第48話

 玄理くろまろ縮地しゅくちの術で出雲国いずものくにへと移動し、出雲国造いずものくにのみやつこの屋敷へ行った。

玄理くろまろ、終わったのだな?」

 出雲布奈いずものふなが聞くと、

「うむ」

 と玄理くろまろは頷き、多くは語らなかった。出雲布奈いずものふなもそれ以上は聞かず、

布美ふみがお前を待ち焦がれていたぞ」

 と言って笑みを浮かべた。そこへ、急ぎ足で布美がやって来て、

玄理様くろまろさま!」

 と声を上げて部屋へ入って来た。

「布美、落ち着きなさい」

 布奈ふなが笑って言うと、しとやかに布奈の前に座り、居住まいを正して、

「兄上にご挨拶を」

 と深く頭を垂れてから、玄理くろまろに向き直り、

玄理様くろまろ、お帰りなさいませ」

 と深く頭を下げた。

「うむ。長く待たせたな。布美、こちらへ」

 と玄理くろまろが言うと、布美は玄理くろまろへとにじり寄り、玄理くろまろを見上げた。

「淋しい思いをさせて済まなかった」

 玄理くろまろは布美の頬にそっと触れて、穏やかに、そして愛おしそうに笑みを浮かべた。それを見て出雲布奈いずものふなは、

玄理くろまろ、疲れただろう? 部屋で休むといい」

 と玄理くろまろに向かって言い、

「布美、夫を部屋までお連れして休ませなさい」

 と布美に言った。

「はい、兄上」

 布美は兄に頭を下げて、

玄理様くろまろさま

 と声をかけて、玄理くろまろを自室へと連れて行った。


 二人は部屋へ入ると、どちらともなく身体を寄せ合い、口づけを交わした。熱い息が漏れると、服を脱ぎ棄てて身体を重ね、愛おしそうに互いの身体を撫で合う。二人の身体は熱を帯び、汗は混ざり合い、芳醇な香りに更に昂り、十分に満足すると、二人はそのまま眠った。


 玄理くろまろが目を覚ましたのは、陽が傾き始めた頃だった。

玄理様くろまろさま

 布美ふみは既に服を着て、玄理くろまろの傍に座っていた。

「お召し物を」

 布美が言うと、

「うむ」

 玄理くろまろは頷いて、布美に服を着せてもらい、

「ありがとう」

 と言って、布美の頬に口付けをした。

「食事の用意が出来ております」

「うむ」

 二人は皆が待つ部屋へと向かった。そこには既に多くの人が集まっていた。

葛城かつらぎ様、お帰りなさいませ」

 出雲の者たちが次々と玄理くろまろに挨拶をした。

「うむ」

 宴が始まり、皆が酒を酌み変わり、歓談しているのを玄理くろまろは笑みを浮かべて眺めていた。そして、隣に座る布美に、

「俺と共に葛城山へ行こう。俺の父にお前を娶ったことを報告する」

 と笑みを向けて告げた。

「はい」

 と布美は玄理くろまろを真っ直ぐ見つめて笑みを返した。


 宴が終わると夜も更けて、二人はまた身体を重ねて、熱く情を交わして眠った。


 夜が明けると、玄理くろまろ布美ふみ出雲布奈いずものふなと弟の布由ふゆに別れを告げて、出雲国いずものくにをあとにした。

布美ふみ、歩いて行くが大丈夫か?」

 玄理くろまろが聞くと、

「はい。こう見えても、足腰は丈夫です」

 と布美ふみは笑みを浮かべて言った。

「そうか、頼もしいな」

 玄理くろまろ布美ふみの言葉をそのまま真に受けてはいなかった。布美ふみ出雲国いずものくにを出たこともなく、大きな屋敷で不自由なく暮らしていて、長い距離を歩いたこともないということは知っていた。山歩きは布美ふみには過酷すぎると考え、海沿いを行くことにした。その道は朝廷への連絡路として造られ、多くの者がそこを往来していた。故に、官人が利用する駅家、その他の者が利用する宿もある。朝から歩き続けて、昼には少し休み、再び足を進めて、夕刻には玉造の街へ着いた。そこには温泉が湧き出ていて、神の湯と言われ有名だった。宿はすぐに見つかり、そこで食事を済ませると、

「温泉があると聞いたが?」

 と玄理くろまろが宿の者に聞くと、

「もちろん、ありますとも。けれど、ここから十町ほどありますよ。もう陽も暮れましたから、明日、行ったらいいですよ」

 と答えた。

「そうか、ありがとう」

 と玄理くろまろは宿の者に言って、

布美ふみ、明日、温泉に浸かりに行こう」

 と笑みを向けて、

「疲れただろう、ゆっくりお休み」

 と言って、床に就いた。

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