第15話 初心者幽霊

しつこいですが、朝の愛犬の散歩中の話(自分でもしつこいと思います。すみません)。

喧嘩沙汰があった例のお寺の西院(第7話 お寺さん参照)の前を通りかかると、寺門の陰に人が立っているのが見えた。よく見ると、少し透けている。

――もしかして幽霊?こんな朝っぱらから?

そう思った俺は、取り敢えず無視して先に進もうとしたが、案の定声をかけられた。

「もし」

消え入るような声だ。こうなったらもう仕方がない。腹を括った俺は、声に振り向いて言った。

「何か御用ですか?」

「あの、お気づきかも知れませんが、私、幽霊なんです」

「まあ、そうかも知れないと思ってましたが、その幽霊さんが、どうして早朝から、しかもお寺の門脇に出られたのでしょう?」

俺が突っ込むと、幽霊は消え入りそうな声で応える。

「私、初心者の幽霊でして、中々出るタイミングとか場所を掴めずにいるのです」

「幽霊に初心者とかヴェテランとかあるんですか?」

俺はちょっと驚いて訊いた。

「はい、そうです。私、幽霊になりたてでして、まだ人を驚かすのに慣れておりませんの。そこで初めて幽霊としてお会いした人間のあなたに、お願いがございまして」

すると野次馬根性が湧いてきた。まったく悪い癖である。

「で、どういうお願いでしょう」

「実は私、どのように人間を驚かせたらよいか、今一つ分かっておりませんで…」

「待って下さい。幽霊イコール人を驚かすというのは、ちょっと違うんじゃないですかね。人を驚かすということが、幽霊の存在意義とは思いませんが」

「そのような難しいことを言われましても。私の認識としましては、幽霊は人を驚かせてなんぼということでして」

俺は納得いかなかったが、このままでは話が進まないので、

「分かりました。つまり人を驚かす練習に付き合えということですね。仕方がないので付き合ってあげましょう」

と言った。

「ありがとございます」

幽霊は消え入りそうな体を震わせて言った。幽霊にお礼を言われたのは、俺が人類初ではないだろうか。

「では、早速いかせていただきますね。うらめしやあ」

ダメじゃん。

「全然駄目ですね。そもそも今時『うらめしや』なんて言っても、若い子は意味が理解できませんよ。『受けるう』とか言って、笑われるのが落ちです」

「駄目ですか」

そう言って、初心者幽霊は益々消え入りそうになる。本当に消えそうだ。

「どうすれば、最近の若いお方に驚いていただけるのでしょうか?」

別に若い人限定にしなくても良さそうなものであるが、少し哀れになったので、取り敢えず俺はアドヴァイスしてやることにした。

「前世代共通ですけど、特に若い子に受けるのは、流血じゃないですかね。ゾンビとかスプラッターとか流行ってるみたいだし」

「流血ですか。私、得意です。死んだ時に大出血しましたので」

そう言って初心者幽霊は顔を伏せた。

――これは期待できるか?

俺がそう思った時、幽霊が顔を上げた。

全然ダメじゃん。

確かに幽霊は出血していたが、それは鼻血だった。

「あのなあ。あんた巫山戯てんの?鼻血って何よ」

俺はつい高圧的になる。すると幽霊は、さらに消え入りそうになって弁解する。

「巫山戯てなどおりません。私、死因は病死でございまして、死ぬ時に何故か、大量に鼻血を出したのでございます」

「あんた幽霊に向いてないわ。さっさと成仏しなさい」

そう言い捨てて、俺は帰途に就いた。

「ご無体な」

後ろから幽霊の消え入りそうな声が聞こえて来た。

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