第64話

「おい! 見つけたぞ! ほら、出て来いよ!」

 紅蘭こうらんはそう言って、縁の下を覗き込んだ。すると、諦めたように、のそりのそりと歩み出て、

『騒がしい』

 と一言言った。そんな蛙の姿を見て、

「おっ! 出て来たな! 今度は俺が隠れるからお前が探せよ!」

 と紅蘭こうらんが言うと、

『我は探さぬ』

 と言葉が返って来た。

「あはははっ。紅蘭こうらん、かくれんぼは終わりにしてやってくれ」

 と玄理くろまろが笑って紅蘭こうらんに言って、

「蛙、済まないな。紅蘭こうらんはお前と遊びたかったのだ」

 迷惑そうにしている蛙に向かって言った。それを黙って見ていた美夜部みやべが、

「子狐、腹は減っていないか?」

 と聞いて、紅蘭こうらんの気を蛙から逸らした。

「おう! 腹が減った!」

 その答えを聞いて、美夜部みやべは笑みを浮かべて、

玄理くろまろ、子狐に食事を用意してくれ」

 と頼んだ。

「うむ」

 玄理くろまろが頷き、念でしきに指示を出す。

「お前たちは、そこの部屋で休んでいてくれ」

 と二人に言ってから、玄理くろまろは蛙に笑みを向け、

「俺たちは向こうで静かに過ごそう」

 と声をかけた。


 暫くすると、美夜部みやべ紅蘭こうらんの部屋の前で、

「お食事をお持ち致しました」

 と従者が声をかけた。

「おっ⁉ 何者だ! 気配がしなかったぞ!」

 と紅蘭こうらんが驚きと共に、警戒した。

「慌てるな。こいつは玄理くろまろが使役するしきだ」

 美夜部みやべが答えると、

「しきって、何だ?」

 紅蘭こうらんが小首をかしげて聞く。

「精霊だ。玄理くろまろがそれに人の姿を与えて使っている」

 と紅蘭こうらんに説明して、御簾みすを上げて、しきから食事を受け取った。紅蘭こうらんしきをまじまじと見つめて、

玄理くろまろは凄いな! こんなことも出来るのか」

 と感心した。それを横目に見て、少し不機嫌そうに眉を寄せ、

「ふんっ。それくらい俺にも出来る」

 と美夜部みやべが言うと、

「そうなのか? お前も凄いな! でも、俺たち二人の暮らしにはしきなど要らぬ」

 と紅蘭こうらんが笑みを向けて言って、

「俺の世話はお前がしてくれるからな!」

 と言葉を続けた。その言葉に美夜部みやべは満足して、

「お前は、どこまでも甘えん坊だな」

 と紅蘭こうらんを抱き寄せ、その髪にそっと口付けした。

「おう!」

 紅蘭こうらんが笑顔で答えた。

「子狐。今日は箸の使い方を教えてやる。しっかり覚えろよ」

 美夜部みやべが言って、紅蘭こうらんに箸を持たせた。

「ん? 何でだ? 手で食べる方が楽だろう」

 紅蘭こうらんが聞くと、

「それだと、お前の手が汚れる」

 そう言って、美夜部みやべ紅蘭こうらんの手に自分の手を添えて、

「箸はこうして持つんだ。これは動かさずに固定して、上の箸を動かして掴む」

 と説明しながら、箸で白飯を掴んで紅蘭こうらんの口へと運ぶ。

「口を開けて」

 紅蘭こうらんは言われた通り、素直に口を開けて白飯を口腔内に受け入れた。もぐもぐと噛んで飲み込むと、

「箸を使うのは面倒だ」

 と紅蘭こうらんは不服そうに言った。

「慣れれば難しくはない」

 美夜部みやべはそう言って、箸で肉を摘まんで紅蘭こうらんの口へと運ぶ。

「ほら、口を開けて」

 紅蘭こうらんは言われた通りに肉を食べると、

「美味い!」

 嬉しそうに言って、

「もっと肉が食いたい!」

 とせがんだ。

「それなら、自分で掴んでみろ」

 と美夜部みやべ紅蘭こうらんの手に添えていた手を放した。

「うむ!」

 紅蘭こうらんは肉食べたさに、箸を使って肉を摘まみ、口へ運ぶ途中で落ちそうな肉を口で受け止めた。

「子狐、口の端が汚れたぞ」

 美夜部みやべはそう言って、紅蘭こうらんの口を手拭きで拭い、

「もう少し、練習が必要だな」

 と笑みを向けた。

「う~む」

 紅蘭こうらんは箸を使うのが面倒だが、美夜部みやべに世話を焼いてもらうのが嬉しいようで、

「がんばるぞ!」

 と言って、箸を使って残りの料理を平らげた。もちろん、口が汚れる度に、美夜部みやべに口を拭ってもらうのだった。

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