾みで友人以上の気持ちを持ってくれることがあったかもしれない。


 だが、隠し対象も含めた攻略キャラ全員が私を好きになる、なんてこと、起こるはずがない。


「そんなことは――」


 王太子殿下は私の言葉を否定しようとして、眉をひそめた。何か引っかかることがあるようで、首をひねっている。


 他の攻略対象も考え込むような表情になった。


 たぶんこれはゲームの強制力というヤツなのだ。私の事を好きになるようなきっかけは何もなかったはずなのに、逆ハールートのエンドだけ持って来られてしまった。


 狐につままれたような顔をして、攻略対象たちは立ち上がった。花束を所在なさげに持っている。


 王太子殿下だけはそのまま片膝をついていた。大方、引っ込みがつかなくなってしまったのだろう。そりゃそうだ。こんなに大々的に求婚をしておいて、よく考えてみたら好きでもなんでもなかったかもしれない、なんて言えるはずもない。


 仕方ない、と私はとっておきの切り札を使う事にした。


 まさか本当に必要になるなんて。


「大変申し訳ありませんが――」


 そう言って、すぐ側にいた令息の腕を引っ張る。


「昨日、私はすでに婚約をしてしまいました」


 私にされるままに大人しくしているこの男は、子爵家の出ながら、主席で卒業を迎えた秀才である。一人息子なので次期子爵であることは確定。領地は遠方ながら税収はまずまずで、治安も悪くなく、これからの発展も見込める。


「失礼だが、君と彼に接点が……?」

「幼なじみです」


 そう。彼は私の幼なじみだ。学園に入る前から家族ぐるみで付き合いがあった。攻略対象ではない・・・・・・・・


「そ、そうか……それは失礼なことをした。わたしからの求婚は忘れてくれたまえ」

「はい、殿下。本当に申し訳ございません」


 王太子殿下はさらりと引き下がった。


 はあ。よかった。婚約は卒業してからにしよう、と至極真っ当なことを言うお父様を無理に説得して本当によかった。


 こんな大騒ぎをしてしまったのだから、このニュースは社交界全体に広まってしまうだろうが、「すでに婚約者がいる」という最も角が立たない理由で断ることができたのだから、上々だろう。


「彼女にダンスを申し込みたいのですが、そろそろよろしいでしょうか、殿下」

「ああ、構わない」


 王太子殿下の前から辞する許可を得て、彼は私に向き直った。


 優雅に腰を折って手を差し出す。


「美しいお嬢様、俺と一曲踊っていただけますか?」

「何曲でも」


 私が彼の手を取ると、固唾かたずんで見守っていた参加者が三々五々散っていった。


 音楽と彼のリードに従って、足を踏み出す。


「これを見越して婚約を急いだのか」

「まあね」

「婚約者の一人や二人いるくらいで引き下がるとは、あいつらお前に失礼じゃないか。そんな半端な気持ちで求婚してくんじゃねぇよ」

「引き下がってくれなきゃ困るでしょう」

「そしたら決闘するまでだ」


 私はマジマジと彼の顔を見つめた。


 そりゃあ、実力屈指の彼なら攻略対象たちにも負けることはないだろうけど。


「俺を選んでくれて良かった」

「あなた以外は同じだもの」


 私は、平等に好きな攻略対象よりも、一人の男として彼を選んだ。家と家で結ばれた婚約だが、恋愛感情もちゃんとある。なんたって今世の私の初恋の相手なのだから。いくら前世の記憶が戻ろうとも、そう簡単に心変わりをするわけがない。学園生活を通じて愛を育んだ結果の婚約だ。


「幸せにする」

「期待してるわ」


 私たちはくすくすと笑い合った。

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