第52話

 玄理くろまろが拝謁を終えて、皆の待つ門前へ戻ると、役人が玄理くろまろたちの住む屋敷へと案内した。

「ここが、葛城様のお住まいになる屋敷です」

 と役人が言って、下がっていった。高貴な身分である葛城氏が住むには、狭く手入れもされていない廃屋のような屋敷だった。まるで嫌がらせのようだが、玄理くろまろは怒る事もなく、

「このままでは住めないな」

 ぽつりと呟いて、紙をばら撒き、

「お前たち、片付けろ」

 と命じた。紙は人型となり、主の命に従い、荒れた家の瓦礫などと撤去し始めた。それから、また数枚紙を出して、

「家を建て直す。お前たち、木材と人足を集めて来い」

 と命じた。

布美ふみ、この家が出来るまで、俺の友人の屋敷で世話になろう」

 そう言って玄理くろまろは、布美ふみを連れて牛車に乗り、大伴赤麻呂おおとものあかまろの屋敷へ行った。


玄理くろまろ、よく来たな。聞いたぞ、役職を与えられたと。まあ、どんな魂胆かは知らないが、気を付けろよ」

 玄理くろまろを迎え入れた赤麻呂あかまろの開口一番がこれだった。

「はははっ。お前の忠告、肝に銘じておくよ。そんな話はさておき、俺の妻を紹介する」

 と言って、隣に座る布美ふみに視線を向けて、

出雲布美いずものふみだ。お前は会うのは初めてだろう」

 と玄理くろまろが言うと、

「うむ。こんな美しい妻を迎え入れるとは、お前もやるな。会うのは初めてだが、出雲布奈いずものふなの弟だろう?」

 と赤麻呂あかまろは答えたが、布美が男であることを知っていても、その事について言及はしなかった。

「そうだ。俺が役職を得て、布美ふみと都に住むのだが、屋敷が荒れ果てていて、今、立て直しているところだ。あんなところに布美ふみを住まわせるわけにはいかないからな。暫く、お前の所に部屋を借りられないか?」

 玄理くろまろが言うと、

「ああ、それは構わない。というか、大歓迎だ。お前の話も聞きたいしな」

 と赤麻呂あかまろは言って、一度言葉を切り、布美ふみへ視線を向けて、

「大変な思いをしたのだろう? 布美ふみ殿、こんな玄理くろまろに嫁いでくれてありがとう」

 と微笑んだ。

「いえ、そんな。玄理くろまろ様と夫婦めおととなることが出来て、私は幸せです」

 と布美ふみも笑みを返した。

玄理くろまろ、なんとも健気な子を貰ったな。しっかり守って、幸せにしてやれよ」

 赤麻呂あかまろの言葉に、

「もちろんだ」

 と玄理くろまろは力強く答えた。

「さあ、挨拶はそれくらいで、もう陽も暮れる、食事にしよう」

 赤麻呂あかまろはそう言って、家人に食事を運ばせた。

「お前たちが来てくれるとは思わなかったから、大したものはないが、食してくれ」

 赤麻呂あかまろが言うと、

「はははっ。都人みやこびとのお前には大したものではないだろうが、これは相当贅沢なのだぞ」

 並べられた料理は、葛城山では食べられない物ばかりだった。


 食事を終えた玄理くろまろ布美ふみは、家人に部屋へ案内された。

「どうぞ、こちらでお休みください」

 家人はそう言って、下がっていった。

布美ふみ、今日は疲れただろう。ゆっくりお休み。俺は明日から朝廷へ行かねばならない」

 玄理くろまろが言うと、

「はい」

 布美ふみは返事をして、

玄理くろまろ様が帰ってくるまで、ここでお待ちして居ります」

 と笑みを向けた。

「うむ」

 玄理くろまろ布美ふみを抱き寄せて、共に眠った。

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