✞Epilogue

♰Chapter Ep:血盟の王罰

赤かった。

ただ、赤かった。

目を刺すような真紅を見つめていた。


冷たい地面に血液の湖ができている。

冷めた目でその中に映る顔を見つめている。


弱々しい呼吸のたびに真紅の湖がさざ波を起こした。


背中には十本近くの血結晶ちけっしょうが突き立ち、地面に縫い留められている。

胴体に集中して刺さった結晶が引っ掛かり、横になることすらままならない。

まるで磔にされた不格好な罪人のような有様だ。


その傍には吸血鬼の王が立ち、まだ血濡れていない一振りの血結晶を握っている。

それを眉一つ動かさず、ゼラの身体に埋め込んだ。


「あ、あああ、あああああああああ!!!!」


霧になることすら封じられ、脆弱な肉体に無慈悲な刃が突き立てられる。


意識が混濁することなど許されない。

絶え間なく打ち込まれる楔に痛覚が鋭敏に反応し、心も身体も蹂躙されつくしている。


無感情に、無言でその行為を繰り返していた王はようやく口を開いた。


「――アングストハーゼ、ヴィンセント、そしてゼラ。……口にするだけで煩わしい。幾度我を失望させれば気が済む? 我を嘲笑っているのか?」

「けっ……して、そんなこと――」

く黙れ」


ゼラの美しい長髪が無造作に切断される。

――いつか、ヴィンスが褒めてくれたこともあったわね。


身体中の痛みのせいで脳は別のことを考え始める。

無意識の逃避を始めたのだ。


「所詮人上がりの劣等種風情か。貴様には以前話したはずだ。我が目的は黒檀の吸血鬼の排除だけではない。この国を”屍者の理想郷ガダヴァ・アトランティス”として構築し直すことにある。だというのに貴様は――貴様らは――」

「ああああああああああああ!!!」


指先の一振りでゼラの全身の血液が沸騰し、身体中の穴という穴から出血する。

想像を絶する苦痛に死を切望するほどの地獄だった。


吸血鬼のことを誰よりも深く理解する王だからこそ、決して死ぬことはできない。

生死の狭間を見極め、死の間際ぎりぎりの拷問を執行する。

もはや逃避すら許されない。


「理解するだけの知能もないのなら我直々に言葉にしてやろう。貴様ら屑は短慮にも”王の秘薬”を使い、あまつさえ人間にそれを抑え込まれた。それだけでは飽き足らず、低位屍食鬼、高位屍食鬼、我が王血おうけつを分け与えられた一鬼すら失った」


静穏なる憤怒。

表情一つ変えずに淡々と事実を並べ、暴力という名の罰を与える。


王はゼラの右腕を切断し、その手が握っていた小瓶を手にする。

並々と赤い液体が詰められており、余さずヴィンセントの心血が満たされている。


「”王の秘薬”の回収を足らぬ頭で考えたことは褒めてやる。だがそれとて底なしの失望を埋めるにはとんと足らぬ。我が手ずから吸血鬼に昇格させてやったというのにこの体たらく。所詮は人間風情の紛い物――純粋種には遠く及ばぬ混血種か」


後半は先程とほぼ一緒のことを繰り返す。

それほど怒りは根深いと宣言しているようなものだ。


「……お赦し……ください……王よ……」


血結晶が消えるとゼラは力なく倒れ込んだ。

ばしゃり――と自分の血に全身が沈む。


傷を抑えることもできず、吸血鬼の自然治癒で塞がるまでは指一本とて動かせない。


「本来なら首をね、我が贄とするところだ。だが程なく満月の刻。いかな愚者であろうとも手駒を失うのは惜しい。時に救われたな混血種」


もはやゼラと呼ぶことはない。

侮蔑と軽蔑以外の感情はまるで籠っていない眼差しだ。

どんな扱いを受けようとも〔血盟〕がある限り王に反発することは叶わない。

吸血鬼にとって上位種はそれだけで従うべき対象であり、それが絶対の法則だ。


「…………」


どこまでも赤い鮮血。

――自分の身体からこれほどの血液が流れ出るのは初めてだ。


どこか他人事のように感じる思考を残し、段々と意識が薄くなっていく。


「――この地の霊脈は間もなく我がものとなる。黒檀の吸血鬼と異能を持つ人間も必ず現れることだろう。そのときこそ、我が権能を以って裁きを下すとしよう」


最後に王の言葉が百万通りの呪詛のように昏く響いた。

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終焉のサクリファイス3 鮮血屍者編 前編 冬城ひすい@現在不定期更新中 @tsukikage210

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