第58話

赤麻呂あかまろ、いいところに来たな」

 玄理くろまろが笑顔を向けて言うと、

「これも俺の役目だからな」

 と笑顔を返した。

「さて、こいつの身柄はこちらで預かろう」

 赤麻呂あかまろが言うと、

「いや、こいつは奇病の原因だ。今、その奇病の対処をしているこちらで預かる」

 玄理くろまろはそう言って断った。もし、このまま、赤麻呂あかまろに渡してしまえば、このあやかしは即刻処刑されてしまうだろう。玄理くろまろは、この妖がなぜ都に現れたのかを知る必要があると思ったのだ。

「そうか、分かった。もし、処遇に困ったら言ってくれ」

 赤麻呂あかまろはそう言って、武官の朝堂へ入っていった。それを玄理くろまろが見送っていると、

玄理くろまろ様! おはようございます! 聞きましたよ、それが捕まえたあやかしですね?」

 と、真椋まくらが声をかけてきた。

「おはよう。このあやかしが病の原因だった。こいつを捕まえたから、奇病はもう起こらないだろう。とにかく、入ろうか」

 玄理くろまろはそう言って、朝堂に入ると、そこに集まっていた者たちから、どよめきの声が上がった。

「なんとも不気味な!」

あやかしを連れて来るとは!」

「近付かないでくれ!」

 皆一様に怯えていて、逃げ出す者までいた。

「まあ、皆さん落ち着いて。玄理くろまろ様がいるのですから、危険はないですよ」

 と、玄理くろまろに全幅の信頼を置く真椋まくらが言ったが、誰も玄理くろまろを信用してはいなかった。


「さて、蛙よ。お前にもう一度聞く。なぜ都へ姿を現し、人の精気を吸ったのだ?」

 玄理くろまろの言葉に、反応するかのように、蛙はぎょろりと目玉を動かしたが、玄理くろまろを見もせずに、瞼を閉じた。

「見ざる聞かざる言わざるか。ならば、その身体に聞こう」

 玄理くろまろは手印を結び、口の中で唱えると、蛙は脂汗をかき始め、ブルブルと小刻みに震えた。

「さて、もう一度聞こう。お前はなぜ都へ来たのだ?」

 玄理くろまろが言うと、

『連れて来られた』

 と答えた。

「誰に?」

『人』

「何処の奴だ?」

『知らぬ』

「術を使う者か?」

『そうだ』

「なぜ人の精気を吸った?」

『失った霊力を補うため』

「霊力を失ったのはなぜ?」

『人の使う術で失った』

「お前を連れて来た者がやったのか?」

『そうだ』

「その者の目的は?」

『知らぬ』

「お前はどこに住んでいた?」

『山』

「お前を山に帰せば、人の精気を吸う事はしないと誓うか?」

『誓う。しかし、術を使う人が来たら、また同じ事をされる』

「その術者が誰か分かれば、俺が対処しよう。二度と、お前に術を使う事はさせないと誓う。お前は、人の命を奪ったわけではない。皆、精気を吸われながらも、まだ生きている。それは、お前が人の命を奪うつもりはなかったからだろう?」

『そうだ』

「ならば、罪に問うまでもない。お前の霊力を奪い、都へ連れて来たのは、混乱を招くためだろう。お前はそのために利用されただけだ」

 玄理くろまろは蛙にそう言ってから、

真椋まくら殿、このあやかしを哀れに思うならば、この者の処遇は俺に任せてくれないだろうか?」

 真椋まくらに向かって言った。

「うむ。蛙の身柄は玄理くろまろ様に預けます。この奇病もこれで終わるし、精気を吸われた者たちの治療方法も分かったからね。僕の役目は患者の治療。妖退治じゃないからね」

 真椋まくらは笑顔を向けて答えた。

「うむ、ありがとう。この妖の霊気が戻るまで、暫く俺が預かり、下手人を探す。この事について、他言なさらぬよう。術者に感づかれれば、この事を知っている者は攻撃を受けるだろう」

 玄理くろまろが言うと、残っていた者たちはブルブルと震えた。彼らは、医者と針師、按摩師であって、術者ではないから、戦う術を持たないのだ。

「私たちは関係ない」

「何も聞かなかった」

「何も知らない」

 と彼らは口々に言って、目を覆い、耳を塞ぎ、口を閉ざした。そうして、見ざる聞かざる言わざるを呈するのだった。

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