第45話

 玄理くろまろたちが案内された部屋には、精悍な顔立ちの若い男が座していた。

「私がここのあるじだが、お前たちは何者だ?」

 と主が威圧的に聞くと、

「俺たちは火の国まで旅をしている。途中でここへ立ち寄り、宿を探していたところ、ここの屋敷へと案内された」

 と玄理くろまろが答えた。

「そうか。お前たちは仙人だと言ったな? それをあの者に証明してみせたと? ならば、ここでもそれを見せてみよ」

 と主が言った。

「分かりました。では、貴方の身体を浮かせてもいいでしょうか?」

 と玄理くろまろが言うと、

「それは許さぬ。もう一度、あの者を浮かせてみせよ」

 と主が言う。先ほどの男の顔が心なしか蒼褪めたように見えたが、主の言いつけ通り、

「やってみせろ」

 と玄理くろまろに向かって言った。

「うむ」

 玄理くろまろが頷いて、男を浮かせると、コツを掴んだようで、体制を整えて、腕を前に組み仁王立ちのまま微動だにしなかった。

「ほう? 分かった。もう良い」

 と主が言うと、玄理くろまろは男の身体を下ろした。

「では、聞こう。お前たちが火の国へ行く目的は何だ?」

 玄理くろまろはその質問に答えるのを躊躇ったが、

徐福じょふくに会いに行く』

 と美夜部みやべが答えた。それを聞いた主が、何やら考えているように、少しの間をおいて、

「徐福にどのような用事があるのだ?」

 と聞くと、

『答えるのは人払いをしてからだ』

 と美夜部みやべが言う。主はこの強気で無礼な態度に口元に笑みを浮かべ、

「全員下がれ」

 と家人たちを下がらせた。

「これで話せるだろう?」

 と脇息に肘を付いてにやりと笑い、美夜部みやべに言った。

『俺たちは禁術を教授頂くために徐福に会いに行く』

 と美夜部みやべが答えた。

「ほう? それは興味深い。どんな禁術だ?」

 主が聞くと、

『妖と化した霊魂を人の身体へ戻す術』

 と美夜部みやべが答えた。

「なるほどな。妖を連れているのはそう言う事か? 徐福がその術を知っているというのか?」

 主の問いに、

『それは分からない。ただ、知っているならば教授願いたいと申し出るつもりだ』

 と美夜部みやべが答えた。

「そうか、面白いことを聞いた。安心しろ、この事は誰も言わぬ。他の者はお前たちが妖である事を見抜けはしない。ところで、腹は減っていないか?」

 主が言うと、

「俺は腹が減ったぞ!」

 と紅蘭こうらんが答えた。

「はははっ。そうか、では食事を準備させよう」

 主がそう言って、家人を呼び、食事の準備をさせた。

「さて、続きを聞こう。一人は先ほどの話では、人の霊魂が妖と化したのだろう? そしてもう一人は?」

 と主は紅蘭こうらんを見た。

「ん? 俺は生まれた時から妖狐ようこだ」

 と紅蘭こうらんが屈託なく笑って言った。

「そうか。面白い三人組だな」

 と主は楽し気に笑みを浮かべた。

「それでは、私の名を言おう。伊余鶴吉いよのつるきちと申す。伊余国いよのくにを治めている。お前たちの名は?」

 と主は名乗り、玄理くろまろたちにも名を聞いた。

「俺は葛城玄理かつらぎのくろまろ、こいつは竹内美夜部たけうちのみやべ、そして紅蘭こうらん

 と玄理くろまろが答えた。

「うむ。葛城氏と竹内氏か。あの白朱びゃくしゅの大戦の術者か?」

 主の問いに、

『そうだ』

 美夜部みやべが答えた。

「うむ、よく分かった」

 主が言った時、ちょうど、家人が食事を運んできた。

「主様、食事をお持ち致しました」

 と声をかけると、

「うむ、入れ」

 主の言葉を聞き、家人たちが料理の乗った膳を運んできた。

「おお! 美味そうだ!」

 と紅蘭こうらんが待ちきれないとばかりに、くんくんと匂いを嗅いだ。膳をすべて運び終わると、家人たちは部屋から出て行った。

「では、客人方、どうぞ召し上がってくれ。今日はとても楽しい」

 と主は豪快に笑って、酒を煽った。ここでは主が酒を勧める事もなく、料理を堪能することが出来た。

「旅で疲れただろう? この屋敷には温泉を引いている。良かったら入ってはどうだ?」

 と主が言った。

「それはいい。食事のあとに入ろう」

 玄理くろまろは嬉しそうに答えた。


 家人は三人を温泉のある場所まで案内すると、

「どうぞ、こちらです」

 と言って下がっていった。脱衣所の家屋があり、服を脱いで奥へ行くと、露天風呂があり、たっぷりの湯から湯気が立っていた。

「これはいい」

 玄理くろまろは嬉しそうに言って、湯で身体を流してから湯船に浸かった。

子狐こぎつね、湯に浸かれるか?』

 と美夜部みやべが聞くと、

「熱いのは駄目だ」

 と紅蘭こうらんが答えた。

『そうか。まず、身体を流そう』

 そう言って美夜部みやべは湯を酌んで、そっと紅蘭こうらんの身体にかけて、

『熱くはないか?』

 と聞くと、

「少し熱いが、ゆっくりかけてくれればいい」

 と紅蘭こうらんが言った。美夜部みやべは自分の身体にも湯をかけて流してから、

『俺は湯に浸かるが、熱かったらお前は入らなくていい。俺の傍に居ろ』

 と美夜部みやべ紅蘭こうらんに言うと、

「おう! 俺は入らない。子兎こうさぎの傍に居る」

 と紅蘭こうらんが笑顔で言った。そうして、暫く湯を楽しみ、身体がほぐれると、三人は風呂から出て服を着た。それを待っていたようで、脱衣所の外には先ほどの家人がいた。

「お風呂がお済でしたら、お部屋までご案内致します」

 と深く頭を下げてから、玄理くろまろたちを部屋まで案内した。

「こちらです。では、ごゆっくり」

 と言って、家人は下がっていった。

「今日は風呂で身体を癒せて、いい気分だ」

 と玄理くろまろは満足気に言って、

「お前たち、疲れただろう。もう誰も来ないから安心して休め」

 と美夜部みやべ紅蘭こうらんに笑みを向けた。

『うむ』

 と頷いて、美夜部みやべ白兎しろうさぎの姿に戻り、

「おう!」

 と言って、紅蘭こうらん子狐こぎつねの姿に戻った。そしていつものように二人は仲良く眠った。それを見て、玄理くろまろは嬉しそうに微笑みを浮かべて、二人の隣に横になり眠った。

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