第54話

 赤麻呂あかまろの屋敷では、初めて都へ来た布美ふみを気遣い、赤麻呂の妻の紀音波きのおとはが世話を焼いていた。

「布美様、この度は大変でしたね。ここを我が家と思って、気遣いなさらず過ごしてくださいね」

 音波おとはの言葉に、

「音波様、ありがとうございます」

 と布美が笑みを返した。

「布美様は本当にお美しい」

 布美の輝くような笑顔に、音波が見惚れながら言うと、

「お褒め頂いて恐縮ですが、とても恥ずかしいです」

 と布美は顔を隠した。そんな布美を見て、音波は優しい眼差しを向けた。

「本当に可愛らしい。私の事は姉と思って下さいね。夫たちが帰ってくるまでは、楽しみましょうね?」

 音波は嬉しそうに言って、布美を庭の東屋へ誘い、侍女に茶と菓子を用意させた。

「さあ、どうぞ」

 それから音波は興味津々とばかりに、布美に質問した。布美が住んでいた出雲国いずものくにについて、玄理くろまろとの出会いから結婚まで、どのような経緯であったのか。布美が話すことに、目を輝かせて聞き入り、

玄理くろまろ様は、なんて情熱的で積極的なのかしら? 何度かお会いしたことがありますが、いつも飄々としていて、捉えどころもなく、隙も見せないような御方と思っていましたが、布美様があまりにも魅力的だったからでしょうね」

 と音波が空想に耽るような恍惚とした表情で言った。


 音波にはそれがまるで夢物語のようだった。都で生まれ、都で育ち、そして、赤麻呂に嫁いだ音波は、この箱庭のような世界から出たこともない。

「音波様、私も、玄理くろまろ様と出会うまでは、出雲国から出たこともなく、皆に世話をしてもらって生活していました。これからは、妻として玄理くろまろ様をお支えしたく存じます。音波様をお姉さまとお慕いして、色々と教えて頂きたく存じます」

 と布美が言って、頭を下げると、

「布美様、畏まらないで。姉として慕って下さると言って頂いて、私も嬉しいわ」

 と音波は笑みを向けて答えた。その時、

あるじ様方がお帰りです」

 と家人が来て言った。

「あら、もうそんな時間? 布美様、お迎えに行きましょう」

 音波は布美を促して、夫たちを出迎えに行った。


「お帰りなさいませ」

 音波の出迎えに、

「うむ。今日は布美殿が一緒で、楽しく過ごせただろう?」

 と赤麻呂が笑みを向けて言って、

「はい」

 音波は嬉しそうに笑みを返す。そんな微笑ましい二人を見て、布美は笑みを浮かべて、

「仲が宜しいのですね」

 と言うと、

夫婦めおとなのだから当然だろう? 俺とお前もそうではないか?」

 と玄理くろまろが言って、布美を抱き寄せた。

玄理くろまろ、今日は疲れただろう? 部屋で休むといい」

 赤麻呂はそう言って、自分も妻と奥のへ部屋へと入っていった。


  玄理くろまろは部屋へ入ると、布美の身体をそっと抱き、

「今日は楽しかったか?」

 と笑みを向けて布美に尋ねた。

「はい。音波様にはとても良くして頂きました。美味しいお菓子も頂きました」

 布美は玄理くろまろを見上げて答えた。

「そうか。それは良かったな」

 玄理くろまろは嬉しそうに笑みを浮かべて、布美を見つめる。布美もまた、玄理くろまろを見つめる。二人の顔は鼻先が付きそうなほど近い。玄理くろまろはもう我慢できないとばかりに布美を抱き上げて、褥へ寝かせると、愛おしそうに頬を撫でて、そっと口付けをした。それから二人は肌を合わせて、十分満たされると、そのまま眠った。

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