第7話 お寺さん
愛犬のお散歩コースに2軒のお寺がある。
2車線の比較的大きな車道を挟んで、ほぼ真向かいに建っている。建物の大きさも、大体同じ規模だ。宗派がどうなのかは、俺にはよく分からない。
そしてどちらのお寺も、寺門の脇の白塀に掲示板のようなものがあって、行事の案内などが貼られているのだが、その中心に、おそらく住職が書いたと思われる有難いお言葉が、週替わりで貼り出されていた。どちらも墨痕淋漓(ぼっこんりんり)とした達筆で、中々蘊蓄のある言葉が書き連ねてあるので、俺は前を通る度にそれを読んでは、感心していたのだ。
ある日散歩の往路で通る、道路を挟んで西側の寺院(西院と呼ぶ)の掲示板に、東側の寺院(東院と呼ぶ)を批判する言葉が掲示されていた。よく読んでみると、
『書くことが思い浮かばないのであれば、書かなければよいものを、自分の書いた言葉を盗用するのはよろしくない』
と言った趣旨の内容だった。
――あらまあ、どうされたのかしら?
と俺は思い、帰路に東院の掲示板を見ると、
『盗んだのはそちらではないか。盗用呼ばわりは心外である』
と言った趣旨の反論が掲示されていた。
――おっとお、これはどうなるのだろう?
そう思いつつ、その朝は家に帰った。
そして翌日から、両院の掲示を使った非難合戦は、日に日にエスカレートしていく。
西院曰く。
『仏に使える身が、虚言を吐くなど言語道断』
東院、反論して曰く。
『そちらこそ、人に濡れ衣を着せるなど、悪鬼の所業』
やがては、お互いの容姿のけなし合いにまで発展し、罵詈雑言の応酬となった。
――以前、どちらの寺院にも、『他者に寛容であれ』的なこと書いてましたよね。
――いや、それはきっと俺の記憶違いだ。そうに違いない。
そんなことを考えながら、俺はその応酬を毎朝楽しみ、もとい、愁いを持って見守っていたのだった。
そしてある日ついに西院の掲示板に、
『本日15時、どこそこにて決着をつけようではないか』
という決闘状が貼り出されていた。
――来たあああ。
と思った俺は、いそいそと東院の掲示板を見る。すると、
『よかろう。今日こそ白黒はっきりさせてやる』
と、決闘に応じる掲示が、深紅の墨で大書されていた。
――おっとお、これは見逃せない。
俺は<猪木vsアリ戦>以来の興奮を覚える。
それもつかの間、残念ながら、その日はどうしても外せない仕事があり、その時間に、どこそこに見物、もとい、仲裁に出向くことが出来ない。とても残念だ。心底残念だ。日時を変えて頂けないだろうか…。
翌朝、西院の前を通ると、『勝った』と一言大書されている。
――おお、ついに決着がついたか。
そして東院の前には、『次は勝つ』の文字が。
――えっ?次があるんですか?
俺は、どんな方法で決着がついたのか、物凄く知りたかったのだが、聞きに行くわけにもいかないので、泣く泣く諦めることにした。
そして翌日からは、以前のような住職のありがたいお言葉が掲示されるようになり、平穏な日常が愛犬のお散歩コースに戻って来たのだった。
両院とも、しょうもないことで檀家の数を減らさないで下さいね。老婆心ながら。
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