死んだ彼女と段ボール箱

上津英

第1話 美大生の先輩

 付き合っていた先輩の葬式が行われたのは、今年初めての雪が降った日だった。

 僕は先輩の母親に「渡したい物があるから家に来て欲しい」と誘われ、坂の中腹にある一軒家の玄関で靴を脱いでいた。

 同じ美大に通う先輩は舞台美術科だったから、デザインしていたビビッドなポスターとか作りかけの大道具っぽいのがあちこちにあった。なんかまだ先輩が生きているみたいで……僕はまた目頭が熱くなってしまった。


冬馬とうま君には感謝しているわ。あんな馬鹿な子と付き合ってくれて有り難う……おかげであの子、最期は寂しくなかったと思うの。あの子ね、自分が死んだらこの箱を大好きな冬馬君に渡してくれ、って言い残してたのよ。きっと遺品よ」


 目元を赤くした喪服の母親が渡して来たのは──何の変哲もない段ボール箱だった。通販でシャンプーでも買ったのかな? ってくらいの大きさの。


「へっ」


 思ってもいなかった物の登場に、僕は目を丸くする。

 わざわざ遺品を渡すのに段ボール箱?

 なんかもっと……キラキラの宝石箱や立派な桐箱が出て来ると思ったんだけど……流石先輩、友達が居ないくらいエキセントリックで変わっていたもんなあ。

 重量ペダルより愛が重くて、人の連絡帳消すくらい束縛大好きな先輩。……ちょっと中身が心配になったぞ。


「失礼します」


 僕は断りを入れて段ボール箱を受け取り、ハート柄のマスキングテープで止められた手紙に目を通す。

 そこには、右下がりで丸っこく跳ねたあんまり綺麗じゃない先輩の字が踊っていた。




『親愛なる冬馬君へ。


 冬馬君に手紙を書くなんて、初めてかもしれないね。何時もLINEだったから……。私の字、汚くない? ちゃんと読める……?

 でさ。

 使い古された書き出しになっちゃうけど、冬馬君がこの手紙を読んでるって事は……私はもう死んじゃってるんだよね。

 病魔に蝕まれた私はきっと最期まで「痛い痛い」ってボロ泣きして、ずー-っと冬馬君の手を握ってたんだろうな。でも私はそんな優しい冬馬君を最期まで感じられて、絶対幸せな幕引きになったよ。私、冬馬君が思っている以上に冬馬君の事愛してるから。


 初めて会った日の事、覚えてるよね? 冬馬君、記念日とか興味無いから不安だけど私はあの日の事、凄く良く覚えてるよ。

 私達が通っている美大の、サークル歓迎会ラッシュが落ち着いて来た頃だった。

 私が1人でやってたミステリー研究会には今年もやっぱり誰も入ってくれなくて、部室の隅で課題の大道具を作りながらしょんぼりしてた時。


「すみません、ミス研ってここですか?」


 って冬馬君が入ってきたの。ミス研に入りたい、って言ってくれて凄く嬉しかったなあ。

 冬馬君はクセ強ミステリーで有名な麻耶雄嵩まやゆたかの小説が大好きで、やっぱりちょっと変わった子だった。

 でも私の話を「うんうん」って聞いてくれる良い人で、私冬馬君の事がすぐに大好きになったんだよ。私マシンガントークタイプだから話聞いてくれる人居なくて……。

 私が押しに押して付き合うようになってからは本当楽しかったね。

 イルミネーションより御朱印ごしゅいん集めのが好きな私達だったね。ふふふっ。


 なのに……まさか大学生なのに癌になるなんて思わなかったよ。若いから進行も早くて、気付けば私……もう病院のベッドに居るしかなくて。

 冬馬君。私死にたくないよ……せっかく冬馬君みたいに好きになってくれる子に会えて、毎日が凄く楽しかったのに。私が死んだ後、冬馬君他に誰かと付き合っちゃうのかな……嫌だな。冬馬君の一番はずっと私が良い!! あー嫌だ嫌だ嫌だっ!!

 ううう……冬馬君、あのね。最後の我儘聞いて欲しいの。御朱印帳、代わりに私の分も埋めてくれないかな? そうしたら私、冬馬君の傍にずっと居られると思うから。


 それじゃあ、そろそろ。

 冬馬君、ずっとずっと大好きだよ!』




「先輩……っ」


 便箋1枚のラブレターに、僕は涙が止まらなくなっていた。

 令和の時代にミステリー小説を読みまくっていた僕だって、先輩と同じくらいぼっちだったからヤンデレな先輩だったけど楽しかったんだ。

 そうか、この段ボール箱……先輩のあの赤い御朱印帳が入っているのか。

 東京の神社の御朱印は僕ら大体コンプリートしたけど、先輩の体調が悪くなって45都道府県のはまだだもんな。そんな一生掛かりそうな物遺すなんて、流石先輩だよ。


 親の前だけど、僕は鼻水を拭く事も忘れていた。そして御朱印帳を取り出そうと、段ボール箱の蓋を開けた時。

 ──グサリ! と。


「っぅ!?」


 段ボール箱の中から飛び出してきた包丁に、胸部を突かれたのだ。


「冬馬君っ!? え!?」


 立っていられなくなった僕は、あっという間に血の池が出来たフローリングにドサリと倒れ込む。


「冬馬君!! 冬馬君!! 待って救急車呼んでくるから!! あの子ってば、本当馬鹿っ!!」


 母親は半狂乱で叫び、スマホをテーブルに取りに行く。


「っ……ぁ……」


 激痛に呻きながら、僕は何処かで腑に落ちていた。

 ヤンデレの先輩が僕を連れて行かないわけがない、って。

 大道具を作る先輩ならこんな仕掛け簡単に作れる、って。

 段ボール箱だったのも試作しやすかったからだ、って。


「これ誰が罰せられるんだよ……っ……」


 先輩らしいなあとは思うけど…………なあ先輩、ちょっとヤンデレが過ぎないか?  クソッ!

 目を開けていられなくなった僕が最期に見たのは、一緒に落ちた段ボール箱の中からしれっと覗く御朱印帳だった。

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