第67話

 美夜部みやべ紅蘭こうらん玄理くろまろの元へ戻り、徐福じょふくに書いてもらった『鬼術十篇きじゅつじっぺん』の写しを渡し、傀儡術に対抗する手段を伝えた。

「なるほどな」

 玄理くろまろは頷いて、

「有効な手立てとしては、傀儡同士を戦わせる事だな」

 と言葉を続けると、美夜部みやべもその言葉に頷いた。この場合、傀儡を操る敵の術者よりも、上回る力が必要となる。敵の術者の力量を知る必要があるだろう。敵陣へ忍び込み、情報が欲しいところだ。そんな事を考えていると、

『我も手を貸そう』

 と蛙が姿を見せず、念を送って来た。

「それは助かる。それで、お前が敵陣へ忍び込む気か?」

 玄理くろまろが蛙に尋ねると、

『我ではない。我には多くの仲間がいる。仲間はどこにでもいる。どこへでも入り込める』

 と答えた。

「そうか、それはいいな。お前には敵の情報を掴む役を担ってもらおう」

 玄理くろまろが言うと、

『うむ。任せよ』

 と蛙は答えた。

「それで、鬼術十篇きじゅつじっぺんの写しというのを見せてれ」

 玄理くろまろが言うと、美夜部みやべは書物を袂から出して、玄理くろまろの前に置いた。玄理くろまろはそれを広げて黙って読む。暫く沈黙が続き、玄理くろまろはそっと書物を閉じた。

「これは物部もののべが欲しがったのも頷ける」

 とだけ答えた。十篇のうち、一つはあの忌まわしき傀儡術。そして、一つは美夜部みやべへ施した蘇生術。その他の八篇も非常に珍しい術であり、それを知れば誰もがそれを使いたいと思う魅力があった。しかし、どの術も、それを使うには高位の修行を修め、法術、仙術、呪術を会得し、強い霊力を必要とした。そのどれかが足りない場合、生きた者を犠牲にし、その霊力を糧にする方法が記されていた。鬼術、禁術と言われる所以がそこにあったのだ。


「では、これから策を練ろう」

 玄理くろまろが一言言って、その考えを彼らに伝えた。


 まずは、蛙が仲間を使って、敵陣へ忍び込ませ、その情報を得る。敵が動きを見せるまでは静観する。鬼術十篇きじゅつじっぺんの中で、この戦いに使えそうな術を試す。都にいる葛城氏の者の術者に接触し、これからの戦いの為の手筈を整える。葛城山の指揮を執っているのは葛城蟻臣かつらぎのありおみ。彼に任せておけば安心だ。敵は俺たちを殺す事、葛城氏を滅ぼすことを目的としているだろう。しかし、俺たちは勝つことが目的ではない。負けない事こそ重要なのだ。死なない事が重要だ。


 玄理くろまろがそこまで話すと、

「うむ。お前の考えは分かった。これからの事だが、都での俺たちの動き、敵に知られる訳にはいかないだろう。都にいる術者とはどうやって接触する?」

 美夜部みやべが聞いた。

「心配には及ばない。俺にはいい考えがある」

 玄理くろまろが何やら意味ありげに笑みを浮かべた。


 翌日、蛙は仲間の蛙を使って、物部氏の各家に忍び込ませた。忍び込むのはただの蛙だが、彼らは離れていても意思の疎通が可能だった。

「では、蛙、情報収集は任せた」

 玄理くろまろが言うと、縁の下に姿を隠している蛙は、

『うむ』

 とだけ念で答えた。そして、美夜部みやべ紅蘭こうらん鬼術十篇きじゅつじっぺんを開き、その術を試すことにした。最初に試したのは複製術。自らの霊力を使い、自分の複製をつくるというものだった。姿かたちだけでなく、その能力も同等の力を複製する。美夜部みやべが二人いれば、その戦闘力も二倍になるというものだ。高位の修行者である美夜部みやべにはこの術を使う事は難しくはなかった。しかし、これには難点がある事が分かった。その術の有効時間はたったの一時いっときほど。その後は酷く霊力を消耗し、戦う能力を失うのだった。

「これは使えないな。戦いが長引けば不利になる」

 美夜部みやべはそう言って、次の術を試すことにした。

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