第11話 クジャク

30年余り前の話である。

当時俺は仕事の関係で、毎週九州地方に出張していた。

その頃は九州新幹線も走っておらず、JR久留米駅は今と違って、木造1階建ての味のある駅舎だった。その駅舎の一角で、何故かクジャクが4羽飼育されていた。4羽のユニット名は<ジャック4>(ここまで事実です)、おそらくジャクソン5からの発想だろう。

何故駅舎でクジャクが飼われていたのかについて、クジャクを入れた檻に、何がしかの能書きが書いてあったような気がするのだが、今となっては覚えていない。

そんなある日のこと。

俺は福岡県柳川市に仕事があって出張していた。

要件を済まして、西鉄の柳川駅に戻った頃にはお昼時だったので、駅近くのラーメン屋で昼食を摂ることにした。店はカウンターとテーブル2席のこじんまりした造りだった。ラーメンは九州定番の豚骨味。

俺はカウンター席に座ったが、先客がいて一つ席を開けて俺の右側に座っていた。店主はカウンターの中で調理を担当し、奥さんらしい人がカウンターの外で注文を取ってくれた。

俺が注文したラーメンが出来上がった頃に、新しい客が入って来て、俺の一つ席を開けた左側に座る。そして俺が出されたラーメンを食べ始めると、客と店主が会話し始めた。どうやら客2人と店主は顔なじみらしく、徐々に話が盛り上がってきたのだが、いかんせん早口の筑後弁だったので、意味が全く分からない。そうしているうちに、店主と両隣の客に加えて、奥さんらしい人が俺の真後ろから会話に加わりだした。俺の頭越しに四方から筑後弁が飛び交う。

――まずい。筑後弁デルタフォースに捕獲されたか?

――俺の周囲に、不可視の結界が展開されているのでは?

そんなことを思いながら顔を上げると、店主がクジャクに変身していた。

両横の客を見ると、やはりクジャクに変身している。見るまでもないが、後ろの奥さんもクジャク化しているのは間違いないだろう。こいつらはJR久留米駅の<ジャック4>が、この場に顕現したに違いない。何故か俺はそう確信した。

そうこうしているうちに店主の尾羽が開き始め、華麗な紋様が現れる。両隣の客だったクジャクを見ると、同様に尾羽を広げていた。後ろは見るまでもないだろう。

――こいつら何のために。

俺はそう思った時に、はたと気づいた。俺が入ると<ジャック5>になり、かのジャクソン5に対抗できるじゃないか。こいつらの狙いはそれか。

そんなことを考えていると、背後で店の横開きの扉が開く音がして、新しい客が入って来た。途端に<ジャック4>は人間の姿に戻る。

こうして俺は九死に一生を得て、元の生活に戻ることが出来たのだ。

それ以来、そのラーメン屋にはいっていない。

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