第56話

 薬園に着くと、薬園師が薬草の手入れをしていて、真椋まくらに気付くと、

真椋まくら様、おはようございます!」

 と若い薬園師が笑顔を向けて挨拶した。

「おはよう! 仕事はどう? もう慣れたかな?」

 真椋まくらが声をかけると、若い男は嬉しそうに、

「はい! 真椋まくら様の御口添えのおかげです! とっても感謝しています!」

 と答えた。

「はははっ。私ではなく、仕事を教えてくれた者たちに感謝しなさい。お前はよく働くと言って、褒めていたよ」

 と真椋まくらが優しく諭し、上手に褒めたところを見ると、この真椋まくらの人となりが垣間見えた。本当に善良で、気遣いもあり、懐の深い人物だと、玄理くろまろは悟った。


 真椋まくらは、薬園師のいる朝堂へ入ると、

「おはよう! 今日は新入りを紹介に来たよ」

 と、皆に声をかけた。すると、作業をしていた者たちは真椋まくらへ顔を向けて、嬉しそうに挨拶を返した。

真椋まくら様、おはようございます。新しく入った方の事、みんな、気になっていたんですよ。とっても有名な葛城玄理かつらぎのくろまろ様ですよね?」

 一人の男が、屈託のない笑みを湛えて、真椋まくらに挨拶して、玄理くろまろへ声をかけた。

「まあ、まあ。みんな、葛城様に興味津々なのは分かるけど、落ち着いて。私からちゃんと紹介するから」

 と真椋まくらは言って、一呼吸おいて、

「では、改めて。こちらの御方が、典薬寮に新しく配属された、葛城玄理かつらぎのくろまろ様です。皆も知っての通り、高位の修行者であり、呪術、仙術に長けた素晴らしい方です。呪禁師としてご活躍頂くと共に、私の仕事も覚えて頂いて、医師としても、今後、ご活躍頂くつもりです。皆様、よろしくお願いしますね」

 と玄理くろまろを紹介した。

「さあ、葛城様。何か一言」

 真椋まくらに促されて、

「皆様のご期待に沿うよう努めますので、どうぞよろしくお願いいたします」

 と言って、玄理くろまろは皆に頭を下げた。

「葛城様、頭を下げないで下さい。私たちよりも高貴なご身分なのに」

 薬園師たちが、慌てて言うと、

「いえ、私は新参者です。身分は関係ありません」

 と玄理くろまろは答えた。


 高貴な身分の玄理くろまろへりくだる姿に、薬園師たちは戸惑いの表情を見せた。彼らは権力を振りかざす豪族たちに虐げられてきたのだろう。そう思うと、玄理くろまろは居た堪れない気持ちになった。自分も横柄な態度で、周りの者を虐げていたかもしれないと。

「さあ、さあ。皆さん、仕事しましょう! 葛城様は私と一緒に来てくださいね。これから、薬の調合をします」

 真椋まくらは場の空気を変えるため、明るくそう言って、薬の材料を幾つか選別し、

「葛城様、行きましょう」

 と玄理くろまろを促した。真椋まくらが向かった先は、また別の朝堂で、薬の調合に必要な道具などがあった。

「ここで、作業をします。最近、妙な病が流行っていてね、薬がたくさん必要なんです」

 真椋まくらはそう言って、早速、作業を始めた。玄理くろまろ真椋まくらの作業を見ながら、その方法を学んだ。暫くすると、医生の菟代うしろがお堂に入ってきて、

真椋まくら様、戻りました」

 と声をかけた。

「うん、ご苦労様。患者の様子はどうだった?」

 真椋まくらが聞くと、

「薬を飲ませましたが、手足は冷たく、食事も取れない状態でした」

 菟代うしろが答えた。

「それは危険な状態だね。薬の調合は君に任せる。私は患者を診て来るよ」

 真椋まくら菟代うしろに言って、

「葛城様は、私と一緒に来てください」

 そう言って、玄理くろまろを連れて牛車に乗り、患者の屋敷へ向かった。


 屋敷に着くと、家人が出迎え、

「どうぞ中へ」

 と二人を案内した。部屋へ入ると、一人の少女が横たわっていた。頬は痩せこけ、肌の艶もなく、まるで老人のよう。

「ちょっと、診ますね」

 真椋まくらはそう言って、少女の傍らに寄り、脈を確認し、手足に触れ、胸に耳を当てて心音を確かめた。

「呼吸が浅く、手足は冷たい。脈も弱い」

 真椋まくらの表情には影が見えた。

真椋まくら殿、俺も診ていいか?」

 玄理くろまろが聞くと、真椋まくらは無言で頷いた。


 玄理くろまろには少女の霊魂が見えていた。今にも命が尽きそうなほど、霊力を消耗している。少女の傍には、彼女の両親が座っていた。

「ご両親、娘さんを救うためには、霊力を分け与えなければならない。俺を信じて、協力してもらえないだろうか?」

 と玄理くろまろが声をかけた。

「そんなことが出来るのですか? 娘の命が救われるのなら、何でもします!」

 と父が言った。

「うむ。これから俺の言う通りにして欲しい」

 玄理くろまろが静かに言って、部屋には結界を張った。それから、少女の両親に、その術のやり方を教えた。術者でない彼らには、この術を使うことは出来ないが、玄理くろまろが彼らの霊力を、少女へと注ぎ込む。この術に一番必要なことは愛情であり、両親と少女の愛がなければならなかった。彼らには、その十分な愛があり、二人の霊力は少女へと注ぎ込まれた。十分に霊力が満たされたことを確認して、玄理くろまろはその術を解いた。

「終わった。霊力は回復した。しかし、この病、一体なんだ?」

 これは呪いではないと、玄理くろまろは察していた。今まで夏に流行った病とも違う。

「分からないんですよ。最近、この病が流行っていて、私が診たのはこの子で十人目。大陸から来た病かもしれないと思っているんですけどね?」

 と真椋まくらが答えた。

「そうか。未知の病と言う事だな?」

「はい」

 玄理くろまろの質問に、真椋まくらが答えた。


「あの……。この子は助かるのでしょうか?」

 不安げな表情で母が聞くと、

「ちょっと診ますね」

 真椋まくらが少女の脈を確認して、手足に触れ、心音を確かめた。

「驚きましたね! 玄理くろまろ様、さすが御高名な術者だ。もう正常ですよ」

 と真椋まくらは驚いて言った。

「うむ、今のところはな。原因が分からないから、まだ経過を診ないといけない。容体が変わったら知らせてくれ」

 玄理くろまろが言うと、両親は感謝の言葉を言って、何度も頭を下げた。

「何と素晴らしいお方だ! 感謝の言葉を尽くしても足りないほどだ。貴方にどんなお礼をしたら良いだろうか?」

 と父が言ったが、

「いや、俺に礼は要らない。この子に霊力を分け与えたのはご両親。俺はその手助けをしただけだ。それに、まだ安心はできない。目を離さないように」

 玄理くろまろはそう言って、その屋敷をあとにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る