第69話

 美夜部みやべは融合体のまま縮地しゅくちの術を使い、葛城山へと瞬時に移動した。その気配を即座に感じ取ったのは、葛城蟻臣かつらぎのありおみだった。

あやかし、ここがどこか分かっているのなら、その度胸を褒めてやろう」

 その言葉に振り返った融合体を、蟻臣ありおみが術で縛り上げた。

「ん? 何者だ?」

 蟻臣ありおみ美夜部みやべの面影が見て取れるその顔に訝る。

「俺は武内美夜部たけうちのみやべだ。狐のあやかしと融合している」

 と美夜部みやべが答えると、

「なるほど」

 と答えて、蟻臣ありおみは術を解き、

「詳しく聞きたい」

 と融合体を屋敷へ招いた。

「それで、これはどういうわけだ?」

 蟻臣ありおみは融合体と向き合って座り、尋ねた。

「順を追って話そう」

 美夜部みやべがそう前置きして語り始めた。


 死んだ美夜部みやべを蘇生することを目的として、玄理くろまろが旅をして徐福じょふくと出会い、望むような蘇生は叶わず、美夜部みやべあやかしとなり、その精神は元の肉体へと戻った事。そして、あやかしとなった美夜部みやべは旅で出会った狐のあやかしと共に暮らしていた事。玄理くろまろが物部の陰謀により都へ上り、葛城の危機を感じ取り、都へ呼び寄せられた事。玄理くろまろの策の一つ、物部に対抗するために鬼術十篇きじゅつじっぺんを手に入れる為、徐福じょふくに複写させ、その術を試した事などを話した。


「なるほどな。その合体術でその身体を手にしたのだな。そこに狐もいるのだな?」

 蟻臣ありおみが聞くと、

「おう! 俺もいるぞ!」

 と紅蘭こうらんが答えた。

「そうか。お前は美夜部みやべと仲がいいのだな」

 蟻臣ありおみはそう言って笑みを浮かべた。

「それで、ここで修練をするというわけだな?」

 蟻臣ありおみが聞くと、

「そうだ」

 と美夜部みやべが答えた。

「面白いな。一つの身体に二人がいるとは」

 と蟻臣ありおみは言って、

「それで、お前の事は何と呼べばいいのだ?」

 と尋ねた。

「そうだな。二人の名を合わせて美蘭みらんと呼んでもらおう」

 と美夜部みやべが答えた。

「分かった」


 蟻臣ありおみは、上級の術者を集め、美蘭みらんを皆に紹介すると、

「下の者達には、この者の正体を明かすことを禁じる。この者は我ら葛城を勝利へと導く重要な存在になるだろう」

 と言ってこの場を締めた。上級の術者たちは、蟻臣ありおみの言葉の重みを知っていた為、余計な詮索も、無駄口も叩かず静かに退室していった。それを見て、

「お前、なんか凄いな」

 紅蘭こうらんが思わず言ったが、言葉足りずで、何が凄いと言われたのか、蟻臣ありおみは不思議そうな表情で美蘭みらんを見て、

「どういう意味だ?」

 と尋ねた。すると、

「お前の一言で、術者たちが全てを理解し、受け入れている事で、お前の統率力に感心したのだ」

 と美夜部みやべ紅蘭こうらんの気持ちを伝えた。

「ほう。狐、お前は見る目があるのだな? そして、美夜部みやべ、お前は狐の気持ちがよく分かるようだな?」

 蟻臣ありおみの言葉に、

「俺と子狐は精神も融合している。こいつの事は全て分かる」

 と美夜部みやべが答えた。その言葉に、蟻臣ありおみは口元に笑みを浮かべて、

「お前も他者の心が分かるようになったとはな。良い事だ」

 と言って、

「狐、お前と出会えた事は、美夜部みやべに大きなえきもたらしたようだな」

 と言葉を続けて、

「さあ、修練に励んでくるといい」

 と蟻臣ありおみは言って、部屋を出て行った。


「ん? あいつ、何が言いたいんだ? 俺はお前に何もあげていないぞ?」

 紅蘭こうらんが言うと、

「そうだな」

 と言って、美夜部みやべが笑った。一人の身体で二人が会話をして、一人で笑みを浮かべるといった、何とも奇妙な感じの融合体の美蘭みらん。傍から見たら、妖しい人物に思われるだろう。

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