第68話

「これは使えそうだな」

 美夜部みやべがそう言って、開いた頁に書かれていたのは『合体術』というものだった。紅蘭こうらんはそれを覗き込んで聞いた。

「なんだ? それ、なんて書いてるんだ?」

 狐のあやかしである紅蘭こうらんには、人の文字は読めない。

「これは合体術。二人以上の者の身体と精神を融合させる術だ」

 美夜部みやべが説明すると、

「ん? つまり、どういうことだ?」

 紅蘭こうらんには難しくて理解できないようだった。

「俺とお前が一つになるという事だ。二人が一人になる」

 美夜部みやべが言うと、

「おう! 分かった。俺とお前が一人になるんだな? 面白そうだ! すぐにやろう!」

 紅蘭こうらんが嬉しそうに答えた。

「うむ。では、始めよう。お前の気は十分に満ちているな?」

 美夜部みやべの問いに、

「おう! 十分だ!」

 紅蘭こうらんが答えると、

「この術は部屋で行う」

 と言って、美夜部みやべ紅蘭こうらんを促し、部屋へ入った。そして、御簾を下ろして座した。

「お前は俺の前に座れ。そして、精神を集中し、静かに気を巡らし、お互いの気を循環させる」

 と美夜部みやべ紅蘭こうらんに説明した。

「おう! 分かった!」

 紅蘭こうらんは元気に返事をして、美夜部みやべの前に座り、目を瞑って言われた通りに精神を集中させ、静かに気を巡らせた。

「うむ。それでいい」

 それを確認すると、美夜部みやべも目を瞑り、精神を集中した。その後二人は、まるで塑像そぞうのように微動だにせず、ただ黙して座っている。しかし、彼らの気はお互いに循環し、その内、精神は一つになり、二人の姿は次第に融けるように緩やかに流れて融合を始めた。そして、融けた二人の姿が再び人の姿を作り出したのだ。その容姿は美夜部みやべのように背が高く、凛々しい顔立ちには、紅蘭こうらんのような美しさがあり、肌は紅蘭こうらんのように白く滑らかで、美夜部みやべのような筋骨隆々ではないものの、しなやかでしっかりと引き締まった身体をしている。

「上手くいったようだな」

 美夜部みやべが言うと、

「そうみたいだな」

 と紅蘭こうらんが答えた。その声が発せられたのは、二人が融合した新たな人物の口からだった。融合体の身体を動かして具合を確かめると、納得したように頷いた。

「お前の気と俺の気が合わさり、強力になっている」

 美夜部みやべの言葉に、

「うむ。これはすごいぞ!」

 と紅蘭こうらんは嬉しそうに言った。融合体はゆっくりと立ち上がり、表へ出ると、天高く昇った太陽からの日差しを手で遮り空を仰ぎ見た。

「力が漲る」

「おう!」

 二人は身体に満ちる力を実感した。融合により強大な力を得たが、それだけではない。二人の精神もまた一つになり、お互いの想いも共有され、熱い想いが心を満たし、融合体の表情は喜びに満ちていた。


「ここは結界が張られているから、外部に悟られないだろうが、この合体術は敵に知られてはならない」

 と美夜部みやべが言うと、

「おう! 分かった!」

 と紅蘭こうらんが答えた。

「しかし、この身体で戦うためには修練が必要だ。ここでは狭すぎる。それに、せっかく作った家を壊してしまうだろう」

「それじゃあ、どこで修練するのだ?」

 紅蘭こうらんが聞くと、

「修練できる場所は葛城山しかないだろう」

 と美夜部みやべが答えた。それから美夜部みやべは、念を使って、玄理くろまろに話しかけた。

『合体術が成功した。この術を使って戦うためには修練が必要だ。今から葛城山へ行く』

 と告げると、

『分かった』

 と玄理くろまろが念で返した。


「子狐、聞こえたか?」

 美夜部みやべ紅蘭こうらんに話しかけると、

「おう! これが念だな? 俺にも聞こえたぞ!」

 と嬉しそうに答えた。

「うむ。俺たちは身体と精神が融合しているからな」

 美夜部みやべはそう言って、融合体で笑みを浮かべた。

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